第一章 性癖とは個性である
全ての授業が終わり、放課後となった。
俺は今日も完璧な自分を演じ続けてきた。社会の授業――歴史の勉強している時に、教師がチェコの都市名であるフルチーンを連呼しても、俺は笑い転げないように耐えた。授業中は真面目に受けている印象を教師に植え付けたかったからだ。
五限目の体育では、男子グループと『どの女の子が一番おっぱいが揺れるか』を見物しながら、持久走に励んだ。常日頃、目を酷使している身として、保養は大事だからだ。
その影響で、今は肉体的に疲労が蓄積されている。
特に、足の部分に疲れが溜まっている。
だから、俺は我慢できずに、ある行為を決行しようとした。
それは〝自分の足裏をくすぐる事〟。
そう、俺は〝足裏をくすぐられる事に快感を覚える〟人間なのだ。
ゆっくり自室で堪能しようと思ったが、どうしても今すぐに足裏をくすぐってエクスタシーを感じたかった。この瞬間ではないと発狂してしまう自信しかない。ラッコのように、美少女の鼻を噛みながら引きずり回してしまいたい衝動に駆られてしまう(嘘だけど)。
光が丘学園には、新校舎と旧校舎がある。
普段は新校舎で学園生活を過ごしていて、旧校舎を訪れる生徒は、限りなく〇に近い。
その為、旧校舎には俺だけしかいない状態だ。
そこの一角にある空き教室に向かい、ゆっくり椅子に座ってから靴下を脱いだ。
俺にとって、靴下はコンドームそのものだ。
そして、素足で床を歩く行為は、合法S○xそのものに近い。
そんな事を思いながら、俺はとある筆記用具を筆箱から取り出した。
それは――シャーペン。
筆先が鋭利に尖っていて、筆圧をかけても引っ込まない仕様になっている。
俺は、ゆっくりと右手で足の親指をツーッと優しくなぞった。
――――くぅうぅうううううッ! イィィイイイイイッ!
自分で足裏を弄くっている、この瞬間が――最も快楽を得られる。
俺は童貞だが、女の子とアダルオな
行為をするよりも、愉悦を覚えているはずだ。
そして、第1指(親指)と第2指(人差し指)の隙間をシコシコと挿入させる。
もはや、腰を振りたくなる程の快感が、足裏から伝播してくる。
第3指(中指)、第4指(薬指)、第5指(小指)を順番に突っついてから、いよいよ〝食事〟の時間に入る。
まず、シャーペンで母趾球を触れるか触れないかのタッチで触れて、メインディッシュの土踏まずをツーッとなぞらせた。
――――あぁあああああッ! これこれッ! これが最高なのよッ!
己自身でも変態行為だと理解していながらも、俺は快楽に溺れた。
今、この瞬間こそ幸福と呼ぶに相応しい。
そんな風に、自称オ○ニーをしている時に。
――ガラガラッ。
なんと、空き教室の扉が開かれた。
――えッ⁉ 誰か来たッ⁉
俺は直ぐさま、扉の方へ顔を向けると――一人の女子生徒が立っていた。
身長は一五〇センチくらいで、俺と二〇センチ程の差がありそうだ。だいぶ小柄で、虚弱体質のように映る。ボサボサで伸びきった黒髪のロングヘアーに、微かに目元に隈ができていて、実に不健康そうな印象だった。目元は半月のように中途半端に開いていて、印象が悪く思える。化粧は一切していなくて素っぴんで、お洒落とは無縁のような容姿だった。そして肌は、もはや病気的な程に白い。
俺は、この女子生徒を知っている。
名前は、否笠擽子。
同じ二年四組のクラスメイトで、いつも一人ぼっち。誰とも交流をもつ事なく、常に孤独な存在だ。昼休みはノートに書き物をしているイメージがあり、それ以外の情報は知らない。
そんな子が――何故、旧校舎の空き教室にやってきた?
