余命半年のぼくが、余命三か月の彼女に恋をする話

梶野カメムシ

Do you hate fireworks?

 


 余命半年のぼくは、余命三か月の彼女の手を握る。


 出会いは、終末医療のホスピスだった。

 ぼくと彼女は同じ十四歳、同じ病。

 遺伝性で治療法はなく、余命はわずか。

 新薬の開発は進まず、とても間に合わない。


 あの頃のぼくは人生に絶望していた。

 両親はもうずっと見舞いに来ない。

 死ぬと決まった子供に会うのが怖いらしい。

 気持ちはわかる。ぼくも納得している。

 ぼくは生まれるべきじゃなかったんだ。


 彼女が施設に来た時、ぼくは余命半年だった。

 彼女は余命三か月。ぼくより不幸な存在。

 なのに彼女はすごく嬉しそうに、ぼくに言った。


 ──私とつきあって。


 意味がわからなかった。

 ぼくも彼女も、もうすぐ死ぬのに?


 ──あなた花火は嫌い? 

 すぐ終わるから意味ないと思う?

 そんなことないでしょ。私たちも同じよ。

 人生は最後の一秒まで使い切らなきゃ。


 彼女は口がうまくて、とても強引だった。

 「恋人ごっこでいい」と言われ、ぼくは折れた。

 どうせ三か月で終わるんだし、と。


 「恋人ごっこ」は早回しで進んだ。

 大人に言えないことも、たくさんした。

 時間がないから、と赤面する彼女。

 どんどん可愛く見えてきて、逆に怖くなった。


 幸せになるほど、失った時につらい。

 これ以上好きになりたくない。

 でも、それじゃ両親と同じだ。

 ぼくは納得していた。でも絶望していた。

 彼女を絶望させるのだけは嫌だった。


 一度だけ聞いたことがある。

 出会った時、何故あんなに笑顔だったのか。


 だって、同い年で同じ病気の男の子だよ。

 運命だって思うじゃない。


 ぼくは、生まれて初めて病気に感謝した。




 ──そして、今。

 余命三か月のぼくは、今際いまわの彼女の手を握る。

 ベッドの周りには大勢の人。

 どれも若い男女。幼児や赤ん坊もいる。

 全員ぼくらの家族。子供と孫だ。


 新薬の治験が効き、ぼくらは奇跡的に延命した。

 根治でなく余命が延びるだけだが、十分だった。

 ぼくらは施設を出て、一緒に暮らし始めた。

 身籠った彼女のため、仕事を選ばず働いた。

 明日死ぬと思えば何だってできた。


 ぼくらはたくさん子供を作った。

 短命の遺伝を責められても気にしなかった。

 彼女は子供たちに花火の話を聞かせ、育てた。

 病を発症した子は、同じパートナーを選んだ。

 そうでない子も早婚で、すぐ孫ができた。

 短命のぼくらは助け合い、大所帯になった。

 

 あれから二十年。ついに薬が効かなくなった。

 あの日の続きのようで、なんだか懐かしい。


 今はもう悲しくなかった。

 いつか必ず来るこの日まで、ぼくらは生きた。

 花火のように必死に、懸命に。

 ただそれだけの、当たり前の人生だ。

 あの頃のぼくは、何を絶望していたのだろう。


 ──私、この病気でよかったわ。

 ぼくはずっと前からそう思ってる。


 火がついたように、赤子が泣き出した。

 つられて他の子もむずかり出す。

 それをあやす親たちの、笑顔、笑顔、笑顔。


 ──まるで花火大会ね。


 微笑む彼女の手を、ぼくはもう一度握りしめた。


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余命半年のぼくが、余命三か月の彼女に恋をする話 梶野カメムシ @kamemushi_kazino

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