バトルが神ゲーと名高い鬱展開エロゲにモブとして転生した俺、原作知識と隠し仕様を駆使して推しヒロインたちを救い、ついでに最強のパーティーを築き上げます
☆ほしい
第1話
俺は目の前に広がる光景に、頭を抱えていた。
のどかな田園風景が、どこまでも続いている。
素朴な木造の家々が、道沿いに並んでいた。
村の中央には小さな教会と、一本の大きな木が見える。
どこからどう見ても、ここはファンタジーの世界だ。
そして俺の今の名前は、アッシュというらしい。
このエリル村に住んでいる、ごく普通の村人Aだった。
なぜこんなことになったのか、理由は一つしかない。
俺は前世でやり込んだ、鬱展開のゲームに転生したのだ。
そのゲームの名は、堕天のヴァルキュリアという。
物語はとにかく、後味の悪いものばかりだった。
ヒロインたちはみんな、悲惨な目に遭ってしまう。
そして救いのない、バッドエンドを迎えるのだ。
そんなひどいゲームなのに、戦闘だけは神がかっていた。
アクティブタイム・スキルチェインと呼ばれる戦闘は、戦略性が高くて奥深い。
俺はそのバトルに、すっかり心を奪われてしまった。
あらゆる仕様の穴を見つけるまでやり込んだ、廃人プレイヤーだったのだ。
「よりにもよって、この世界に来るなんて」
俺は思わず、空を見上げてつぶやく。
しかも俺が転生したこのエリル村は、物語の序盤で魔物の大群に襲われる。
そして、壊滅する運命にあった。
つまり俺の死亡フラグは、すでに立っているわけだ。
冗談じゃない。
前世では、倒れる寸前まで働いた。
やっと解放されたと思ったら、今度は魔物に殺されるのか。
そんな未来は、絶対に受け入れられない。
それに何より、許せないことがある。
このゲームのヒロインたちは、俺の「推し」だったのだ。
慈愛に満ちた聖女の、クローディア。
気高く美しい天才女剣士の、セレスティア。
少し内気だが心優しい魔女の、リリアナ。
彼女たちが原作の筋書き通りに、悲惨な目に遭う未来。
それを知っていて、見過ごすことなんてできるはずがない。
「よし、俺が全員を救ってやる」
幸い俺には、他の誰にもない武器があった。
この世界の隅々まで知り尽くした、膨大な原作の知識だ。
隠しアイテムの場所や、効率的なレベル上げの方法。
強敵の弱点も、すべて頭に入っている。
そして開発者すら意図しなかったであろう、システムのバグや裏技の数々も知っていた。
これらを使えば、ただの村人である俺でもやれることはあるはずだ。
「まずは、生き残らないと始まらないな」
俺は、すぐに気持ちを切り替えた。
エリル村が襲われるのは、ゲーム開始から一週間後だった。
時間は、あまり残されていない。
俺はまず、自分の能力を確認することにした。
心の中で、ステータスと念じる。
すると目の前に、半透明の画面が浮かび上がった。
ゲームと、まったく同じ仕様である。
‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
名前:アッシュ
職業:村人 Lv.1
HP:30/30
MP:10/10
STR(筋力):5
VIT(体力):6
AGI(敏捷):7
INT(知力):8
MND(精神力):7
LUK(幸運):50
スキル:なし
‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐
「うわ、すごく弱いな」
思わず、そんな声が出た。
戦闘能力は、スライムに毛が生えた程度だ。
だが俺は、一つの数値に目を留めた。
LUK(幸運)が、50もある。
これは初期レベルのキャラクターとしては、異常に高い数値だった。
原作ゲームでは一部のモブに、特定の条件で成長する「隠しキャラ」がいた。
このアッシュという村人も、その一人なのかもしれない。
そして俺にはもう一つ、転生特典らしい力があった。
「アイテムボックス」
そう念じると目の前に、不思議な空間が広がる。
容量は、どうやら無限のようだ。
これは原作ゲームにはなかった、俺だけの特別な能力だった。
「これがあれば、色々なことがやれそうだ」
俺は、にやりと口の端を上げた。
最初の計画は、こうだ。
村が襲われる前に、生き残るための準備を完璧に整える。
そのためにはまず、アイテムの回収が必要だった。
俺は誰にも見られないように、こっそりと村を抜け出した。
向かう先は村の東に広がる、迷いの森だ。
ここはゲーム序盤の場所で、弱い魔物しか出てこない。
だがプレイヤーのほとんどが気づかない隠しアイテムが、いくつも眠っているのだ。
「確か、この辺りの木の根元に…あったぞ」
俺は大きな木の根元に茂る、草むらをかき分ける。
すると地面に埋もれるようにして、小さな革袋が隠してあった。
中には傷を癒す、ポーションが三本入っている。
毒を治す、アンチドートも三本入っていた。
序盤では、非常に貴重な回復アイテムだ。
俺はそれを、アイテムボックスにしまった。
「次は、あそこの崖だな」
森を抜け、俺は切り立った崖へと向かう。
崖の中腹には、ただの岩壁にしか見えない隠し洞窟があるのだ。
俺は崖の窪みに足をかけ、慎重に登っていった。
村人レベルの身体能力では、少し骨が折れる作業である。
息を切らしながらも、俺はどうにか目的の場所へたどり着いた。
