真章:第10話【端境期④】

それから一ヶ月後。

事態は大きく動いた。

ゾンビの大量発生である。

今まで、この蘇り現象はN県の老健[縁寿]のみだった。

一地区限定の現象であったため、世間はその脅威を然程強く感じてはいなかった感があった。

だが、地域限定だった蘇り現象が拡大の兆候を見せ始め、ついに他県でも老人の蘇り現象…ゾンビが発生したのだ。

しかも、内陸のN県から遠く離れた四国方面や北陸での発生もみられている。

N県から始まった、死に至る寸前の老人が生命反応を停止したまま蘇る現象。

それが、遠く離れた土地でも発生したのだ。

つまりこれは、蘇り現象が全国で発生したことを意味する。

ゾンビ・パンデミックである。

ゾンビの大量発生に伴い、対応に追われた行政は、最初の発生地である老健[縁寿]での対応を参考に踏まえ、各県に所在する介護老人施設に隔離棟の併設を要請した。

結果、全国各地にある介護老人施設に隔離棟が設けられる事となったが、真に対応に追われたのは、当の施設を運営する法人管理者と、そこに勤める従業員である。

「「「ゾンビの世話なんて、どうやればいいんだよ!」」」

全国の働く介護職は困った。

老人の世話なら慣れている。だが、相手はゾンビだ。どうすればいいんだ?

その悩みや疑問は必然、全国で最初に隔離棟を併設した[縁寿]に寄せられた。

その質問に対し、[縁寿]の隔離棟職員…言わば蘇生現象の最前線でゾンビの世話をしていた介護職は、こう答えたという。

「ゾンビったって、ついこの前まで施設で普通に暮らしてた人達っすよ。今までと何も変わらねぇっす。俺達はただ、困っている年寄りの手伝いをするだけっす!」

その言葉を受けた全国の介護職は、取り敢えず深く考えず、今までと殆ど変わる事なく、ゾンビ老人の介護にあたったという。

マスコミは社会に訴える。

レポーター『ついに発生したゾンビ・パンデミック! 全国各地で老人のゾンビ化が進んでおります!』

レポーター『ゾンビ棟に隔離されているとは言え、ゾンビ棟内で集団で蠢くゾンビの姿は、まさにこの世の地獄を連想させる恐ろしいものです!』

レポーター『精気の無い表情で隔離棟内を目的も無く彷徨い続けるその姿は、まさしくモンスターです!』

しかし、現実は違う。

「おーい、シゲ婆ちゃん、面会室はこっちだよ。そっちは倉庫だって。」

「私、誘導してきます。シゲさーん、こっちですよー。」

「お、そういえばジゲ婆ちゃん、孫が生まれたんだっけな。シゲ婆ちゃーん、孫が来たってさ~。」

「シゲさんも娘さんも、喜んでますね。笑ってるのが解ります。」

「そうさ。なんたって、家族だからな。」

「あ、立志先輩~、午後、トミさんにも面会だそうです〜。」

「お、晋也。時間になったらトミさんを面会室に連れて行ってくれよ。」

「任せとけ。今日トミさんに会いに来る家族は、遠方に住む妹さんなんだ。是非とも合わしてやらなきゃな。」

「へ〜。晋也、よく知っているな。」

「それはそうさ。入所しているお年寄りの家族の事や事情の把握が、支援相談員である俺の仕事の一つだからな。」

「偉そうにして…。まだ相談員見習いだろ?」

「うるさいぞ! 立志!」

「そうですよ、立志先輩。晋也先輩みたいな人がいるから、施設に入っていても家族や家庭との繋がりを持てていられるんですよ。」

「奏さんは解ってるなぁ…。それに比べて立志は…。」

「お、俺だって、ここにいる爺ちゃん婆ちゃんのことなら、誰よりも知っているぞ! トミさんの趣味は詩吟でさ、聴くと口を動かして歌うんだ。で、朝は誰よりも早く起きて、部屋にある旦那の写真を拝んでたんだよ。昔からの日課だったんだろうな。で、好物は干し柿で…、」

「わ、解った解った、立志。お前も凄いよ。」

「トミさん、今でも朝は1番に起きるし、旦那の写真を見つめてるんだ。」

「それって…。」

「ああ。トミさんだけじゃない。ここにいる爺ちゃん婆ちゃんは、生きている頃と何にも変わらないんだ。」

社会が感じるゾンビの認識と、現実のゾンビ棟には、未だ大きな差があった。





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