真章:第20話【過渡期⑤】
会議室の中、無言の三人。
時間は22時を過ぎている。
その静寂を破るように、俯き考えんでいた奏が顔を挙げる。
「ねぇ、立志先輩。」
「どうした、奏?」
「先輩の見た未来では、私はどうやって死んだんですか?」
意を決したように、奏が立志に問う。
「先輩、言ってましたよね? 『俺が殺した』って。」
「…あの時は記憶が戻って興奮してたんだ。今は、あまり言いたくない。」
「もっと詳しく教えて下さい、先輩。」
「でも…。」立志の表情は険しい。
「先輩にとって、それは辛い記憶なのは、先輩の顔を見ていれば解ります。それでも…お願いします!」
奏の表情は真剣だった。
きっと、奏には考えがあるのだ。
「解った。話すよ。」
立志は、自らの手で奏を撃ち殺した時の記憶を語る…。
…
前にも言ったろ?
俺が、撃ち殺したんだ…。
俺は、銃口を奏の頭に向けて、引き金を引いた。
その時、奏は言っていたよ。
私は死にたくない。でも生きたくもない。
この世界で生きている意味も希望も何も見えないから…。
そう言っていた。
あの時は奏にとっては、自ら死を選ぶ事が、この希望無き世界での奏の唯一つの希望だったんだろう。
だから、俺は、引鉄を引いた。
でも最後に奏は言った。
「嫌…」と。
死にたくはない。でも、死ぬしかない。もう、解らない。
その言葉がきっと、俺が殺した奏が最後に思った事なんだと思う…。
…
「信じられないよな。でも、あれは俺にとっての真実なんだ…。」
「…。」奏は黙って立志の話に耳を傾けていた。
「奏…。」立志が奏の名を呼ぶ。真剣な表情で。奏の顔を真っ直ぐに見つめて。
「先輩?」
「あの時は、すまなかった。ただ撃ち殺すことしかできなくて。命を奪う事でしか、奏を救う方法が思いつかなくて。でも、その方法も間違えていて、本当に、すまなかった…。」
立志は奏に向かって頭を下げる。
唇を噛み締め床を見つめる立志。
その瞳には涙が浮かんでいる。
その立志の姿を見た時。
奏の中の、何かが変わった。
「命…。」
奏の脳裏に奔るものがあった。
それは、奏の頭に銃口を向けながら、涙を浮かべ唇を噛みしめる、立志の姿。
今、奏に向かって頭を下げ続ける立志とは、異なる姿の記憶。
…思い出した。私は『あの時の』立志先輩を、知っている。
「立志先輩。頭を上げてください。あれは、私が願った事なんです。先輩が悪いんじゃありません!」
「奏?」
「私、思い出しました。先輩が苦しんでいた姿を…。」
「奏…思い出したのか? あの未来の記憶を…。」
「はい。ほんの僅かですが、思い出したんです。見た事無いはずの光景が、記憶のずっと奥にあるんです。」
…
奏は立志を信じている。器用に嘘を付ける人間ではない事を知っている。
立志の話は確かに荒唐無稽だった。簡単に信じられるものではない。
けれど、自分を救おう、世界を救おうと語る立志の想いに嘘はない。
その感情は理解できた。だから立志の力になりたいと思った。
だが奏は立志にような強さも晋也のような知識も無い。
自分なんかに何ができるのか。そんな不安もあった。
せめて、せめて立志が観たという未来の姿を、奏も感じられれば、何か出来る事が見つかるかもしれない。
そして、立志の語る惨劇の未来を、その世界の奏自身の姿を知った時。
その奏の願いは、叶った。
これでやっと、立志の役に立てる。共に、戦える。
惨劇の未来を知った奏は、自分の考えを立志と晋也に話し始める。
…
「私は、晋也先輩みたいな知識もないし、立志先輩のように未来の記憶をはっきり覚えているわけじゃありません…。平凡な人間です。
けど、自分自身の事なら分析できる。
立志先輩が話してくれた、未来の私が感じた事はアセスメントできる。
それで、私、思ったんです。
未来の私が最後に言っていた事…、
『死にたくない。でも生きたくもない。
この世界で生きている意味も希望も何も見えない』
あの言葉は、感情は、あの世界で私だけが感じていた事じゃないと思うんです。
亡くなれば怪物となり、生きていても殺される。
確かにあの世界には絶望しかなかった。
なぜ、絶望しかないのか?
それは…『殺される』か『怪物になる』か。その二択しか示せない社会になっていたからです!
それじゃあ、命の扱い方が余りにも軽視され過ぎです。
それが、あの惨劇の未来の根幹にある問題なんです。」
…
奏は、自身の考えを述べた後、
「先輩。『命』って、なんなんでしょう? 」
そう立志達に質問する。
「命?」
「はい。今、社会に発生しているこの蘇り現象を通じて、世界に求められるべき議論は、『ゾンビの発生をどうするか』ではなくて…。」
「…。」2人は奏の言葉に黙って耳を傾ける。
「人の命の扱い方を…『命の価値』を問うことではないでしょうか?」
命の価値を問われる。
つまり、命のカタチが変わる時、人間はそれにどう向き合うか、という事。
「つまり、奏さんは、今起きている事態を、病や一時期の現象ではなく…、」
「…進化。人の進化だと言いたいんだな?」
進化。
あの時、記憶の中の彼女もその言葉を口にしていた。
「はい。私はそう思います。そして、立志先輩や私の記憶にある世界では…、」
「進化に、社会が対応出来なかった、と。」
「そうです。だから、今、社会に問われている事は…」
「命の価値を見直した社会の再構築、か。」
「はい!」
「社会の再構築。それも、『社会を変える』と同義だな。」晋也も頷く。
「私は、この先の未来で、私みたいな悲しみを抱いて死んだ人がたくさんいるのなら、それを止めたい。それが、私の決意です!」
…奏があの世界で感じた悲しみや苦しみを無くす。
その奏の決意の言葉を受けた立志は、思考を巡らす。
そして…、
「そうだ! 奏。それだよ!」
「どうした、立志?」
「俺、解ったよ。俺たちが目指す社会の姿が、やっと解った!」
立志は語る。自らが導き出した社会の姿を。
…
「この現象が、全ての人間に遍く発生するなら、人は必ず自分に問うはずだ。
『死んだ後も、生きていたいか』と。
『自分だったら、どうすればいいのか?』と。
俺が見た未来には、選択肢が無かった。
一方的に殺されるか、絶望に悲観して死を選ぶしかなかった。
あの未来には諦念しかない。
けれど、命の終わりを、人生の最後の姿を、自分自身が選べる社会だったら、どうだ?
命の終わらせ方を、自分で選べる社会。
一方的に殺されるのでは無く、
絶望に打ちひしがれて死を選ぶのでも無く、
命の最後の輝き方を、自分自身が選択できる社会。
それが、俺たちの目指す社会の姿だ!」
…
現実を受け入れ、新たな変化に適応した社会を目指す。
それが、立志達が目指す世界の形。
立志達は、答えに辿り着いたのだ。
…
…
その時である。
「君達! 話は聞かせて貰ったよ!」
突然、深夜の会議室の扉が開き、一人の男性が部屋の中に入ってきた。
「うわ!」「なんだ!」
こんな深夜の時間。まさかの闖入者に、三人は仰天する。
その真夜中の闖入者の正体は…。
「く、黒崎先生!」
闖入者の姿に驚く奏。
それは、始まりの医師、黒崎一(はじめ)、その人であった。
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