15
その夜は隠者の家で一泊させてもらった。ボクは客人用の寝室に案内され、ベッドの上で横になった。
『どうした。ねむれないのか?』グリムが訊いてきた。
「うん。なんだかね」
『明日は決戦だ。昂ぶるのは仕方ないが体を休ませておけよ』
「うん」
『それともなにか気になることでもあるのか。話をきくぞ』
すこし迷ったが、口に出してしまったほうが楽になるような気がして、ボクは話すことにした。
「じつはボク、元の世界の記憶が曖昧だったんだ。自分がだれで、どんな家に住んでて、家族はだれで、とか全部わからなかったんだ」
『そうだったのか。全然気がつかなかった』
「うん。ボクも不思議だった。まるで目が覚めた途端見てた夢を忘れてしまうみたいに、元の世界のことがおもいだせなかったんだ。自分の名前さえも──監視塔で記録台帳をみるまでは」
『監視塔の記録? ああ、出入国の記録か』
「うん。グリムといっしょに記録台帳をみてたとき見覚えのある名前がひとつあったんだ。そこではじめてボクはおもいだした。『これはボクの名前だ!』ってね。そこにはこうも書かれていた。『○○○大学付属病院の病室にて昏睡し、夢渡りによって入国』と……」
沈黙がながれた。
「ボクが自分の部屋だとおもっていたのは、ボクの部屋じゃなく病室だった。ボクは入院してたんだ」
そう──ボクは重い病気をわずらっていた。入院生活はもう何年間もつづいていた。衰弱したボクは、起き上がることはおろか、まともに話すこともできない状態だった。治る見込みのない病気──ボクはなぜ、こんな大事なことを忘れていたんだろう。
「元の世界にもどれば、またあの日々がつづく。毎日辛くて、痛くて、しんどくて……そしてボクはたぶん長くは生きられないとおもう」
ボクはすこし泣いた。涙を隠そうとしたがグリムにたいしてそれは無駄なことだとおもいだした。
「ボクはなんのために生まれてきたんだろ……」
『おい、人間』いつもと変わらない調子でグリムはいった。『なんなら悪夢の国にのこったっていいんだぜ』
「……」
『慣れればこっちの世界もそんなにわるくないとおもうがな。ま、それを決めるのはお前だ。じっくり考えろ。オレはもうねる』
そういってグリムは黙りこんだ。ほんとうに眠ってしまったのかもしれない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます