18

 玉座の間にはやはりルキフグスがいた。玉座に足を組んで座っていた。

 ルキフグスは横柄にいった。

「玉座というから期待してたのですが、案外座り心地がわるいですねえ」

 ボクのなかでグリムが怒りで震えているのがわかる。

「おやおや、ビスマルク先生じゃないですか。お無沙汰しております。ご老骨に鞭打ってこんなところまできてくださるとは! 恐縮至極でございます」

 ルキフグスは仰々しくいった。

「ルキフグス。お前の野心に気づかず、お前を後継者に選んだ私の目はふし穴だった。私の命をしてお前を成敗する」

「ハハハハハ! 先生の冗談をきくのは初めてですなあ。おもしろいことをおっしゃる。しかし残念ながら貴方がたの相手をするのは私ではない」

 どこからともなく五匹の天使があらわれた。それも、いままでのような幼児の天使ではなく、成長し体が大きくなった天使だった。真っ白な皮膚と翼はそのままだが、異常に長く細い手足をサルのようにつかいながら──両握り拳を地面につけて──歩いた。背中の翼は大きく、さらに四枚にふえていた。しかしもっとも変化したのは頭部だった。頭髪はなくなり、耳まで裂けた口から鋭い牙がのぞいていて、唾液をしたたらせている姿は、どことなく食屍鬼グールをおもわせた。

「それでは私は失礼する。賓客をお迎えしまければならないのでね」

 そういうとルキフグスは奥にきえた。

 五匹の不気味な天使がにじりよってくる。ボク一人で五匹を相手できるだろうか。正直、自信はなかった。

『おい、人間』グリムがボクの頭のなかでいった。『いい報せがある。オレの体が完璧に回復した。お前の体を借りなくてもよくなったぞ』

「えっと、それってつまり、どういうこと?」

『こういうことさ!』

 ボクの心臓のあたりから黒い火の玉が飛び出して、空中をグルグルとまわりだした。その動きは、なんだか喜んでいるにみえた。

 黒い火の玉は、次第に人のかたちになっていった。ヤギの下半身があらわれ、人間とかわらない上半身と角の生えた頭──ボクと同い年くらいの男の子で、この〈悪夢の国〉の王子が姿をあらわした。

「グリム様の復活だあああ!」

 グリムは高らかに宣言した。

「大丈夫なの、グリム?」

「ああ、最高に気分がいいぜ。こんなヤツらオレ一人で充分だ」

 グリムは、両手の爪を鉤爪に変化させると、ヤギの脚で軽快に大理石の床を蹴り、五匹の天使にむかって突進していった。天使たちは、白い羽根の大きな翼を羽ばたかせて宙に浮き、グリムの突進を躱した。

「逃げたつもりか」グリムはそういうと、今度は両腕をコウモリの翼に変化させて飛んだ。天使たちは図体が大きく、動きが緩慢だったのにくらべ、グリムの飛行は小回りもきいてスピードもあった。天使たちを翻弄している。

 天使たちも長い腕をのばし、グリムに攻撃をあたえようとする。グリムは、自分のヤギの脚を、分厚い鉤爪のついた鷲のような形に、変化させた。天使たちの攻撃があたるよりも速く、鷲の脚で白い皮膚を切り裂いた。

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