14
地下牢を出たあと、ボクたちはふたたび図書館にいって、隠者と会った。
図書館の離れにちいさな住まいがあり、ドアをノックすると隠者が顔を出した。隠者の顔は蠅そのものだったが、ボクはあまり驚かなかった。それよりもおそろしい光景を地下牢でたくさん見すぎたせいだろう。
「ダインスレイフ。ひさしいの」隠者がいった。
「フンッ。老けたな、ビスマルク。それよりも、ちと風呂を借りたい。返り血を洗い流したいんじゃがな」
「ふむ。案内しよう」
ボクはリビングで待っていた。隠者がもどると、
「なにか食べ物を用意しよう。そこに座りなさい」
と食卓の椅子をすすめた。
その後、ダインスレイフも食卓に加わったが、緑色のグロテスクな酒を飲むだけで食事はとらなかった。
「ワシは、
「隠者様」食事のあと、ボクはいままでためこんできた疑問を隠者に尋ねてみることにした。「この、悪夢の国とはどこなんですか? ボクの住む地球とは別次元の世界なんですか? それともボクは夢をみてるんでしょうか?」
「ふむ。〈夢をみている〉とはある意味正解でもある。人間のいう夢とは、宇宙のもうひとつの層のことなのだから」
「宇宙……悪夢の国もおなじ宇宙のなかにあるんですか?」
「そうだ。われわれも元々は、君ら人間のような有機生命体だった。進化の過程で物質の檻から解放され、宇宙のもうひとつの層──われわれはそれを〈離散構造の海〉とよんでいる──を拠りどころとする思念体となったのだ。いまの君の状態もわれわれとおなじ思念体だ。君の有機体は人間界にある」
「それはつまり、今のボクは幽霊みたいなものってことですか」
「人間はそのような言葉で表現している」と隠者。
「ボクは……その……」
言葉にするのがこわかった。でも訊かないわけにはいかない。
「ボクは、つまり、死んでるってこと、ですか」
「『死ぬ』ことの定義が君とわれわれでは異なる。しかし君が夢渡りでこちらの世界にきたのなら、人間界にもどれば元の生活にもどれるだろう」
「……そう、ですか」
『おい、人間。なんだかうれしくなさそうだな。あんなに家に帰りたいって言ってたのに』とグリムに指摘された。
「そ、そんなことないさ。でもいろいろ考えることができちゃって……」
ボクは話をそらしたくて、適当な質問をした。
「じ、じゃあ、この悪夢の国にいる生き物はすべて幽霊ってことですか」
「まあ、まちがってはいない。思念体は生物の形態のひとつなのだ」
ダインスレイフが割って入ってきた。
「お前のいう幽霊も、お前ら人間とおなじ生き物だってこった。お前らはそれを認識できんようじゃが、そういう生き物もいるってことだ」
「……計画9号も」
「彼奴も思念体だがわれわれとはすこしちがう。彼奴は進化の過程を踏まずに、離散構造の海から直接生まれた真性の思念体だ。彼奴の生命活動は〝思索すること〟のみ。唯一の生存本能は〝自らの生存領域をひろげること〟──つまり他の思念生命体を取り込んで、自分の体を大きくし、宇宙のより広域に存在すること」
「それは食べるってことですか」
「ちがう。全体の一部にして網を広げていく。彼奴自体が集合体なのだ。彼奴は最終的に、時空の全領域に広がる宇宙存在になろうとしている。宇宙自体をひとつの思念生命体にするつもりなのだ」
『その思想に賛同するヤツもすくなからずいる』グリムがいった。『宇宙存在の一部になって救われたい連中だ。〈宇宙統合主義者〉ってよばれている。ルキフグスがそれだ』
「一部になると救われるの?」
『さあな。計画9号に取りこまれれば自我がなくなる。そうすれば自分で考える必要もなくなる。それを望んでいるんだ。オレからしてみれば〈ゆるい自殺〉だけどな』
「〈個〉であることの苦痛から解放されたいものは多い。君たち人間もそうではないのか?」
「え?」
隠者はつづける。「多くの人間が、地球でもっとも信仰されている唯一神と一体になりたいと、ねがっているではないか。神のほうもそうしろと命じている」
「唯一神? えっと、それはつまり……ボクたちが信仰している神様って……えっ、計画9号!」
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