俺は彼女と目線が合い。
「――――デュフ、デュフフフッ!」
唐突に不敵な笑みを零し始めて、半月の目元が更に細く三日月のようになっていた。
クラスメイトなのに、初めて彼女の笑い顔を見た。
……随分とキモ――変わった笑い方をする子だ。
「――――見ぃいいいいい~ちゃったッ!」
擽子ちゃんは、俺がしていた行為の一部始終、目視していたようだ。
これは非常にまずい事になった。このままでは、今まで俺が築き上げた地位――スクールカーストの頂点に立つ成田功助という存在が崩落してしまう。
「いや、これはあの……違うんだ。とりあえず、話を聞いてほしい」
心臓が張り裂けそうなくらい、バクバクと鳴り続けているが、あくまで冷静を装って説得を試みることにした。
「実は――俺の家族は、とあるカルト教団に入団していて、その儀式をしていた最中だったんだ」
「そんな危ない人だったんだね。明日、クラスメイトに言いふらすね」
それはそれで大変困る。成田家が危険集団と認知されかねない。
「実は――実は、親戚の親戚の従姉が、自分で足裏をくすぐる事によって、偉人になれると教わったんだ」
「だいぶ変人なんだね。明日、クラスメイトに言いふらすね」
これまたマイナス効果になりそうなので、却下だ。
「実は――実は――実は――死んだ高祖母の遺言で、毎日、足裏をくすぐる事を日課にしなさいという教えに従ってるんだ」
「どんな家庭なの? 明日、クラスメイトに言いふらすね」
どうやら、俺が足裏をくすぐっていた事実が広がるのは確定事項らしい。
仕方ないから、ここは腹を括って真実を告げる事にしよう。
「――今度こそマジの話で、実は俺……足裏をくすぐる事に性的快感を覚える性なんだ」
「最初から分かってたよ。シャーペンで足裏を弄くってる時の成田君、凄く気持ち良さそうに恍惚とした表情だったから」
擽子ちゃんは言い終わると「――デュフッ」と、再び笑っていた。
「――頼むッ! この件に関しては、どうか内密にしてほしいッ!」
パンッと両手を合わせて、俺は頼み込む事にした。
今まで築き上げてきた地位が転落するのは、どうにかして避けたい。まるで泥で作ったお城を踏まれないように、必死に死守しようとしている自分が情けないが……もう誤魔化すのは不可能だと分かったから、後は祈るばかりである。
「――デュフ、デュフフフッ! 成田君の弱みを握っちゃった……」
心底、楽しそうに不気味に笑っている擽子ちゃん。
「俺が叶えられる事は何だってするから。お金が欲しいなら渡し続けるし、スクールカーストのトップに君臨する俺と交際したいなら喜んで付き合うし、足裏を舐めてほしいならご褒美だと思って実行してみせる」
俺は自虐と誇りを賭けて、擽子ちゃんに懇願した。
金銭を要求されるなら、父親と赤ちゃんプレイの回数を増やしてお小遣いを増やせば問題ない。俺みたいな高みの頂点である存在と交際する事によって誇らしさを手に入れたいなら、謹んでお受けする。これは決してナルシストではなく、事実を述べているだけだ。足裏を舐めるのは抵抗があるが、この状況なら致し方ない。
「そんな事は要求しないよ。まるで私が承認欲求モンスターみたいな扱いされてるのは、納得できないし、自分が王様みたいに思ってるところは、純粋にうむぼれ過ぎだと思うし、気色悪いよ」
擽子ちゃんは一歩、俺から距離を取りながら、嫌悪感丸出しの表情をしていた。気色悪い笑い方をする人に、気味悪がられてしまうとは世も末だ。
「――私、帰るね。明日、楽しみにしていてね」
そう彼女は言ってから、空き教室から出て行った。
これは――俺の人生において、史上最大のピンチである。もし、これがクラスメイト・・・・・・いいや、成田ワールドの仲良しメンバーに自分の性癖を知られてしまったら、空中分解は免れないだろう。それどころか、学園で『成田ワールド』という単語を発するのが禁忌になる可能性すらある。
光が丘学園では、絶対に口にしてはいけない事が七つある。
学園の七不思議ならぬ、学園の七タブー。
一つ、教頭先生(五〇代の男性)と古文の先生(四〇代の女性)が不倫している事。
二つ、養護教諭(五〇代の女性)が人体模型に発情する性癖がある事。
三つ、筋トレ部が密かにチントレに全力を注いでいる事。
――とまぁ、こんな具合に口にしてはいけない事が光が丘学園には沢山あるのだ。
そう考えると、俺が通っている高校は変人の割合が多いのが手に取るように分かる。
その八つ目になる事は、なんとしても避けたい。
もし、擽子ちゃんの口からクラスメイトに言いふらされてしまったら、俺の地位はドン底に落ちる事間違いなし。
――――――――――――――――終わった――――――――――――――――――。
さよなら、青春。
おやすみ、俺の薔薇色の高校生活。
こんにちは、変態のレッテルを貼られた真っ黒の学園ライフ。
とにかく、俺は絶望しながら自宅に帰る事にした。
明日は俺の命日になるかも知れない。
そうなったら、絶対に遺書に『擽子ちゃんの乳首がラムレーズンのように真っ黒になれ』って書いて心中しようと心に決心した。
○
翌日。
俺は絶望感に支配されながら登校している。
昨日は一睡もできず、寝る事が出来ない時に行っている深夜徘徊もする気になれず、jungleプライムで映画を観て過ごした。
