俺のカメラワークが神すぎて、ポンコツ配信者がSランクエースに勘違いされている件~本人は『全部ただの偶然です』って言ってます~
Ruka
第1話
『ぎゃー!ももち囲まれた!』
『やばいやばい!死んじゃう!』
『初心者がゴブリン3体は無理だって!』
『¥10,000:ももち!頑張れ超頑張れ!』
コメント欄が阿鼻叫喚の様相を呈する中、俺、相田景都は冷静にカメラのズームリングを調整していた。
ファインダーの向こう側では、俺の雇い主である美少女配信者『ももち』こと桜沢桃華さんが、腰を抜かしてへたり込んでいる。その瞳は涙で潤み、ぷるぷると震える唇からは「ひぃん……」とか細い悲鳴が漏れていた。
「もう……ダメですぅ……。ももち、今日で引退しますぅ……」
「いや、引退されても困るんですけど。時給発生しなくなるんで」
マイクが拾わないように、ぼそりと呟く。
時給3500円。映像制作の専門学校を中退した俺にとって、これは破格のアルバイトだ。こんなところで終わられては、来月の家賃がマジで払えなくなる。
それに、何より。
(絶好のシャッターチャンスを逃すわけにはいかない……!)
俺の脳内に、ユニークスキル【神の視点(ディレクターズ・アイ)】が囁きかける。
視界の端に、まるで編集ソフトのプレビュー画面のように、半透明のテロップが流れ始めた。
――3秒後:右のゴブリン、棍棒を振り下ろす。
――被写体(桃華)、驚きのあまり後方に転倒。
――最高の『絶望顔』が撮影可能。サムネイルへの使用を推奨。
これだ。この「画」を撮るために、俺はここにいる。
最高の映像作品を作る。それが俺の夢であり、仕事へのプライドだ。
俺は冷静に、しかし有無を言わせぬ力強さで桃華さんにインカムを通じて指示を出した。
「ももちさん!引退宣言は後で!今、一歩だけ右に下がってください!そう!怯える感じで!その表情、最高に視聴者の保護欲をそそります!」
「へ?こ、こうですかぁ?」
彼女は涙目ながらも、俺のディレクションには素直に従ってくれる。それがこの仕事の唯一の救いだ。言われた通りに一歩後ずさった、その瞬間。ブンッ、と空気を切り裂く音を立てて、桃華さんがさっきまでいた場所にゴブリンの棍棒が叩きつけられた。
『おおおおお!?』
『神回避きたああああ!』
『今の見えたのかよ!?』
『ももち、泣きながら戦う覚醒者だった…?』
コメント欄の熱狂をよそに、俺はさらに指示を重ねる。撮れ高の神が、今、俺に降りてきている。脳内のテロップは次々と最高の瞬間を予測し、俺に教えてくれていた。
――2秒後:左のゴブリンが突進。
――被写体が左に剣を振ることで、カウンター気味の『奇跡の一撃』が撮影可能。
――演出ポイント:剣を振る際、少し大げさに身体を捻ると、映像に躍動感が生まれる。
「最高です、ももちさん!今度は左!カメラに向かって思いっきり剣を振ってください!そうすれば勇ましく見えます!身体をひねるのを忘れずに!」
「は、はいぃ!」
彼女がやけくそ気味に振り回した初心者の剣が、突進してきていた別のゴブリンの眉間に「偶然」突き刺さる。ゴブリンは断末魔の叫びを上げる間もなく光の粒子となって消えた。
「え?え?」
何が起きたのか分からず、きょとんとしている桃華さん。
うん、その表情も可愛い。視聴者のギャップ萌えを誘う、素晴らしいリアクションだ。撮れ高はじゅうぶんすぎる。
「ももちさん、あと一体!勝利は目前です!感動のフィナーレを撮りましょう!」
「は、はいぃぃ……!」
俺の声に鼓舞され、彼女は最後のゴブリンに向き直る。
俺のスキルは、そのゴブリンの額にある古い傷が「最も美しい破壊の瞬間を演出する弱点」だと、スポットライトのようにハイライトして見せていた。
「そこです!額の傷!そこを狙えば、きっといい画になります!今日のクライマックスはそこです!」
もはや俺の指示を疑わない桃華さんが、渾身の力で剣を突き出す。素人丸出しの拙い一撃は、しかし寸分の狂いもなくゴブリンの弱点を捉えていた。
三体目のゴブリンが光となって消え、静寂が訪れる。
数十秒の沈黙の後、コメント欄が爆発した。
『うおおおおおおおおお!』
『ももち最強!ももち最強!』
『伝説の初回配信だった……』
『¥100,000:君こそが、Sランクの原石だ』
