依存系一番弟子 マナ

 そうだな……それは、ただの偶然だった。


 「あ……? 何だぁ、お前?」


 「……ぁ。ご、ごめんなさい……」


 「んー? お前、病気持ちか」


 店の軒先に、小汚いガキが居座っていた。しかも、その肌は爛れ、顔なんて酷い有様だった。恐らく、その当時流行っていた病気の類い。きちんと栄養を取って、清潔な場所で暮らしていればあまり発症しないので、スラムなどの貧困層に広まったものだ。


 「ったく……嫌なモン見せやがってよ」


 「……! いやっ! 辞めて!」


 「おい暴れるな。乱暴する訳じゃねぇっつうの。大体、俺はガキには興味ねぇんだよ……」


 「え……?」


 手や顔を触診をする。医者ではないので、詳しいことはよく分からん。しかし、錬金術士は薬の調合も行うものだ。原因が分からなくとも、対処療法は行える。見たところ、重篤な状態では無い。少し処置をすれば、すぐにでも治るだろう。


 「おいガキ、俺はレリウスって錬金術師だ。ちょいと、俺に付き合ってくれや」


 「え……? え……?」


 「いいから、こっち来い。ちょうど良いから新薬の実験もしてやるよ」


 「えぇ!? ちょ、待って……!?」


 病気のガキを使って、新薬の実験をする。治ればそれで良し。仮に死んだとしても、スラムの子供が死んだところで騒ぐ奴も居ない。どうせ、俺が放っておけば死ぬ命だ。どう扱おうと、誰にも文句は言わせない。そんな軽い気持ちで、俺は似合わないことをした。


 そうして、数ヶ月程度スラムのガキ……マナと名乗る少女を住まわせ、面倒を見たことがある。ちょうど作成していた新薬は十分な効果を発揮し、それからしばらくして健康な状態へ完治した。


 それで、この話は終わりのはずだった。だというのに、俺はマナを弟子に取った。それは、居候をそろそろ終わりにしろという話をした際、尋常ではないほど泣かれたからだった。


「何でもするから捨てないで」とか、まるで俺が悪者のようではないか。これだから偽善など振るうべきでは無いのだ。


 「お前、要領良いな。次はこれやってみろ」


 「は、はい! 頑張ります!」


 なし崩し的に弟子にしたマナは、中々どうして才能に溢れた才女だった。一つを教えれば五つを知り、十へと至る。綿が水を吸うように知識や技術を吸収する彼女は、とても使い勝手が良かった。薬の草花も採ってきてくれるし、中々手が出せない動物の材料も狩猟してきてくれる。マジで便利だった。


 俺も順調に成長するマナを見て、呑気に構えていた。好みとは違うが、すっかり綺麗になったマナは中々の美少女。しかも、俺に従順で大抵のことは二つ返事で答えてくれる。まさに、俺の理想のパートナーだった。


 しかし、そんなマナにも一つだけ容認出来ないことがあった……異常なまでに、俺への執着と依存が強かったのだ。


 それはもう、馴染みの教会のシスターと少し話しただけで、「師匠から腐った臭いがする」だとか吐き捨てるレベルだ。極めつけは、セレスと暮らすのは辞めて、自分と一緒に暮らそうなどと言い始めた。


 俺とセレスは離れられない。そういう約束だから。何度そう言い聞かせても、マナは不機嫌そうに「理由になっていない」と取り合わない。マナが家を出て一人立ちしてから三年、ずっとそのようなやりとりをしていた。それが今回、爆発したのだと思う。


