「霧に隠れた山荘
@Stonemisaki29031952
「霧に隠れた山荘
プロローグ
雨の夜、森の奥に迷い込む者は少ない。
しかし、佐藤悠人は運命の悪戯で、濡れそぼる山道をさまよっていた。
スマホの地図は役に立たず、電波も届かない。
不安と焦りで足を進める彼の前に、ぽつりと灯る窓明かりが現れる――
古びた山荘。霧に隠れたその場所が、彼の知らない秘密を抱えていることを、悠人はまだ知らなかった。
第1章「迷い込む夜」
雨が、容赦なく森を叩いていた。
佐藤悠人は、傘もなく、ずぶ濡れになりながら細い山道を必死に歩いていた。
「まさか、こんなところで道に迷うなんて…」
スマホの地図は、雨で全く役に立たない。電波もほとんど届かない。
行く先も、戻る道もわからず、森の中は漆黒の闇に包まれていた。
その時、かすかな灯りが見えた。
「え…あれは…?」
悠人は思わず足を止めた。霧に煙る森の奥、ぼんやりと灯る窓明かり。
迷った末に辿り着いたのは、古びた山荘だった。木造の二階建て。雨に濡れた屋根が鈍く光る。
「誰か…いますか?」悠人は声を震わせながら叫ぶ。返事はない。
それでも、屋根の下に入れば少しは雨をしのげる。悠人は意を決して、玄関の扉を押した。
扉は軋みながらも開き、湿った空気とともに独特の匂いが立ち込めた。
中は薄暗く、古い家具が無造作に置かれている。
「誰もいないのか…?」
ふと、廊下の奥で影が揺れた気がした。
「え…今の…?」悠人は足を止める。
おっちょこちょいな性格ゆえ、怖さに体が固まる。しかし、観察力は鋭い。
床の濡れた跡、微かに揺れるカーテン、ほのかに香る薬品の匂い――すべてが、何かを示している気がした。
悠人は、勇気を振り絞り、一歩一歩、廊下の奥へと足を進めた。
雨の夜、迷い込んだ山荘。ここで、思いもよらぬ真実に出会うことになるとは、まだ知らない――。
第2章「影の気配」
悠人は廊下の奥へと歩を進めた。
床の木板はところどころ軋み、雨のせいで湿った匂いが鼻をつく。
「誰もいないはず…だけど」
そう独り言をつぶやくと、廊下の端で、微かに何かが揺れた気がした。
「え…今の…?」
悠人は体を固め、息をひそめる。影が壁に映る――いや、誰かが通ったわけじゃない。
カーテンが微かに揺れただけだ。しかし、その揺れ方は風というより、何か意図的な動きに見えた。
観察力を頼りに、悠人はゆっくりとその方向に近づく。
壁際には古びた写真立てが並んでいた。どれも埃をかぶり、色あせている。
その中の一枚、館の外観写真に目が止まる。
「あれ…この建物、今俺がいるところと微妙に違う?」
よく見ると、玄関の扉の位置が写真とは逆に見える――気のせいかもしれない。
しかし、直感が警告していた。この山荘、ただの建物じゃない。何かがおかしい。
そのとき、奥の部屋から微かな足音が聞こえた。
「……誰かいるのか?」
呼びかけると、返事はない。足音は止まった。
悠人はおっちょこちょいな自分を戒め、慎重にドアノブに手をかける。
部屋の中は真っ暗で、何も見えなかった。だが、床に落ちている紙切れに光が反射し、文字が浮かび上がった。
「見てはいけないものを見たな」
悠人は思わず後ずさりした。
影…いや、この山荘そのものが、何かを訴えているようだった。
雨音とともに、夜は深まる。
閉ざされた山荘の中、悠人は一歩ずつ、秘密に近づいていく――。
第3章「封印された扉」
悠人は廊下を進み、先ほど足音がした奥の部屋に近づいた。
扉は古く、鍵はかかっていないが、微妙に隙間から冷たい風が漏れている。
「……妙に冷たいな」
思い切って扉を押すと、軋む音とともにわずかに開いた。
中は薄暗く、埃っぽい空気が漂っていた。棚には古い書類や小箱が無造作に置かれている。
そのとき、床にひび割れたタイルの上に、奇妙な印が描かれているのに気づいた。
「これは…何かの印?」悠人はしゃがみ込み、指先でなぞる。
印は部屋の中心に向かって放射状に広がり、どうやら扉の内側全体に意味があるらしい。
視線を上げると、壁際にもう一つの扉があった。しかし、こちらは釘で封じられており、開けられそうにない。
「封印されてる…か」
観察力を働かせ、悠人は周囲の物を調べる。
古い書類の中から、日記の一部を見つけた。
「この部屋を開けた者は、過去の影に触れることになる――」
背筋がぞくりとした。偶然じゃない。この山荘は、誰かに隠された秘密を守っている。
すると、背後で再び微かな足音がした。悠人が振り返ると、影は消えている。
「やっぱり…誰かいるのか?」
怖さに体が固まる一方で、観察力は研ぎ澄まされる。
床の埃の跡、窓の外にかすかに映る人影、そして壁のひび割れ――すべてが、何かの手掛かりになる。
悠人は心の中でつぶやいた。
「絶対、ここに隠されたものを見つけてやる…」
雨音が屋根を叩く音と、山荘の古い木材の軋む音が混ざり、夜はさらに深まっていった。
第4章「隠された秘密」
悠人は封印された扉の前で立ち止まった。
日記の警告が頭をよぎる――「過去の影に触れる者」。
しかし、好奇心と観察力が彼を突き動かす。
廊下に置かれた古い梯子を使い、窓の外からわずかな光の隙間を覗き込むと、屋根裏部屋らしき空間が見えた。
中には、埃をかぶった家具と、壁にかけられた古い肖像画。
その絵の中の人物――かつてこの山荘に住んでいた家族らしい――の目が、悠人をじっと見つめているように感じられた。
さらに奥の棚には、古びた手紙や日記が散乱している。
一枚の手紙に目が留まった。
「あの夜、妹が消えた。あの扉の奥で――」
手紙の内容は断片的で、何が起こったのかははっきり書かれていない。
だが、悠人は閃いた。封印された扉の向こうに、失踪事件の手掛かりがあるに違いない。
その瞬間、背後で再び足音がした。
悠人が振り返ると、影は確かに存在した――しかし姿は人間というより、山荘の古い影のように揺れて消える。
「…やっぱり、この山荘自体が秘密を守っているんだ」
悠人は一歩踏み出し、封印された扉を慎重に開けた。
扉の向こうには、狭い隠し部屋。中央には古い箱が置かれていた。
箱を開けると、中には失踪した人物の遺留品と、古い日記が収められていた。
悠人はそれを手に取り、ページをめくる。
失踪事件は、かつてこの山荘で起きた悲劇の連鎖だったことが、少しずつ明らかになった――。
エピローグ
森を抜ける道は、まだ雨でぬかるんでいた。
だが、悠人の胸は軽く、夜の山荘で見つけた影と秘密をそっと胸にしまっていた。
雨上がりの光が森を柔らかく照らす。
もう影は揺れず、封印された扉も静かに佇んでいる。
悠人は振り返ることなく、歩き出す――
山荘の秘密は、雨と霧に溶け、朝の光に包まれたまま、永遠に守られるのだ。
「霧に隠れた山荘 @Stonemisaki29031952
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