画面の向こうの熱狂など知らず、桃華さんはその場にぺたんと座り込んだまま、ぽかんと自分の手を見つめていた。
「……あれ? 私……勝っちゃいました?」
その無垢な問いかけに、俺はファインダーを覗いたまま、満足げに頷いた。
「ええ。最高のエンディングでしたよ。このシーン、切り抜いてショート動画にしましょう。絶対にバズります」
彼女の才能の正体も、視聴者の勘違いも、どうでもいい。
俺の仕事は、最高の映像を撮ること。
ただ、それだけなのだから。
配信を終え、ダンジョンの入り口にある転移ゲートをくぐると、途端に現実の喧騒が戻ってくる。
「はぁ〜……疲れましたぁ……」
桃華さんはその場にへたり込み、ペットボトルのお茶をごくごくと飲み干した。さっきまでの涙目はどこへやら、その顔は達成感と興奮で紅潮している。
「でも景都さん!見ました!?今日の私、すごかったですよね!?ゴブリン三体を一人で……!」
「ええ、まあ。おかげで面白い画がたくさん撮れましたよ」
「えへへ、本当ですか!?」
素っ気ない俺の返事にも、彼女は満面の笑みだ。
「それもこれも、景都さんのアドバイスのおかげです!『一歩右に』とか『剣を振って』とか、ポーズ指導が的確すぎて!まるで、本当に戦ってるみたいでした!」
「……どうも。まあ、それが俺の仕事なんで」
もちろん、俺の指示はポーズ指導のつもりだ。
俺のスキル【神の視点】は、あくまで「どうすれば最高の映像が撮れるか」を教えてくれるだけ。モンスターの動きを予測したり、弱点が見えたりするのは、全て「その方が面白い映像になるから」に過ぎない。
結果的にモンスターの攻撃を避けられているのは、ただの偶然。本当に、ただの偶然だ。俺はカメラマンであって、探索者じゃない。
「それじゃ、今日のデータ転送しますんで、少し待っててください。あと、反省会もしますよ。さっきのシーン、もう少し怯えた表情ができれば完璧でした」
「むぅ、あれ以上は無理ですよぉ!」
俺たちがそんな会話をしていると、近くにいた他の探索者たちがヒソヒソと話しているのが聞こえてきた。
「おい、今のってもしかして『ももち』か?」
「マジかよ、あの新人だろ?ゴブリン3体相手に無傷って噂の……」
「天才にも程があるだろ……」
その言葉に、桃華さんは「えへへ」と照れくさそうに笑っている。
完全にその気になっている。まあ、勘違いも実力のうち、というやつかもしれない。少なくとも、彼女が有名になってくれれば、俺のバイト代も上がるだろう。それでいい。
その頃、都内某所にある超高層ビルの最上階。
国内最大手の探索者ギルド『ヴァルハラ』の特務分析室で、一人の女性がモニターに映し出された『ももち』の配信アーカイブを、ただ一点に集中して見つめていた。
室内に響くのは、マウスのクリック音と、彼女の小さな呟きだけ。
「……おかしい」
彼女――氷室雫は、再生速度を0.25倍に落とし、映像を食い入るように見つめる。
彼女が見ているのは、涙目で戦う桜沢桃華の姿ではなかった。
彼女が注目しているのは、その映像そのもの。手持ちカメラとは思えない、あまりに滑らかで、完璧なカメラワークだった。
「ゴブリンの棍棒が振り下ろされる、その0.1秒前。カメラが寸分の狂いもなく、回避先である右の空間を捉えている……。まるで、攻撃が来ると分かっていたかのように」
別のシーン。桃華が剣を振るう場面。
「初心者が剣を振るえば、普通はブレて被写体を追いきれない。なのに、このカメラは剣の切っ先まで完璧にフレームの中心に収め続けている。ありえない」
雫は、全てのシーンをコマ送りで確認し、そして、一つの結論に達した。
「この配信の奇跡は、桜沢桃華の才能によるものではない」
彼女は配信映像の隅に小さくクレジットされている名前を、指でなぞった。
【撮影:相田景都】
「本当に恐ろしいのは、この配信者じゃない。この、全てを完璧に予測し、被写体を勝利へと導いている、正体不明のカメラマン……あなた、一体何者なの?」
その問いが、誰にも届くことはない。
当の本人である俺は、と言えば。
「ああ、くそっ!このシーン、手ブレ補正かけ忘れてる!最悪だ……!」
安アパートの一室で、完璧ではない自分の仕事に頭を抱え、一人うなだれていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。