2

 グリムは、偉そうに胸を反って、のしのしと前を歩いた。

「ここはどこなの?」とボクは訊いた。

「ここは悪夢の国だ」

「アクムノクニ?」

「ああ、悪夢の国だ」

「わるい夢、の〈悪夢〉?」

「そうだ。たまにお前みたいな人間が迷いこんでくる。なかには、わざわざ複雑な儀式をして、自分からココにやってくる人間もいる。ご苦労なことだ」

「その人たちはどうなったの?」

「どうなった、とは?」

「ええと……つまり、その人たちは生きて人間の世界に帰れたの?」

「帰れたヤツもいれば帰れなかったヤツもいる」グリムはだんだん苛立ってきた。

「帰れないとどうなるの?」

「お前は質問が多いな!」グリムは怒鳴った。

「ご、ごめん」ボクはびっくりしてあやまった。

「帰れなかったらここで死ぬにきまってんだろ。ここじゃ人間は食いモンなんだから」

「食いモン! ボクは食べられてしまうの!」

「ま、そういうことになるな」

「君もボクを食べるつもりなの」

「はあ? お前はどうしようもないバカだな。オレが人間なんか食べるかよ。お前らはマズい」

「マズい……んだ」ボクはなぜだかショックをうけていた。


 しばらく歩いていると崖がみえてきた。その崖は近づくにつれて、せまってくるような迫力があった。崖にふれられるほどの距離にまでくると頭を真上にむけてもテッペンがみえないほど巨大だった。

「行き止まりだ」とボクがつぶやくと、グリムは「ハッ」と笑った。

「行き止まりだって? こんなもんなんでもない。このまま真っ直ぐすすむぞ」

「でもどうやって。ボクはこんな崖、登れないよ」

「登る? そんなことしないさ。飛ぶんだ」

「飛ぶ! 飛ぶってどうやって? 君には翼なんかないじゃないか」

 グリムはこわい顔をしてボクをにらんだ。

「人間。お前、オレを子どもだとおもってバカにしてるのか。たしかにいまは腕が二本しかないが、あと二、三年もすれば三本目と四本目の腕が生えてくる。そうすればオレも立派な翼をもつことができるんだ」グリムはプンプン怒っていた。「いまだって飛ぶことはできる。こうやってな!」

 グリムがそういうと、左右の腕がぐーんとのびた。さらにそれ以上に手の指が長くなっていって、指のあいだに薄い膜ができた。まるでコウモリの翼だ。グリムの両腕がコウモリの翼になった。

「どうだ!」とグリムは翼をひろげた。翼の端から端までは五メートル以上ありそうだった。

 ボクはおどろきのあまり尻もちをついた。

「き、君は、悪魔なのか!」

 コウモリの翼に、ヤギの脚、小さいながらも頭に角まである。よく絵画などでみる悪魔の姿そのものだ。

「ハハハハ! 悪魔か。知ってるぞ。人間が創り出した魔物のことだろ。昔この世界に迷いこんだ人間の一人が、われら一族の姿をみて、創ったのかもな」

 グリムが翼を羽ばたかせると、ヤギのひづめが地面から浮いた。

「人間はオレたちのことをいろんな名前でよぶ。悪魔だの魔族だの旧支配者だの。この世界のこともいろんな名前でよぶ。地獄だの魔界だの夢見の国だの。さあ行くぞ、人間! オレにしがみつけ!」

 ボクはグリムの言っていることが理解できず、きょとんとしていた。

「オレの両腕をみろ。これじゃ、お前をつかむことができない。お前がオレの体にしがみつくんだ。はやくしろ! おいてくぞ!」

 ボクはいそいでグリムの腰にしがみついた。グリムはコウモリの翼を大きく羽ばたかせ、ぐんぐん上昇していく。

「手をはなすなよ。落ちたらお前のやわらかい体なんてつぶれてグチャグチャに飛び散ってしまうぞ」

 ボクはおそろしくて必死にしがみついた。下をみると、気が遠くなって手をはなしてしまいそうだったから、ボクは目を固くつぶって耐えた。

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