第2話
倉庫の中に、再び静寂が戻ってきた。
俺はまだ、速い心臓の鼓動を感じながら、ゆっくりと立ち上がった。
もう一度、手にした古びた
これが、剣聖アークライトの遺物。
見た目はただの古い鞘なのに、こんなとんでもない力を秘めているとは。
俺は試しに、鞘から手を離してみた。
すると、脳内に満ちていた剣聖の知識や感覚が、すーっと潮が引くように消えていく。
視界の隅に表示されていた【継承中】の文字も、同時に消えた。
そして、再び鞘にそっと触れる。
先ほどと同じように、力が体を駆け巡る感覚が瞬時に戻ってきた。
どうやら、遺物に直接触れている間だけ、能力を継承できるらしい。
「すごい……本当に、俺の力になったんだ」
俺は興奮を抑えきれず、もう一度箒を構えた。
今度は、もっと意識を集中させてみる。
剣聖の記憶にある、剣の軌道を正確にイメージするのだ。
「はっ!」
短く気合を入れて、箒を横薙ぎに振るった。
すると、先ほどよりも明確に、目に見えない何かが飛んでいくのが分かった。
飛んでいった先にある鉄の兜が、キィン!と甲高い音を立てて弾け飛ぶ。
「おお……!」
これは、剣聖が得意としたとされる斬撃を飛ばす技、「
本物の剣を使えば、もっとすごい威力になるに違いない。
俺は楽しくなってきて、倉庫にあった他のガラクタにも次々と触れてみた。
しかし、ほとんどのガラクタは何の変化も起こさない。
ただのガラクタは、本当にただのガラクタらしい。
遺物継承が発動するのは、本当に英雄や偉人が使っていた、特別な品だけなのだろう。
俺は倉庫の中をくまなく探し回った。
そして、いくつかの反応がある品を見つけ出すことに成功した。
一つは、レンズの片方が欠けた、古い眼鏡。
これに触れると、頭の中に複雑な魔法の術式が流れ込んできた。
どうやら、これは百年前に活躍した「大賢者マーリン」の遺物らしい。
継承できるスキルは【無詠唱化Lv1】と【魔力効率化Lv1】だった。
魔法使いではない俺には、今のところ宝の持ち腐れかもしれない。
だが、いつか役に立つ時が来るだろう。
もう一つは、ところどころ焼け焦げた、赤いマントの切れ端だ。
これに触れると、全身が熱を帯びるような感覚に襲われた。
これは、伝説の「炎帝グラム」が身につけていたマントの一部らしい。
継承スキルは【火属性耐性(中)】と【炎熱操作Lv1】。
これもまた、強力な力だ。
俺は自分が発見した遺物を、こっそりと【遺物回収】のスキルで自分の異空間に収納した。
剣聖の鞘、大賢者の眼鏡、炎帝のマント。
これだけで、俺の戦闘力は飛躍的に向上したはずだ。
俺のギフトは、触れた遺物の力をストックできるのかもしれない。
同時にいくつも発動できるかは、まだ分からないが試す価値はあるだろう。
「これなら、俺も……」
英雄になれるかもしれない。
ずっと胸の中にくすぶっていた憧れの炎が、再び熱く燃え上がるのを感じた。
だが、同時に冷静にならなければ、とも思った。
この力は、あまりにも規格外すぎる。
下手に知られれば、面倒なことになるのは間違いない。
利用しようとする者、危険視する者。
色々な連中から、目をつけられるだろう。
「この力は、隠しておこう」
俺はそう決めた。
少なくとも、俺が信頼できる仲間を見つけるまでは。
そして、この力を完全に使いこなせるようになるまでは、誰にも知られてはいけない。
俺は倉庫の掃除を終えると、何事もなかったかのように鍵を司書に返した。
そして自室の寮へと戻る。
ベッドに横になっても、興奮でなかなか寝付けなかった。
翌日、俺の学園生活は、表向きは何も変わらなかった。
相変わらず、俺はFクラスの落ちこぼれのままだ。
授業中も、目立たないように息を潜めている。
だが、俺の内面は大きく変わっていた。
今まで雑音にしか聞こえなかった周囲の悪口も、不思議と気にならない。
彼らが知らない力を、俺は持っているのだ。
その事実が、俺に絶対的な自信と余裕を与えてくれた。
午後の座学の授業でのことだ。
歴史の教師が、古代の英雄譚について語っていた。
「……このように、英雄王ギルガメッシュは、たった一人で千の魔獣を討ち果たしたとされています。まあ、これは後世の作り話でしょうがね」
教師がそう言って笑うと、教室の生徒たちもつられて笑った。
しかし、俺は静かに手を挙げた。
「先生、質問があります」
「ん? なんだね、アッシュトン君。珍しいな」
教師は意外そうな顔で俺を見た。
俺が授業中に発言することなど、今まで一度もなかったからだ。
「ギルガメッシュが千の魔獣を討ち果たしたのは、作り話ではありません。彼が使っていたとされる宝具『天の鎖』は、対魔獣において絶対的な捕縛能力を持っていました。彼はそれを使って魔獣の動きを封じ、一つずつ確実に仕留めていったのです。その戦術は、当時の記録にも……」
俺は、図書館で得た知識を淡々と述べた。
それは、教科書には載っていない、非常にマニアックな内容だった。