タイトルの名前は『最後の人生でやりたいこと一〇選』だった。
医師から寿命を宣告された主人公が、死ぬまでやりたい事を一〇掲げて、それを有言実行するストーリーだった。
もし、今日――学園という狭い世界で社会的に死ぬ事になったら、それまでにしたい事を一〇選、考えてみた。
まず一つ目、絶世の美少女に二四時間、足裏をくすぐってもらいたい。
次に二つ目、高級フットブラシを購入して、その心地よさを体感したい。
更に三つ目、絶世の美少女と俺で足裏をくっつけ合わせて、合法S○xする事。
つまるところ、一〇選の全てが足裏に関連する事だった。
もう、俺はゴシップの対象とされる人物となってしまった。
登校して、教室に入った瞬間に――蔑む視線を送られる事になるかも知れない。
まるでハイエナのように骨までしゃぶり尽くすように、世間一般的に認められていない性癖の持ち主だと、囃し立てられる事は間違いなし。
――あぁ、このまま転校したい気分だ。また一から成田ワールドを形成して、別の学校でもスクールカーストのトップの座に君臨する学園ライフを満喫したい。そして今度こそ、学校で行為をするのではなく、自分の部屋で済ませる。
だが、そう簡単に転校できる程、成田家の資産はないはず。
そうなると、俺はドン底の地獄生活する事を余儀なくされる。
侮蔑の眼差しを向けられて、常に罵られる時、俺は正気でいられるか心配だ。
逡巡しながら学園の昇降口に到着して、下駄箱で上履きに履き替えて、教室に向かった。
――怖い。
その感情が膨れ上がっていき、恐怖心が襲ってきた。
そして、俺は自分が所属する二年四組まで辿り着いた。
――教室の中に入りたくない。
しかし、いつまでも立ち止まっている訳にはいかない。心に修羅を宿して、現実と戦わなくてはいけない。これまで築き上げてきた俺の潜在能力を思い出せ。高校に入学してから、常に俺は〝成功〟してきたのだ。今回は難なく関門を突破できるはずだ。
俺は決死の覚悟で、教室の中に入って行った。
俺は登校してきたら必ず「おは羊羹ッ!」と皆に聞こえるように、大声で叫ぶルーティンがある。我ながら冴えない駄洒落だと思うが、こうする事によって成田功助は存在感がある事を見せつける事ができる。
まず、いつも通りに教室内で声をあげて、様子身する事にした。
「皆、おは羊羹ッ!」
俺は決意を新たにして、登校してきているクラスメイト達に向かって挨拶をした。
「成功~おはよう~相変わらず今日も元気だね~」
逸早く俺の挨拶に反応してくれたのは、成田ワールドの一味である同免寧々だった。
先天性のお嬢様タイプのリア充女子で、身長は一六五センチ。女子にしては、少し大きめである。金髪ロングのゆるふわウェーブの髪型をしていて、ピアノのヘアクリップを身に付けているのが特徴的だ。学園の基準服ではなく、春と秋の季節は、必ず白色のカーディガンを羽織っているのも、寧々が寧々たる所以だ。
ちなみに、俺の名前は成田功助なので、苗字と名前の一文字目を繋げると『成功』になるので、親しまれている人達からは、そう呼ばれている。
「おはよう、寧々。相変わらず姫様オーラ全開だな」
「成功に良い女って思われたいから、張り切ってるだけだよ~」
そう言ってから寧々は、フワッと片手で髪を靡かせていた。
ちなみに、学園で寧々は俺の『正妻』扱いされている。彼女は魅力的だが、恋愛対象としては一度も見た事がないので、多少複雑な心境である。
この反応は――いつも通りだ。
常に彼女からはフワフワした雰囲気が醸し出されていて、その場にいると自然に和む。
「それより、物凄い隈ができてるよ~あまり昨日は眠れなかったのかな~?」
「あ、あぁ。円周率の素数を数えてたら、夜が明けちまってな」
「相変わらず、意味の分からない事をするよね~成功は。そこが好きなんだけどね~」
そして寧々は、クスッと笑みを零していた。
彼女は、恐らく本音ではないだろうが、男が言われたらグッとくる台詞を、平然と口にする癖がある。ある意味で魔性の女の子だ。
「おっは羊羹! 成功!」
突如、聞き慣れた声が耳に流れ込んできたと思ったら、後ろからタックルされた。
振り向くと、一人の女子生徒がケロッとした感じで立っていた。
彼女の名前は、一輝子。
後天性のスポーツ万能タイプのリア充で、身長は一五〇センチくらいの小柄な体格をしている。黒髪のショートカットヘアが良く似合っていて、目元がパッチリと開いていて、愛嬌があるのがグッドポイントだ。白色のヘアバンドを身につけていて、第一印象は『THE・スポーツガール』のイメージが強かった。
彼女は、皆から親しみを込めて、一(いち)と呼ばれている。
「おは羊羹ッ! 一ッ! 今日も元気一杯だなッ!」
「今日は朝ご飯で牛丼三杯食べたから、エネルギーが!有り余っているよ!」
「胃がもたれそうだ……朝からフードファイターになっていたと」
「デザートに生姜焼き定食も食べてきたから、もう世界を狙えるかな⁉」
「最後の〆で生姜焼きって、もうそれメインディッシュやんけ……」
ギネスブックに載るまではいかなくても、充分過ぎる程の大食らいだ。
しかし、一の反応も不自然さはなく、むしろいつもより愛想が良い感じだ。
これは・・・・・・もしかして、まだ俺の性癖がクラスメイトに知れ渡っていない?
