真章:第18話【過渡期③】

立志は気を取り直して、考えを進める。

「社会を変える、か。なぁ、晋也。過去、人類社会は何度も変化してきたんだよな?」

と晋也に問う。

「あ? あぁ。」

「社会が変わる時って、どんなきっかけで変わってきたんだ?」

立志の問い掛けは続く。答えを探し求めて。

「そうだな…。例えば有名なのは、フランスのルネサンスだな。」

「ルネサンス?」

ルネサンス。再生や復活を意味するフランス語であり、14世紀から16世紀の時代の文化運動である。

「ルネサンスのきっかけは、ある二つの発明だった。」

「発明?」

「そう。火薬と印刷技術だ。」

晋也の解説に、奏は、

「火薬はなんとなく解りますが、印刷技術ってのも凄い発明だったんですね…。」と続ける。

「うん。まず火薬の開発だが、火薬は文明が持つ技術に大きな進歩を齎した。発掘、建築、移動手段。そして、戦争…。」

「…戦争。」

「火薬の開発は人類に銃と大砲を齎し、それは、剣を持たず戦闘の訓練も受けてこなかった農民が、騎士や貴族を倒せる…つまり、身分制の常識を覆す事態を齎した。」

「常識を、覆す…。」

「そうだ。それまでの世界観は崩れ去り、世界規模での下克上現象を齎(もたら)した。」

「戦争と発展か。…幾多の幸福と、その何倍にもなる不幸の歴史ってやつか…。」

立志が感慨深く言う。

「なかなか洒落た言い方をするなぁ。誰の受け売りだ?」と晋也。

「ああ。女神様、かな。」立志の表情がほんの少し曇る。

「何言ってるんだ? まあいいや。で、次に印刷技術だが…。」

晋也は立志のその僅かな変化に気付かず、解説を続ける。

「印刷技術。こちらの方は、社会に思想的な進化を与えた。」

「思想的な?」

「ああ。例えば宗教。そして聖書。」

「それが変わるのが、そんなに重大な事だったのか?」

「うん。それまでは、聖書の内容や解釈は、人を通じてしか行えなかった。布教者からの言葉としてしか、民間に伝わらなかった。だがそこに、文字を印刷する技術が誕生した。」

今、晋也が説明している事は、まさに、『思考的な変革』そのものだった。

「文字による聖書の内容の伝達は、自由な解釈や多様な読み方の推進を齎した。聖書の解釈の自由化とは、人間の思想の自由の幕開けと同義だったんだ。」

宗教的な思想が社会基盤であった時代。その変化の影響は凄まじいものであった。

「まぁ、その結果、キリスト教の分裂、宗教間の争いへ発展したんだがな。」

つまり、晋也が伝えたい事は…。

「新たな技術を手にした時、社会は変わる…。」

「その通り。 つまり、技術とは、それを使う発想と社会基盤によって、世界を革新し得るんだ。そして、いったん技術が回り始めると、技術を手にした者の発想を変え、文化と思想を改め、社会を変えていく。」

社会を変え得る技術革新…。

「じゃあ、現代の社会で、その…社会を変え得る発明があったとしたら?」

「それは勿論、これだろ?」

晋也は鞄に手を入れ、愛用のノートパソコンを取り出す。

「パソコン?」

「それも凄い発明だが、なによりも素晴らしいのは、インターネットだろうな。」

「インターネットかぁ。確かに便利だけど…。それほど凄い発明なのか?」

「ああ。印刷技術が『思想の自由化』を生み出したのなら、インターネット…高度情報通信は、『思想の共有化』を創造させたんだ。」

「共有化?」

「インターネットは、情報の送受信の道具として、昨今飛躍的に普及した。その結果、誰もが平等に自分の意思を自由に表現でき、誰もがその思想を閲覧し対話できる。つまり、他者間における思想の共有化ができる社会になった、ということだ。」

「なるほど。ということは…」

「ああ。『不特定多数の他者に思想を訴える』という手段において、インターネットに勝るものはない。」

「それだ! 」

晋也の説明に、立志がガッツポーズをする。

「うちの施設の様子をネットで伝えよう! 生き返った爺ちゃん婆ちゃんは、死ぬ前と全然変わんないって事をさ!」

立志の意見を聞いた奏も、

「いいですね! 施設での様子を伝えれば、蘇ったお年寄りが危険な存在じゃないって事をアピールできるかも…。」

と同意する。

「ああ。それで、爺ちゃん婆ちゃんたちをゾンビにしちゃうような新しい法案が間違っているって事を社会に解らせるんだ!」

立志は自身のアイデアに浮かれる。

しかし、晋也は浮かない顔だった。

「インターネットの活用については、僕は反対だ。」

立志の案を反対する晋也。

「なんでだよ、晋也?」

「ネットの世界では『責任』が軽視され過ぎるからだ。」

晋也はその理由を語る。

「責任?」

「ああ。まず第一に、施設の中の様子をネットで流すのは、お年寄り達のプライバシーの問題がある。」

「そうですね…。倫理的に良くないかもしれないですね。」

「うん。本来なら、映像化にあたり、当事者の許可が取れればいいのだが…。」

「隔離棟にいる方から許可を頂くのは、難しそうですね…。」

「…喋れないもんな。」

「当事者の理解も無いのに、安易に映像化するのは無責任だと僕は思う。僕は、自分が発信した情報には責任を持ちたい。あのマスコミの映像みたいな、自分勝手で下劣な行為はしたくない。」

「確かに、私もあの報道には腹が立ちました。でも、立志先輩がやろうとしている事は、正しい事ですよ?」

「だが、それを決めるのは、社会だ。」

「え…。」

「俺達が正しいかを判断するのは、世間であり、社会だ。それが、社会を変えるって事だ。」

晋也は奏にはっきりと伝える。

「僕はその映像が後にデメリットを残す可能性は捨てきれない…。」

「晋也先輩…。」





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