読めばわかる。読んでもわからん。このアホらしさ。
志乃原七海
第1話:セーブポイントはこちらには無い
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### タイトル:セーブポイントはこちらには無い
深夜の交番。ベテランの田村部長が、紙コップのコーヒーをすすっている。向かいでは、若手の佐藤巡査が自分のスマートフォンに真剣な顔で話しかけていた。
「OK、シリウス。今日の夜食に最適なメニューは?」
『付近のラーメン店を3件検索しました』
「ちがう、そういうことじゃない」
田村部長は、心底うんざりした顔でため息をついた。
「佐藤。お前は機械に頼りすぎだ。自分の頭で考えろ、自分の腹と相談しろ」
「ですが部長、AIは最適なソリューションを提示してくれます」
「そーりゅーしょん…」
その時だった。
ピロリン♪
壁際で充電されていたスマートスピーカーが、間の抜けた音を立てて光る。緊急通報受信システムだ。ディスプレイに『音声認識による緊急通報:タナカ様』と表示された。
佐藤がスピーカーのマイクボタンを押す。
「こちら警視庁。どうしましたか」
スピーカーから、息も絶え絶えな若い男の声が響いた。
『あ…警察…ですか…?ぼく…たった今、死にました…』
佐藤はゴクリと喉を鳴らし、田村部長は眉をひそめる。
『天井から…自分の体が見えるんです…。ああ、これがデスペナルティ…ボスの呪いだ…』
ブツッ。
音声が途切れた。
「ボス…?呪い…?」
佐藤が首をかしげる。田村部長は冷めた目でスピーカーを見つめた。
「薬物による幻覚だろう。最近多いんだ、こういうのが」
ピロリン♪
再び、気の抜けた電子音が鳴る。発信者は、もちろん『タナカ』。
佐藤が緊張気味に応答する。
「タナカさん!?大丈夫ですか!」
『あー…どうも。なんか、寝ぼけてたみたいです』
さっきとは別人のような、気の抜けた声だった。
『変な夢を見てて…寝言でスマートスピーカーに話しかけちゃったみたいです。お騒がせしました』
田村部長は、立ち上がるとスピーカーに顔を近づけ、腹の底から声を出した。
「君!緊急回線をなんだと思ってるんだ!二度とかけてくるなよ!」
『は、はい!申し訳ありません!失礼します!』
ブツッ。
今度こそ終わった。田村部長は席に戻り、佐藤に向かって説教を始めた。
「いいか、佐藤。ああいう想像力の逞しい若者が、現実と…」
ピロリン♪
三度、空気を読まない電子音が響き渡る。
田村部長はもう何も言わない。無言で立ち上がり、鬼の形相で応答ボタンを叩きつけた。
『すみません!でも聞いてください!やっぱり僕、死んでました!』
声は、なぜか達成感に満ちている。
「…どういうことだ」
部長の声は、地殻変動のような低さだった。
『いやー、僕、最新のフルダイブ型VRゲームをやってまして!ゲームの中で、ラスボスの呪いを受けてHPがゼロになったんですよ!』
「……えいちぴー…」
『で、天井から自分が見えたのは、ゲームの死亡リプレイ演出!あまりの没入感に、現実(リアル)の自分も死んだと完全に錯覚しちゃって!』
田村部長は、こめかみをグリグリと押さえながら、かろうじて言葉を紡いだ。
「…それで、なぜ警察に繋がった」
『それなんですけど!パニックになって、ゲームの仲間を呼ぶつもりで**「ヘイ、相棒!蘇生(そせい)しろ!」**って叫んだら、うちのスマートスピーカーが**「警察(けいさつ)にしろ」**と聞き間違えたみたいで!いやー、AIの誤認識って怖いですね!』
悪びれる様子は微塵もない。
『でも、仲間が蘇生アイテムを使ってくれたんで、さっきのセーブポイントから無事リスポーンできました!本当にお騒がせしましたー!』
ブツッ。
通話は一方的に切られた。
交番は、氷河期のような沈黙に包まれた。
沈黙を破ったのは、佐藤だった。
「いやー、一件落着ですね!僕もそのゲーム、やってみようかなぁ…」
次の瞬間、佐藤は自分の肩に鉄の爪のような感触を感じた。見ると、田村部長が恐ろしいほどの力で自分の肩を掴んでいる。
「佐藤。お前もだ」
「え?」
「お前も、行くぞ」
「は、はい!ど、どちらへ…?」
田村部長は、ゆっくりと顔を上げ、出口の扉を睨みつけた。その目は、ラスボスのように赤く光っているように見えた。
「平和荘だ」
「……」
「あの男に教えてやるんだ。**この現実(リアル)の世界には、コンティニュー機能(つづきから)は無い**ということをな」
読めばわかる。読んでもわからん。このアホらしさ。 志乃原七海 @09093495732p
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