探偵業務は別手当で

祐里

1. 静かなバー

 半地下のバーに続く階段を下り、木製のドアを開ける。間接照明のみの薄暗い店内には、煙草の匂いと客たちの話す声がゆるい波のように漂っている。カウンタースツールに座る客はスーツ姿の三好みよし一人で、女性バーテンダーと何か話しているようだ。りつは、疲れた様子で足を組む三好の隣に座った。

「すみません、バイト一時間延びちゃって」

「ああ」

 バーテンダーとの話をやめた三好の顔より先に、律はカウンターテーブルのグラスに目をやった。

「今日はロックなんですね。この間はストレート」

 その左手にはショートホープ。紫煙の向こう、右手の指がページをめくるギャル系ファッション誌には、鮮やかなネイルや派手なヘアスタイルのスナップが並ぶ。

「ギャル系の女性が好みなんですか? ……あ、僕はジントニックで」

 律がバーテンダーに注文を伝えるそばで、三好が独り言のように言う。

「女の好みなんか、酒と同じだ。その時美味い方に気持ちが向く」

「はぁ、そういうものですか」

 三好はバーボンを舐めるように飲むと黒縁眼鏡を外し、疲れた様子で目頭を押さえた。

「へぇ、『最強』、ね……」

 律の視線は、三好が開いているページに吸い寄せられていた。『最強タフな女☆解禁!』という、大きなオレンジ色の文字が目立っている。

「あそこにも、このくらい気の強い女の子がいれば事件なんか……あの児童養護施設、施設長からして、もう良い人すぎて」

 眉間にしわが寄るのを自身でも感じ、律は隣のページに目を移した。三好はショートホープを灰皿に押し付けて火を消しながら低い声で一言呟く。

「やめろ」

「えっ?」

「人の性質を安易に断定するのはやめておけ」

「あ……、はい」

 ひとまず返事をし、律はその端正な顔立ちに再び眼鏡がかけられる様をしげしげと眺める。こんなに整った顔立ちなのに、どうして格好良く見えないのだろうと疑問に思いながら。

「あ、わかった」

「何が」

「三好さん、眠いんだ。探偵事務所でもよく寝てるって聞いてますよ」

「疲れただけだ。で?」

 バーテンダーが置いたジントニックを一口飲み、三好の問いに律は声をひそめて答える。

「……やはり、半年前にいなくなった女の子が一人、いるようです。年齢は十五歳、名前は北原きたはら優芽ゆめ。僕が勉強を教えていた子ではないんですが」

「警察には?」

「生活安全課に相談はしたそうですが、施設が嫌で逃げたんだろう、なんて痛くもない腹を探られただけだったと施設長が」

「……やれやれ。で、おまえも色々考えてはみたんだろ?」

「そりゃまあ。でも、何も……せいぜいその子の写真を入手できたくらいで」

「つまり、宮原みやはら律くんの類まれな頭脳をもってしても解決の糸口さえ掴めない、と」

「からかうのはやめてください。僕なんか、ただの若造です」

 大きく首を振る律に、三好は言う。

「その若造が、役に立つかもしれない」

「……は?」

「とりあえず、入手できたという写真を。ああ、明日は大学の授業がない日だったよな。午前九時に俺の事務所に来てくれ」

「それで、何を?」

 三好はニヤリと笑うと、雑誌を指で軽く叩いた。

「このモデルの、芸能事務所に行く」

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