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 ルキフグスとは、悪夢の国の宰相であり、銀の鍵の管理者であり、悪夢の国王がもっとも信頼をおく臣下だったらしい。

『あの、宇宙統合主義者のゴミ糞野郎──』

 監視塔を出たあともグリムの怒りはおさまらなかった。ボクの頭のなかでグリムは罵詈雑言を吐きつづけていたが、ボクの耳にはとどかなかった。なぜならボクはあること﹅﹅﹅﹅が気になってそのことばかり考えていたからだ。

 監視塔ではあのあと、グリムが『記録をくわしく見たい』といったので、ボクはフルートから記録台帳を奪いとって中身をみた。そのとき記録のなかにボクの名前を発﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅見してしまった﹅﹅﹅﹅﹅﹅﹅のだ。そこにはこう書かれていた。

「○○○大学付属病院の病室にて昏睡し、夢渡りによって入国」

 ボクの記憶にあったあの見慣れた白い天井は、ボクの部屋の天井ではなく、病室の天井だった? ──おぼえていない。目が覚めると見た夢を忘れてしまうように、ボクは悪夢の国にくる前のことを忘れていた。

『おい、人間! きいてるのか!』

 グリムの声にボクはハッとして白昼夢から覚めた。

「な、なに?」

『ったく、ぼーっとしやがって。お前のことでもあるんだぞ』

「ごめん。ちょっと考えごとしてた。で、なに?」

『これからどうするかって話だ。あのルキフグスのゴミ糞野郎をとっつかまえて処刑してやりたいが、それは後回しだ』

「う、うん……」

『ルキフグスが裏切り者だとわかった今、オレたちにできることはほとんどない。オレたちの解決策は〈門を開けること〉だけだったからな。銀の鍵はルキフグスがもっていて、ヤツは城の最奥で天使たちに守られているだろう。オレたちだけで鍵を取り返し門を開けるのはむずかしい』

「そうだね。でもそれじゃなす術ないってこと?」

『オレたちだけじゃな』グリムはつづけた。『知恵を借りよう。隠者に会うために図書館にいくぞ』


 そこは図書館というよりも〈巨大な書庫〉だった。三階建ての室内は吹き抜けで、壁一面に本棚が天井まで積まれており、そこに分厚い本がびっしりと並んでいた。そのどれもが魔導書だという。

 この図書館の唯一の司書であり館長でもある隠者は、全身をローブにつつみ顔もフードに隠れてみえなかった。

『ビスマルク先生、知恵をお貸しください』とグリムはめずらしく丁寧な言葉をつかった。

 ボクは、悪夢の国に迷いこんでしまったこと、ボクのなかにグリム王子がいること、城が計画9号に占拠されてしまったこと、などこれまでのいきさつを隠者に説明した。

 隠者は、先々代の王から一万年のあいだ悪夢の国に仕えた宰相だったが、いまは引退し、この図書館で魔導書にかこまれながら余生をすごしているという。

「ルキフグスがこれほどの愚者だったとは」隠者は嘆いた。「すまぬ、王子よ。本来なら私がルキフグスを討つべきだが、もはやこの老いぼれにそのような力はない」

『ルキフグスはオレが討ちます』グリムは宣言した。

 ボクの耳にカサカサとなにかがうごめく音がかすかにきこえた。隠者のローブの中からだ。そしてボクは見てしまった。ローブの裾から毛の生えた昆虫の脚のようなものがみえたのを! 全身にゾワゾワと悪寒がはしった。おぞましい気分におそわれた。さらに目深まぶかにかぶったフードから触角や毛の生えた口唇がのぞいたとき、ボクはおもわず叫びそうになった。

『おい、人間。先生に失礼な真似をしたら許さないぞ』グリムはボクをおどした。

 ローブの中身が蠅人間だと想像してただけで、ボクはこの場から逃げ出したくなったが、なんとか我慢した。

 隠者はいった。

かすみの剣士ダインスレイフを知っておるか」

『ダインスレイフ? いえ、知りません』

「それも仕方あるまい。彼奴きゃつは暗部の者。悪夢の国でも一部の者しかその存在を知らぬ。しかし彼奴ならきっとこの窮地を打開してくれるだろう」

『その者はどこに』グリムは尋ねた。

「いまは冥府の山におる。だが気をつけろ。彼奴は魔剣。一度剣を抜けば生き血を吸い尽くすまで鞘におさまらぬ」

 そういいながら隠者は、剣のさやをボクに手わたした。その手はあきらかに昆虫のソレだった。

 ボクらは図書館をあとにし、冥府の山を目指すことにした。

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