「おはよう、成功。今日は素敵な日だ。新作の案が脳からバンバン溢れてくる」
最後に、俺達の前に現れたのは、味道文雄だ。
俺よりイケメンで顔面偏差値が非常に高く、一八五センチという高身長。茶髪のセンター分けという、美男子だからこそ許される髪型が、とにかく似合っていた。そして、彼の最もな特徴は、ワインレッドの作務衣を着ている事だ。
光が丘学園は、だいぶ校則が緩い。基準服の制服は指定されているが、私服通学も許されている。
「新作か。その物語には美少女が出るか?」
「勿論。主要キャラを含めて一巻で一〇人は出てくる」
「それは出し過ぎじゃね? まぁ、面白ければ何でも許されるよな」
文雄は小説家だ。それも、アマチュアではなく、出版社と専属契約しているプロだ。高校一年生の頃に『雷撃大賞』というライトノベルの新人賞で受賞した経歴がある。処女作を含めて、既に三冊も世に出している。最近、流行りの『ブルーライト文芸』に該当する作風が特徴的で、エモさ全開の物語を書くのが非常に上手い。
一作目は『春夏秋冬のメリーゴーランド』
二作目は『君が消えた海岸でオルゴールを聴く』
三作目は『一ヶ月後、貴方に恋をします』
どれもラストシーンが感動して、読ませてもらった時は号泣した。文雄のスタンスとしては「最初の読者は成功に限る」といつも言っていて、俺の反応を見てから編集者に原稿を渡しているようだ。そういった意味では、お互い信頼関係を築き上げているので、非常に喜ばしい事だ。
「僕は天才だからな。しっかり一〇人の美少女の役割をそれぞれ持たせて、それが伏線になっている設定を今朝思いついてしまったんだ」
「それは楽しみだ。いつも通り、出来上がったら下読みさせてくれよな」
「成功は忌憚のない意見を言ってくれる貴重な存在だ。頼りにしている」
そして文雄は、センター分けの髪を掻き上げる。イケメンだからこそ、似合う所作である。
しかし、これで全ての謎が解けた。
どうやら、まだ擽子ちゃんはクラスメイトに俺の性癖を暴露していない。
もし広がっているなら、寧々や文雄は分からないが、一は嫌悪感を剥き出しにしてくるに違いない。何せ、彼女が足裏をくすぐってもらう性癖のある人の事を「気持ち悪い!」と一瞬した女の子だからだ。
肝心の擽子ちゃんは教室にいない。まだ登校してきていないようだ。
もしかしたら――昼休みの間に暴露を目論んでいるのかも知れない。
いずれにしろ、油断できない状況だ。
そんな事を考えている内に、HRの予鈴が、教室のスピーカーから鳴り響いた。
「じゃあ、またね~成功」
「今日の昼ご飯はカツ丼五杯を目標にするよ1」
「昼休みにプロットを読んでもらうからな」
仲良しメンバーは、それぞれ俺に手を振りながら席に戻って行った。
そして、猛ダッシュで擽子ちゃんが教室に入ってきた。
それと同時に、担任の教師がやってくる。
「お前ら~席に着け~出席の確認するぞ~」
手入れのされていない無精髭を手で触りながら、気怠そうな声で言っていた。
俺の公開処刑は小休憩の時か、昼休みか、はたまた放課後か。
不安を抱きながらも、今日も完璧な一日が始まるとしよう。
○
午前中の授業が全て終わり、昼休みになった。
授業と授業の間にある小休憩の時に、擽子ちゃんが俺の性癖を暴露しないか、ずっと心配だった。その影響で、今日は教室の一番後ろの席に座りながら、ずっと監視していた。
俺の教室――二年四組は、その日に座りたい席に自由に生徒達の間で決められる。これは担任の教師の意向らしく「学期中に同じ席だったら、毎日がつまらないだろ?」と優しい配慮が見受けられる。
だから、成田ワールドは常に仲良しメンバーで固まっている。
これもスクールカーストのトップに君臨している影響で、最初は俺達が選ぶ権利を得られている。クラスメイト達も不満を抱く事もなく、自由気ままにさせてもらっている。真面目に授業を受けたい生徒は、率先して前の席を狙う。なんとなく今日は気合いが入らない人は、後ろの席を獲得しようとする。成田ワールドは、常に教室の一番後ろの窓側を占拠している。
彼女は授業中も、休み時間も、ひたすらノートで何かを書きものをしていた。
今のところ、何かアクションを起こす気はなさそうに見える。
――明日、クラスメイトに言いふらすね。
あの台詞は、ただの悪戯心で言っただけなのか、それとも……この後に暴露大会が始まるのか。全くもって未来図が描けない。
もし・・・・・・本人の胸の内に留めてくれるのなら、それが俺にとって一番ベストである。
「今日も屋上でご飯食べようよ~もうお腹ペコペコ~」
「一は、先に購買でカツ丼を買い占めてくるね!」
「僕達は先に屋上に向かうとするか」
各々、昼食の準備を済ませてから、俺に言ってきた。
「あ、あぁ……そうだな」
俺は呆然としながら、相槌を打った。
正直、今の心境は教室で昼休みを過ごしたい。
何故なら、擽子ちゃんが――いつどのタイミングで、俺の性癖をクラスメイトに告知するか分からなかったからだ。
だが、成田ワールドはいつも屋上で昼休みを過ごしている。俺達、仲良しグループが独占状態である。理由は、成田ワールドが揃って昼休みを過ごすから邪魔してはいけないという、暗黙のルールが学園で構築されているからだ。
正直、そんな事を気にせず、もっと気軽に屋上を使用してほしいと思う。反面、自分達だけの特等席みたいな感覚で独占できるので、満更悪いとも思っていない。
俺達は雑談を交わしながら屋上にやってきて、「この辺りで敷くね~」と寧々が片手で持っているビニールシートを屋上の一角で広げた。
そこに座って、各々が弁当箱の蓋を開けて、食べる準備をしていた。
「今日のメニューは何かな~成功~また今日もおかず交換し合おうね~」
「僕はコンビニで買ってきたサンドイッチだ。カレーマヨネーズという変わった具材に惹かれて、つい買ってしまった」