岩壁の特定の場所に手をかけると、ゴゴゴと音を立てて岩が動く。
隠された、通路が現れた。
洞窟の中はひんやりとしていて、薄暗い。
奥へ進むと、苔の生えた宝箱が一つ置かれていた。
「これだ、これさえあれば武器には困らない」
宝箱を開けると中には一本のショートソードと、革製の盾が入っていた。
【錆びたショートソード】と、【傷だらけのレザーシールド】。
名前だけ見ると、がらくたのようだ。
だが、俺はこれらの本当の価値を知っている。
これは特定の鍛冶屋に持っていくと、【伝説の勇者の剣】と【英雄の盾】に生まれ変わる。
もちろん、レプリカではあるが。
今の俺に、鍛冶屋へ持っていく時間も金もない。
だがただの鉄の剣よりは、はるかにましな武器になるだろう。
俺は剣と盾を装備し、再びステータスを開いた。
攻撃力と防御力が、わずかに上がっている。
「よしよし、順調だな」
俺は満足して、洞窟を後にした。
次に向かうのは、村の北にある沼地だ。
ここには、厄介な毒を持つ魔物が多い。
そのため普通のプレイヤーは、序盤に近寄らない場所だった。
だがそれゆえに、見過ごされがちな貴重なアイテムが眠っている。
俺はアイテムボックスから、アンチドートを一本取り出す。
いつでも、使えるように準備しておいた。
沼地を進むと、足元からぶくぶくと泡が立つ。
「いたな、あれか」
泥水の中から紫色のカエル、ポイズントードが飛び出してきた。
「グェッ!」
ポイズントードは口から、毒の液を吐き出してくる。
俺はそれを盾で防ぎながら、ショートソードで斬りかかった。
戦闘は苦手だが、相手は最弱クラスの魔物だ。
数回斬りつけると、ポイズントードは叫び声を上げて消滅した。
ドロップアイテムは、もちろん「カエルの毒袋」である。
これを、いくつか集めておく。
後で、罠作りに使えるからな。
俺は沼地の奥深くへと、さらに進んでいく。
目的は、この沼地にしか生えていない「月光草」という薬草だ。
月光草は、MPを回復させる効果を持つ。
魔法が使えない俺には不要に思えるが、これはあるスキルの習得に必要なアイテムだった。
原作知識によればこの世界のスキルは、レベルアップ以外でも覚えられる。
特定の行動やアイテムの使用によって、習得できるものがあるのだ。
「あった、ここだ」
沼地の中心に、ひときわ大きな岩があった。
その上に月光草は、ひっそりと生えていた。
月の光を浴びたように、淡い銀色に輝いている。
俺は慎重にそれを摘み取り、アイテムボックスにしまった。
これで、準備の第一段階は完了だ。
俺は、エリル村へと引き返した。
村に戻ると、広場で村人たちがのんきに話している。
誰も、すぐそこまで迫っている危機に気づいていない。
ゲームの、筋書き通りだった。
俺は村のまとめ役である、村長の家を訪ねた。
「村長、少しよろしいでしょうか」
「おお、アッシュか。どうしたんだい」
白いひげの温和な村長が、笑顔で迎えてくれる。
「実は森の様子が、少しおかしいんです。普段見かけない魔物の足跡を、見つけました。もしかしたら何か良くないことの、前触れかもしれません」
俺はできるだけ信じてもらえるように、真剣な表情で訴えた。
しかし村長の反応は、あまり良くない。
「はっはっは、心配性だなアッシュは」
「この村はもう何十年も、大きな魔物に襲われたことなどない。大丈夫じゃよ」
「ですが、万が一ということもあります」
「まあ、念のため見回りの回数を増やしておこう。知らせてくれて、ありがとうな」
村長はそう言って、俺の肩をぽんと叩いた。
完全に、子供のたわごととしてしか受け取られていない。
まあ、こうなることは分かっていた。
村人たちに期待するのは、最初から無理な話だ。
自分の身は、自分で守るしかない。
俺は村長の家を後にして、自分の家に帰った。
エリル村の端にある、小さな家だ。
ここが、俺の作戦基地になる。
俺はアイテムボックスから、今日一日で集めた素材を取り出した。
カエルの毒袋や、ねばねばした木の樹液。
硬い木の枝に、丈夫なツタもある。
これらを使って、魔物対策の罠を作るのだ。
「まずは、毒矢からだな」
木の枝を削って矢を作り、その先端にポイズントードの毒を塗る。
「次は、落とし穴だ」
家の周りにいくつか穴を掘り、底に削った杭を立てた。
そして枯れ葉や枝で、うまく隠していく。
他にもツタを使った、捕獲用の罠も作った。
獣のフンを使った、目くらましも作った。
前世のサバイバル知識も使い、様々な罠を仕掛けていく。
日が暮れる頃には俺の家の周りは、まるで砦のようになっていた。
「ふぅ、こんなものか」
俺は、額の汗をぬぐった。
これで、少しは時間を稼げるはずだ。
夕食を簡単に済ませ、俺はベッドに横になった。
明日からは、レベル上げとスキル習得に集中する。
襲撃の日まで、残された時間はあと六日だ。
やるべきことは、まだ山ほどあるのだ。
俺は、ヒロインたちの笑顔を思い浮かべた。
あの笑顔を曇らせる未来だけは、俺が絶対に許さない。
たとえこの身が、ただのモブであろうともだ。
俺は固く拳を握り、異世界での最初の夜を終えた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます