第8話 目覚めの時

ある日、

仕事中の私のスマホに着信が残っていた。


海斗の父からで、留守電が入っていた。

恐る恐る留守電を聞くと、

父の少し喜んだような震える声が響いた。


「海斗、意識が戻ったよ!

  会いに来てください」


私は仕事を早々に切り上げ、病院へ向かった。

病室に入ると、

海斗は目を開け、私を見つめていた。


私は思わず手を握り、涙が溢れた。

「海斗……!」

海斗も震える声で

「紗奈……」と呼び、

二人は言葉を交わさずにただ手を握り合った。


その瞬間、

二人の間にあった不安も、後悔も、

すべてが溶けていくようだった。


海斗は事故直前の記憶を失っていた。

私たちが別れたことも、

私に新しい恋人がいることも、

頭にはなかった。


数日後、リハビリが始まった。

身体が思うように動かない海斗を前に、

私は胸が締め付けられた。


辛そうに手足を動かす海斗を見て、

まだ「私たちはもう別れている」とは言えず、

自分を責め続けた。


リハビリが始まって数日後、

海斗の身体は少しずつ回復の兆しを見せた。


手足の動きはまだぎこちないけれど、

笑顔を見せることも増えてきた。


ある日、

海斗の目が真剣な光を帯び、私を見つめた。

「紗奈……俺、本当に覚えてないんだ。

 事故のことも、最近のことも」


私は静かに頷き、優しく手を握った。

「うん。でも大丈夫。

 今は無理に思い出さなくていいよ。

 海斗の回復が一番大事だから」


海斗は少し安心したように息を吐き、

ベッドに身を委ねた。


「紗奈……ありがとう。支えてくれて」


私は胸がいっぱいになり、

涙をこらえながら微笑んだ。

「海斗、これからもリハビリ一緒に頑張ろう」


それから数日後、

海斗は少しずつ身体を動かせるようになり、

ゆっくり1人で歩けるようになっていた。


しかし、事故直前の記憶は戻らず、

私たちが別れていることや

私に新しい恋人がいることも知らなかった。


私は心の中で、

想との生活を守りながら、

海斗の回復を支える日々を過ごした。


罪悪感と安堵、

複雑な感情が入り混じる中で、

私は自分の気持ちと向き合い、

想との関係を大切にする決意を新たにした。

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