教室中が、しんと静まり返る。
教師は、ぽかんとした顔で俺を見ていたが、やがて我に返ったように咳払いをした。
「……こ、詳しいな、アッシュトン君。よく勉強しているようだ。うむ、その通りだ」
教師は少し動揺しながらも、俺の知識を認めた。
周囲の生徒たちが、驚いたような、信じられないものを見るような目で、俺のことを見ている。
俺は満足して席に着いた。
少し、やりすぎたかもしれないな。
でも、ほんの少しだけ、気分が良かった。
授業が終わると、俺はすぐに教室を出ようとした。
しかし、後ろから呼び止められる。
「カイ君!」
その声の主は、アリス・ヴァンデルだった。
彼女は、数人の友人たちと一緒にいたが、わざわざ俺のところにやってきてくれたのだ。
そのせいで、教室中の視線が俺に突き刺さる。
特に、男子生徒からの嫉妬に満ちた視線が痛い。
「アリスさん。どうしたの?」
「さっきの授業、すごかったね! カイ君があんなに詳しいなんて、知らなかったよ」
アリスは、心の底から感心したように、目を輝かせている。
その純粋な笑顔に、俺は少しどきまぎしてしまった。
「いや、本で読んだだけだよ。偶然、知ってただけだ」
「それでもすごいよ。私、歴史は少し苦手だから、尊敬しちゃうな。……あの、カイ君、最近何かあった? 少し、雰囲気が変わった気がする」
アリスは、不思議そうな顔で俺の顔を覗き込んできた。
彼女の顔が近くて、心臓が大きく跳ね上がる。
「そ、そうかな? 何も変わらないと思うけど」
「そう? ならいいんだけど……」
アリスは首を傾げている。
彼女は鋭いな。
俺の小さな変化に、すぐに気づくなんて。
「それと、これ。この前の模擬戦で怪我したって聞いたから、よかったら使って」
そう言って、アリスは小さな包みを俺に差し出した。
中には、回復効果のある薬草が入ったポーションが入っている。
「え、でも……」
「気にしないで。私、ギフトでこういうの、たくさん作れるから」
彼女のギフト【聖女の祈り】は、強力な治癒能力を持っている。
高ランクのポーションを生成することも可能なのだ。
俺が戸惑っていると、横から不機嫌な声が割り込んできた。
「アリス様。そいつに、そんな高価なものをやる必要はありませんよ」
声の主は、やはりジン《じん》だった。
彼は腕を組み、仁王立ちで俺とアリスの間に割って入る。
「ジンさん……。でも、カイ君は怪我を……」
「こいつの怪我なんて、放っておけば治るでしょう。それよりアリス様、こんな落ちこぼれと話していると、あなたの価値が下がります」
ジン《じん》の言葉は、あまりにも直接的で、侮辱に満ちていた。
アリスが、悲しそうな顔で眉をひそめる。
「そんな言い方はやめてください。カイ君は、同じ学園の仲間です」
「仲間? 笑わせないでください。こいつは、英雄の名を騙るだけの、ただのゴミだ。なあ、カイ。お前、本当にアッシュトン家の人間か? 実は、どこかで拾われてきたんじゃないのか?」
ジン《じん》は、俺に向かって挑発的な視線を向けてくる。
以前の俺なら、ここで俯いて、嵐が過ぎ去るのを待っていただろう。
だが、今の俺は違う。
俺は静かに顔を上げると、ジン《じん》の目をまっすぐに見つめ返した。
「どうしたんだい、ジン《じん》。そんなに俺のことが気になるのか?」
「……なんだと?」
俺の予期せぬ反撃に、ジン《じん》は一瞬、言葉を失った。
俺はさらに続けた。
「俺が誰だろうと、君には関係ないだろう。それとも、Aクラスのエリート様は、Fクラスの落ちこぼれのことが、気になって仕方ないのかな?」
「てめえ……!」
ジン《じん》の顔が、怒りで赤く染まっていく。
周囲の生徒たちも、ざわめき始めた。
「おい、あのカイがジンに言い返してるぞ」
「マジかよ、どういう風の吹き回しだ?」
信じられない、という雰囲気が教室に満ちていた。
ジン《じん》は、わなわなと拳を震わせると、俺の胸ぐらを掴みかかってきた。
「いい度胸だ、ガラクタ拾い。そこまで言うなら、どっちが上か、はっきりさせてやろうじゃねえか」
「はっきりさせる? 何を?」
「決まってんだろ! 模擬戦だ! 今ここで、俺と戦え!」
ジン《じん》はそう叫んだ。
アリスが慌てて止めに入る。
「だめだよ、ジンさん! そんなの、カイ君が可哀想だよ!」
アリスの言葉は、火に油を注ぐだけだった。
「可哀想? 違いますよ、アリス様。これは、身の程を弁えない馬鹿に、現実を教えてやるための教育です。おいカイ、どうした? まさか、逃げるんじゃねえだろうな?」
ジン《じん》は、俺を睨みつけて言った。
周囲の生徒たちも、「やっちまえ、ジン!」「落ちこぼれに分からせてやれ!」と囃し立てている。
俺は、掴まれた胸ぐらを、静かに振り払った。
そして、にっこりと笑って、こう答えた。
「いいよ。やろうか、模擬戦」
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