「カレーにマヨネーズ? その組み合わせで食べたことないな」
「意外とハマる人が多いみたいだぞ。後で一口食べるか?」
「あぁ。それなら遠慮なく味見させてくれ」
各々が食べる準備を終えた頃に「お待たせ!」と一が屋上にやってきた。本人の要望通り、両手にカツ丼が一〇個持っていた。
「本当に買い占めたのかよ。カツ丼目当ての人が可哀想に思えてきたぜ」
「デザートにチキン南蛮弁当も買っちゃった!」
「よくそれだけ食べて、太らないよな……」
その小さな体躯で、身体のどこに過剰な食場が入るのか、是非とも知りたい。
「毎日、運動してるからだよ! どのタイミングでもバスケは出来る自信しかない!」
「一は、本当にバスケが大好きだもんな」
小柄な体格でありながら、一はバスケに関してはプロの選手並みに上手く、中学の頃は全国大会まで登り詰めたらしい。今は、中学の頃とは違って、楽しむだけに留めているらしいが、彼女のプレイは実に素晴らしい。特に、ロングシュートに関しては天性の才能がある。聞いた話によると『パーフェクト・シューター』と全国で知られているらしい。
「あ~もうお腹ペコペコ! 早く食べないとガス欠しそう!」
「いや、貴方は今朝から牛丼三杯と生姜焼き定食を食べているでしょうに……」
相当、燃費の悪い身体の持ち主のようで、とても難儀だなと思う。
「成功~この唐揚げ上げるね~私は卵焼きをご所望痛します~」
普段通り、ユルユルな雰囲気を纏いながら、寧々は箸で唐揚げを摘まんでいた。
「俺の弁当は何かな……」
そして、俺は六〇〇mlくらいのランチボックスの蓋を開けた。
すると、中身は――一枚の千円札が入っていた。
野口英世様が、ほくそ笑んでいるように映った。
「――は? これを食えと?」
俺は訳が分からず、思わず真抜けた声を出してしまった。
「――プッ! あははは! 紙切れ一枚がおかずなんて、面白すぎでしょ!」
一は、俺の弁当箱の中身を見てから、ゲラガラと腹を抱えながら笑っていた。
「これは新手のギャグだね~これで何か買えってことなのかな~?」
「この着想は面白い。新作のネタに使わせてもらおう」
寧々は笑いを堪えながら同情してくれて、文雄に関しては奇抜なアイデアとして物珍しそうに弁当箱の中身を覗いていた。
「――はぁ。今から購買に行っても売り切れてるだろうし、コンビニまで行ったら昼休みが終わっちまうし、今日の昼ご飯は諦めるしかねぇな」
俺は落胆しながら、弁当箱の蓋をとじた。この千円札で、放課後は一人カラオケで熱唱するのも有りだな。ちなみに俺はバラードを歌うのが得意と自負している。
「そのおかずとカツ丼、交換しようよ! 千円札ってどんな味がするのか興味ある!」
「その優しい言葉に涙がちょちょぎれそうだぜ……ありがとうな」
そして、俺と一はカツ丼と千円札を交換した。
「私も何かあげるね~唐揚げとアスパラガスの肉巻きをお裾分けしてあげるとしよう~」
寧々が、まだ手をつけていないおかずを俺の弁当箱に入れてくれた。
「サンキューな。やっぱり、持つべきは心の友だよな」
俺は感涙に咽せながら、寧々から貰った宝物を拝む。今の俺にとっては、たった一つのおかずさえもダイヤモンド並に価値がある。
「僕は、このカレーマヨネーズのサンドイッチを一つあげるとしよう」
文雄も、まだ食べていない主食を弁当箱に放り込んできた。
「ありがとう。今日の放課後、フォーティーワンでアイス奢るわ」
気付いたら、俺の昼食は紙切れからバラエティ溢れるものへと変わっていった。
素敵な親友達、素晴らしい世界、本当に感謝感激あられ。
「よし、こうなったら、siriにドッキリを仕掛けてやろう!」
俺達、成田ワールドの仲良しメンバーは、いつも昼休みは何かしら、ふざけて過ごす事が多い。そのネタは、常に俺が仕掛ける事が多い。
「今日はどんな面白い話を振ってくれるのかな?」
一は、興味津々といった感じで、身を乗り出して聞く姿勢に入っていた。
「成功のギャグはレベル高いから、いつでも面白いよね~」
寧々は普段通り、フワフワした感じで言っていた。
「それが終わったら、新作のプロットを読んでもらうぞ」
常に文雄はマイペースなので、こんな感じである。
「よし――まず、siriを起動して……「スリーサイズを教えて!」
俺は、Aiに対してセクハラ発言する事にした。女の子に対して言っている訳ではないので、問題ないはずだ。
『畏まりました。私のスリーサイズは――幅、七一・六mm、高さ、一四七・六mm、厚さ、七・八〇mmです』
一は「それってスマホのサイズじゃん!」と言ってケラケラと笑っていて、寧々は「律儀なAIちゃんだね~」と関心していて、文雄は「今のAIはユーモアも学んでいるんだな」とスマホでメモをとっていた。
「じゃあ、次いきまーす! 童貞クソ陰キャが人生を変える方法を教えて!」
『女性恐怖症になりましょう。更に陰キャのレベルが上がること間違いなしです』
「天才になる方法を教えて!」
『一%の努力と九九%の怠惰を実現しましょう』
「このAi、さっきから変な回答しかしてないな……」
「あははは! でも、面白いからよし!」
一は五個目のカツ丼を平らげながら、一部始終笑っていた。
「じゃあ、次は――」
俺は更なる難題をAiに投げかけようとすると。
ガチャン、と屋上の扉が開かれる音が耳に流れ込んできた。
やってきたのは――擽子ちゃんだった。
まさか、この最高に感謝しているタイミングで訪れるとは――一気に気分が沈んだ。
「あれ~擽子ちゃんがきたよ~珍しいね~」
寧々は、不思議そうな顔つきで、彼女を見つめていた。
彼女は、お構いなしと言った感じで、屋上の端っこを陣取って昼食の準備をしていた。
そして――俺と視線が合う。
その瞬間、擽子ちゃんは下卑た笑みを浮かばせていた。
――まさか、このテンションが最高の時に、俺の性癖を暴露するつもりか?