 「んふ……ふふふ、ししょーがあたしの手の中……夢みたいだね」


 「んんーん。んんーんん」


 「何? 愛してるって? 嬉しい! 私も愛してるよ師匠!!!」


 そうだ。だから、腹を唐突に突き刺して拉致した挙げ句、人のことを縛り上げて猿ぐつわまでするのも仕方ないよな。うんうん。いや、そんな訳ねぇだろ。頭湧いてんのか。


 「んんー!!! んうーーーー!?!?!?」


 「はぁ……師匠はワガママだなぁ。仕方ないから、一瞬だけお口の拘束、外してあげるね」


 「ぷはっ……! お前は話の通じる奴だと信じていたぞ! 流石は俺の一番弟子だ!」


 「えへ、えへへ……何、それぇ。照れるってばぁ……♡」


 「世界一可愛いよルナ! もうお前から目が離せないよ!!!」


 「うひひ……♡ そうなんだ、そうなんだぁ……♡♡♡ 師匠もあたしと同じ気持ちだったんだねぇ♡♡♡♡♡」


 一緒の気持ちな訳ねぇだろ。俺は自由と享楽を愛する男。そもそも、俺はルナを使い勝手の良い弟子としか見ていない。それを、こいつは頭の中で勝手に俺を美化しやがるから、現実との齟齬でこんなこじれた結果になったのだ。要するに、悪いのは俺じゃ無い。うん、絶対そう。


 「もう好き! 大好き!!! だからこれ解いて!」


 「うん♡ あたしも大好き♡ でもそれはダメ♡」


 「くっ……! 今日は手強いな……!」

 

 まぁ、適当にヨイショすればその内満足するだろう。今までもそうやって切り抜けてきた。ちょっと色んな才能があって、俺より稼いでいて、顔も良くて金も沢山持っていて顔も良くて顔も良いだけの美少女、俺にかかればイチコロよ。


 ……しかしまぁ、顔はすげぇ好みなんだよなぁ。茶色の長い前髪のせいで陰気に見えるが、眼はクリッとしていて可愛らしいし、美人というよりも美少女、という言葉が良く似合う。だが、身体は細くて胸も貧相、何よりタッパが小さすぎる。もっと肉を付けてから出直してほしいものだ。


 「ねぇ師匠? 女の子の体型に、アレコレ言うのは流石に酷いよ? 悲しくって、師匠のこと絞め殺しちゃうかも♡」


 「ぐごごごっ!? ごめんごめんごめんって! ま、マジで、締まってる、から……!」


 「あはっ♡ 苦しそうな師匠も可愛いね♡ でも、気絶しちゃったら師匠を堪能出来ないし、これくらいで許してあげるっ♡」


 あっ、マズイ。こいつ、ハイになってる。さっきから、やたらと声が甘ったるいし、視線も熱っぽい。普段はオドオドしている癖に、一旦ブレーキが壊れると歯止めが利かなくなる、マナの悪癖だ。早く止めないと、俺の命と貞操が危ない。


 そうだ! 真面目な話をして素面に戻そう! 俺もいっぱしの錬金術師な訳で、知識においてはまだまだ負けてないはずだ。良し、俺ってば天才!


 「そ、そうだマナ! この間、滋養強壮の薬で使う、クスの葉と河口養豚の肝が上手く混ざらないって言ってたよな! あれ、クスの葉を煎じてから一緒に混ぜると――」


 「一般的にはそう言われているけど、そうやって処理をすると混ざりはするけど薬効の成分が幾分か落ちちゃんだよね。煎じるより、まずは二つをすり潰してからそれを漉して、出来た薬液をもう一度何の加工もしていない二つの材料と合わせることでより良い形で反応を起こすことが出来るから、その後――」


