12

 冥府の山までは険しい道だった。というより、道らしい道がなかった。

 ウネウネとうごく気色のわるい植物が繁茂する森のなかはすべりやすく神経を尖らせながら進まねばならなかったし、森をぬけたあとはゴツゴツとした岩場がつづき大小の岩を乗り越えねばならなかった。

 ボクは隠者からあずかった鞘を杖がわりにして山を登った。上にいくにつれて気温が低くなっていき、パラパラと雪も舞っていたが、魔女からもらった服が体をあたためてくれた。

 ボクはヘトヘトになりながらも、やっとの思いで山頂に到達した。

 山頂には大きな岩がひとつあり、そこにひと振りの剣が突き刺さっていた。

 ボクは、隠者におしえられたとおりに、組紐くみひもが巻かれたつかをにぎると、いきおいよく引き抜いた。

 剣は片刃で日本刀に似ていた。刃には波のような文様が浮かんでいて、ボクは隠者の言葉をおもいだした。

「一度剣を抜けば生き血を吸い尽くすまで鞘におさまらぬ」

 波の文様が生き血をもとめている気がして、背筋がゾクッとした。

 ボクが剣に見惚れていると、気づかないうちにあたりに霧が立ちこめていた。濃い霧は視界を遮断し、ボクは白の世界に閉じこめられた。

『いるぞ』グリムがいった。

 霧のなかに人影がみえる。

 ぼんやりとした人影が徐々にしっかりとした形を成してきた。霧が徐々に晴れてきたようだ。

 完全に霧が晴れたとき、〈かすみの剣士ダインスレイフ〉が姿をあらわした──とおもった。しかしそこに立っていたのは、白髪に白い髭をたくわえた痩せぎすの老人だった。身にまとったボロ布はズボンだかスカートだか見わけられないほどボロだった。

『だれだコイツ』グリムがボクのなかでつぶやく。あきらかに期待はずれの反応だ。

 老人は滑るようにして近づいてくると両手を出した。ボクは躊躇なくもっていた剣と鞘をわたした。老人は剣を鞘におさめると、それを腰の帯に差した。

「なんじゃ男か……かわい子ちゃんがよかったのぉ」老人はつぶやいた。

「あなたが、ダインスレイフさんですか?」ボクの声はふるえていた。

「いかにも。ワシがダインスレイフじゃ」

『うそだろ……』グリムは落胆しているようだ。『こんなジジイじゃ城を取り戻すなんて無理だ』

「おぬしは人間の子どもじゃな。中にいる糞ガキはだれじゃ?」とダインスレイフ。

『はあ! 無礼者! オレの父は悪夢の国の王だぞ!』

「ふん」老剣士は鼻を鳴らした。「親の名を借りないと威張れないとは情けない王子じゃのう」

 それをきいたグリムはボクのなかで怒り狂ってわめいていたが、ボクは無視してダインスレイフに訊いた。

「ボクのなかにグリムがいるのがわかるんですか」

「まあな」

「あなたも人間ですか? 見た目は人間のようですけど」

「ああ、これか」老剣士はみずからをかえりみた。「これはただ、剣を振るうのに適した形だったからじゃ。そういう理由でこの姿になっておる。ワシは人間ではない」

「そう、ですか」ボクはすこしガッカリしたがつづけた。「ボクは人間の世界に帰りたいんです。グリムは計画9号から国を取り戻したい。どうか力を貸してください」

「もちろんいいさ」ダインスレイフは気軽にいった。「だがワシは正義の味方じゃない。ワシの利益とキサマらの利益が一致したときにだけ、力を貸す」

「あなたの利益とは?」

「きくまでもない。ワシがもとめているのは〈血〉じゃよ。新鮮な血を全身に浴びたいだけだ。それが、ワシが魔剣や妖刀とよばれてる所以ゆえんじゃよ」

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