そうだとしたら、これ以上に酷い仕打ちはない。
「あの子は、確か否笠さんか。僕は、彼女が昼休みに羊羹パンと醤油サイダーで昼食を済ませているくらいしか知らないな」
「絶妙に外した組み合わせのメニューだな……」
文雄から紡がれる情報を聞いても、ちっとも心はウキウキにならない。
何故なら、今の俺にとって、擽子ちゃんは爆弾そのものだからだ。
普段、利用者がいない屋上に、このタイミングで彼女がやってきたのは偶然ではないはず。絶対に俺の性癖を成田ワールドに暴露する為だ。
俺は神様に縋る思いで『無事に昼休みが終わりますように』と祈る事しか出来ない。
それから、俺達は他愛もない雑談に興じた。
しかし、擽子ちゃんはアクションを起こす事なく、ひたすら俺を見つめながら笑っているだけだった。
まるで動物園で奇天烈な行動をしているチンパンジーを鑑賞しているかのような反応。
昼休みの間、常に俺の心はハラハラしっぱなしだった。
魔女狩りのように、いつ、公開処刑が始まるのかと常に心臓がバクバクと跳ね上がっていた。公衆の場で、いつギロチンで首を刎ねられるか分からない状況だった。
そして、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴った。
どうやら、この場での処刑は免れたらしい。
しかし、何故、擽子ちゃんは屋上へやってきたのだろうか。
成田ワールドが屋上を独占している事は学園中に知れ渡っている知っているはずだ。だから、偶然、この場に来たというのは考えにくい。何かしら思惑があったに違いない。しかし、彼女は暴露しなかった。本当に真の目的が何なのか、もはや想像ができない。
俺は普段通り、仲良しメンバーとゲラゲラ笑いながらも、内心はドキドキしながら教室に戻る事にした。
一に千円札とカツ丼を交換したが、俺は社会的に死ぬ前に、お札の味を味わってみたかったと、少しばかり後悔した。インクと紙の味は、もしかしたらマリアージュしているかも知れなかった。
○
全ての授業が終わって、放課後となった。
俺は常に心拍数を上昇させながらも、午後の授業も完璧に受けた。
音楽の授業の際、歌のテストがあったが、圧倒的な歌唱力を披露した俺は先生に「貴方は将来、オペラ歌手を目指すべきだわ! 一〇〇〇年に一人の逸材よ!」と高評価をもらう事ができた。
クラスメイトの大半の生徒は、俺の美声を聞いて恍惚とした表情を浮かばせていた。
学園に入学する前に、俺は色々なジャンルを極めた。それは雑誌を読んで学んだり、ハウツー本に書いてある事柄を実践して取り組んだり、それはもう努力を欠かさなかった。
その結果、何事においても八〇点は叩き出せるくらいの優等生となった。
俺の才能は無限に広がっている事実に気付いてしまった。
しかし、将来の夢はセレブニートになる事なので、この才能は世間に知れ渡る事はないだろう。
また、俺は一人の女性――教師を虜にしてしまったらしい。
全く、罪深き男とは、まさに俺の事である。
幸い、擽子ちゃんは俺の性癖をクラスメイトに言いふらす事はしなかった。
もしかしたら――本当に、ただの悪戯心で吐いた台詞なのかも知れない。
だから俺は、少し緊張の糸が解れたのだ。
もし、このまま何事もなく秘密にしてくれるなら、彼女が死んだ際はピラミッドよりも巨大な墳墓を建ててあげる事にしよう。
そうなれば、俺はハッピーな状態を保ったまま、学園生活を謳歌する事ができる。
そんな有頂天な気分で下駄箱に向かい、白色のハイカットスニーカーを取り出そうとすると、ひらり、と何かが床に落ちた。
自分の目で確認すると、それは手紙だった。
シーリングスタンプが、赤いハート柄を模したものだった。
俺は、この学園でスクールカーストにおいてトップの座に居座っているから、直ぐに手紙の趣旨を理解する事ができた。
これは、ラブレターだ。
高校に入学して成田ワールドを構築してから、何度も貰った経験があるから、直ぐに把握する事ができた。送ってくれた相手は、音楽の時間で魅了してしまった三〇代の美人教師。もしくは――入学式に、何故かスルメをロングヘアーに絡まっていたので、取ってあげた女子生徒が密かにずっと俺に片思いをしていて、遂に打ち明ける勇気を振り絞ってくれたのか。ちなみに、入学式に遅刻しそうだったので、急いで朝食のスルメを食べながら登校したらしく、知らぬ間に髪についてしまったと説明してくれた。
どんな状況? と思いつつ、その時に俺は陽キャ全開のスマイルを浮かべながら、代わりに取って食べてあげた。
俺は余裕綽々といった気持ちで、手紙の封を切って中身を読んだ。