 「あ、うんごめん。何言ってるか分かんないわ」


 「師匠のおかげで、三日三晩寝なくても元気に戦えるお薬が出来たよ♡」


 「へ、へぇ~……あのレシピで作れるの、ただの栄養ドリンクなんだけどなぁ……」


 ちくしょう! 俺の十八番すら敵わん! ていうか、なんでその辺の市場で手に入るような素材で、そんなヤバい薬作れんだよ。お前おかしいって。


 「これも全部、師匠があたしを救ってくれたからだよ♡ なのになのになのに……師匠はあたしのこと、全然見てくれない……ねぇ、なんで?」


 「い、いや~……何度も言ってるけど、俺にはセレスとの約束が……」


 「……また、それ。昔からず~っと、師匠はセレスさんにだけ甘いよね。あたし、知ってるんだよ? セレスさんが、師匠に何をしているのか」


 「じゃあ話が早いな! 俺からは破棄出来ないし、あいつも俺を手放すつもりは無いだろうから、マナの頼みは聞けないんだよ。分かってくれるだろ?」


 なんだ、知ってたのか。まぁ、独り立ちするまで一緒に暮らしていたのだから、気づきもするか。セレスと俺の部屋、同室なのにベッドが一つしか無いし。普通の関係で無いことは察せられるだろう。


 「分かんないよ。だって、あたしはずっと師匠が欲しかったんだよ? 弟子にして貰ったのだって、師匠とずっと一緒に居るためだったのに……どうして、師匠はあたしの愛に応えてくれないの……?」


 「今のお前に、俺は必要無いだろ。教わることも無ければ、研究の助けにもならない。もう、俺はマナの役には立てない」


 「そんなの、理由になってないよ! 師匠が傍で褒めてくれたから、あたしは頑張って頑張って錬金術を学んだのに……! あたしにとっては、師匠だけが大切だったのに! なんで、あたしのモノになってくれないの!?」


 「…………すまん」


 正直、ここまで拗らせているとは思わなかった。流石の俺も反省しなければなるまい。俺には、誰かのために尽くすという行為が全くもって理解出来ないのだ。だから、マナの献身も全てが打算ありきの行動だと思っていた。そう、思いたかった。


 これは俺の責任だ。何も考えず、分不相応にも誰かを助けた。たとえ善行であれ悪行であれ、自らのした行いには必ず責任がつきまとう。ガキだった自分を叱りつけてやりたい。お前なんぞに、そんな綺麗な行為が似合うものかと。


 とりあえず、今日は逃げの一手だ。今のマナは普通じゃない。少しの時間が必要だろう。


 「もう、良いよ。師匠がその気なら、私にだって考えがあるから。偽物でも良い。師匠が傍に居てくれるなら、それで――」


 「悪いな、マナ。お前をそんな風にしちまったのは、俺の責任だ。マナは何も悪くない。ただ、俺のことを恨んでくれればそれでいい」


 「は……? 何言ってるの、師匠?」


 「けどなぁ、俺ばっか見てると、足下掬われちまうぞ? 師匠からの有り難い言葉だ」


 ぐいっと、身体が暗闇の方に引き寄せられる。強力な磁石に引かれる金属のように、俺の身体はマナの下から離れていった。


 影が形作られていく。そこには、店で留守番をしているはずのセレスが居た。流石、自称何でも出来る万能従者。仕事が早い。


 「お待たせ致しました、ご主人様。貴方の従僕、セレスでございます」


 「悪い、助かった。動けないからこのまま持っていって」


 「……チッ。えぇ、かしこまりました」


 「ごめんって……! 後で新しい本買ってあげるから!」


 「なっ……! なんでここがバレて……!」


 セレスは俺をゴミクズを見るような眼で侮蔑した後、俺を抱えて窓を蹴破った。辺りはすっかり暗くなり、夜の帳が落ちていた。どうやら、思っていた以上に時間が経っていたようだ。


 「じゃあな、ルナ。また今度、落ち着いた時に話そ――ぎゃああぁあ!?!?」


 「舌、噛みますよ。あと近所迷惑なので静かにしてください」


 俺は格好の付かないまま、セレスに持ち運ばれてその場を離れた。後に残ったのは、呆然とした様子で立ち尽くす、マナだけだった。


 「嫌だよ、師匠……あたしを、置いていかないでよぉ……」

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そのうち後ろから刺されるクズ錬金術師 黒羽椿 @kurobanetubaki

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