『大事な話があるので、放課後に空き教室に来て。もし来なかったら――分かるよね? 否笠 擽子より』
内容を確認してから、再び俺は絶望感を味わった。
地獄行きのジェットコースターを高速で下った気分だ。
絶望のドン底まで急降下する絶叫マシンは、その名の通り――俺は心の中で発狂した。
このお誘い(脅迫)を無視する事はできない。もし、行かない選択肢をとってしまうと、それこそ俺の性癖を暴露される可能性しか見えなかったからだ。
全く俺は気乗りしないまま、スニーカーをしまって、上履きに履き替えてから空き教室に向かう事にした。
――もう、学園に隕石が降ってこないかと俺は懇願した。
○
俺は擽子ちゃんに指定された通り、旧校舎の空き教室に訪れた。
すると、彼女はいつも通り、ノートに何かを書き綴りながら待っていた。
俺は周囲に目を配り、誰も居ない事を確認してから、扉に手をかけて室内に入った。
「約束通り、来てくれたんだね……デュフフフッ!」
相変わらず、下品な笑いかたをする擽子ちゃん。
勿論、ロケットランチャーを向けられたまま、無策に撤退できまい。
「・・・・・・今日、昼休みに屋上に来たよな? ずっと俺を見つめて笑ってたよな? なんで楽しそうにしてたんだ?」
「これから先に起こる事を考えると、面白くて仕方なかったから――デュフフフッ!」
一体、何が楽しいのか見当が付かないのに、擽子は不気味に笑っていた。
やはり、学園の生徒達に俺の性癖を暴露するのが愉快なのだろうか・・・・・・人の弱みを握る事に対して、愉悦を感じているのか・・・・・・彼女の思考が全く読めない。
「……用件は何だ? 今日、俺の性癖を暴露しなかったのは、とても有り難いが――出来れば、このまま墓までもっていってほしい」
一体、彼女は何をしたいのか、皆目見当がつかなかった。
「――俺に叶えられる要求なら、なんだってやってやる。だから、目的を言ってくれ。君は、一体俺に何を求めている?」
ここは茶化す事なく、濁す事もなく、本音で話し合いたいと心から願った。
数秒……数十秒……数分、お互い無言が続いた。
そして、沈黙を破ったのは、擽子ちゃんだった。
「――――私を、成田ワールドに招待してほしい」
・・・・・・・・・・・・?
その提案は意外過ぎて、直ぐに理解が出来なかった。
「――――は? 擽子ちゃんが……成田ワールドに加入したい?」
訳が分からなかった。お一人様至上主義者で、孤高の存在を貫いている彼女が、どうして成田ワールドに入りたがっているのか理解が追いつかなかった。
「――私、高校に入学できたら、必然と薔薇色の学園ライフを謳歌できると思ってた」
擽子ちゃんは、悲痛を孕ませた表情を浮かべたまま、続ける。
「中学から今まで、ずっと、一人ぼっちだった。中学までは、誰かと関わり合いをもつことがダサくて気色悪いと思ってた。でも、ずっと独りで居続けことに疲れちゃって、誰かと交流を持つことも悪いことではないって考え始めて――高校になったら、お友達を沢山作って、キラキラと輝いた生活を送りたいと、中学を卒業してから、ずっと思ってたの」
「……そっか。確かに、一人でいる時間も大事だと思うけど、誰かと一緒に楽しさを共有したり、苦楽を共にしたほうが健全だし、何より喜ばしい事だと、ずっと俺は思ってるよ」
「そうッ! だから、今の自分のままでは何も変わらないって確信を持ったの。それで、高校一年生の頃から、どうやって自分を変えれば良いか分からなくて……その時、私に天恵が舞い降りたの。それが、成田君の性癖を知ったことだったッ!」
そして彼女は、深く頭を下げてきた。
「このチャンスを――私は掴みたいッ! だから、成田ワールドというスクールカーストの頂点に立つ存在と交流を持つことによって、私は一人ぼっちを卒業できると確信を持ったッ! だから・・・・・・どうか私を成田ワールドに入れてほしいッ!」
――成る程。これで全ての辻褄が合う。
要するに、今の擽子ちゃんは、一人ぼっちを卒業して煌めく学園生活を謳歌したいのだ。その為に、成田ワールドという超有能ツールを利用して、成り上がりたいという訳だ。
「いや・・・・・・だけど、擽子が成田ワールドの一員になって仲良くできる光景が全くできないし、そう簡単に上手くいくとは思わないんだがな」
俺は率直に思った事を口にした。
正直、俺は擽子を簡単に成田ワールドに招待したいとは軽く言えない。あの仲良しメンバーとの関係性は、例えるなら芸術作品に近い。努力して完成された渾身の出来映え。一年生の頃から、大事に積み上げてきた絆が、成田ワールドには存在する。だから、今まで築き上げてきた関係性を、口約束程度に踏み入れてほしくない思いが確かに存在する。
「寧々は一、文雄にも確認しないといけないし、俺としては、擽子は成田ワールドに溶け込めるか疑問が最初に出てくるな」
仮に俺が招待するとしても、三人と肩を組んで仲良くできるかは別の話だ。
「自分なりに努力してみせる。私が本気だって事を、これから証明してみせる」
どうやら、擽子の決心は固いようだ。
・・・・・・快く迎入れるのは癪だが、弱みを握られている以上、招待した方が身の為だ。
「――要求は分かった。それなら、是非手伝わせてくれ」
自分で言うのも何だが――元々、俺はお人好しで人助けを好む性質である。
困っていたり悩んだりしている人が目の前にいるなら、その架け橋となる存在であろうと、常々思っている。メサイアコンプレックスではないと思うが、誰かの救世主になるのが不思議と心地よくて感じ始めたのだ。
UFOと通信がしたいと願った生徒の為に、一緒にテレパシーを送る手伝いをした。
誰もが行きたがらない星レビュー1の激マズラーメンの食レポを書きたいと頼まれて、代わりに食べに行った。
美術部の生徒に、ヌードデッサンがしたいと申し込まれて、俺の肉体美を披露した。
こんな感じで、高校に入学してからは――誰かの助けになるのなら率先して協力を惜しまなくなった。
だから、擽子ちゃんが真剣に自分と向き合って、変わりたいと願っているなら・・・・・・その手助けを俺はしたいと心から願った。
「勿論、タダでお願いしようとは思っていない。取引をする際は、常に対価を用意しておくのが定石中の定石」
「対価? それは、俺の性癖を暴露するのを止めてくれる、ではないのか?」
「それだけなら、取引として成立しない。何故なら、成田君が自分のタイミングで「俺は足裏をくすぐってもらうことで快感を得るド変態です」ってカミングアウトすれば済む話」
「な、成る程……面と向かってド変態って言われると……結構くるものがあるな」
自分の性癖が一般的ではないというのは百も承知しているが、気色悪い女の子に、ド変態と罵られるのは耐えがたい屈辱だ。
「だから、私が用意できる対価は成田ワールドに招待してくれて、それが上手くいく度に――成田君の足裏を私がくすぐってあげる」
「――――な、なんだって……ッ⁉」
それは――とてつもなく魅力的なお誘いではないか。
誰かに足裏をくすぐってもらった事は、俺が幼少期の頃――母親が大切にして男性アイドルのブロマイドを破ってしまった時に、お仕置きでされた時ぐらいだ。それがとても気持ちよくて、そこから自分の足裏をくすぐる事に興奮を覚える性質になった訳だ。
「さっそく、今から足裏をくすぐってあげるよ――これで」
そして擽子ちゃんは、スクールバックから、ある物を取り出した。
それは〝耳かき〟。
「耳かきをチョイスするとは、真の足裏愛好家――ソウルニストのツボを押さえているじゃないかッ! それも竹の耳かきなら、なおさらグッドだッ! 適度な撓やかと弾力を兼ね備えていて、最初に梵天――白くてフワフワしている部分で全体をソフトタッチされるのが、あるで羽でくすぐられるのと似た快感を得ることができるッ! そして、主菜は――やはりスプーン状の部分で、土踏まずをツーッとされた時にくる快感は、極上過ぎて言葉にできない程に素晴らしいものだッ!」
「成功君、本当に足裏をくすぐることが大好きなんだね。そこまで詳細に言えるのは、ちょっと――だいぶ気持ち悪いよ」
「これから俺達は共犯者となるんだ。仲良しメンバーが言っているように、成功と呼んでくれて構わない。ちなみに、擽子だって気色悪い笑い方するから、お互い様だろ」
せめてもの抵抗で、俺は口を尖らせながら嫌味を言った。
「じゃあ、椅子に座って」
「あぁ……宜しく頼む」
俺は彼女に指示された通り、向き合うような形で椅子に座って上履きを脱いだ。
「――靴下も脱いでいいよ」
「えッ⁉ 素足でやってくれるのか……ッ⁉」
「本番は直でやったほうが気持ちいいでしょ?」
「うら若き乙女が、そんなはしたない事を言ってはいけませんッ!」
俺は口でツッコむのと同時に、靴下というコンドームを脱ぎ捨てた。
「デュフフフ……じゃあ、始めるね」
そして擽子ちゃんは、梵天を俺の足裏に近付ける。
――他人に足裏をくすぐってもらう事は二度目だ。やはり、自分で行為をしてしまうと、次はどこをくすぐるか脳が分かってしまう為、快感が半減してしまうのだ。その点、他人にやってもらう事は、どこを攻められるか分からないので、それがエクスタシーと昇華して、何物にも耐えがたい至福の時を過ごす事ができるのだ。
俺は目を瞑って、視界に入る情報をシャットアウトした。
これで、どこから攻められるか、分からなくなった。
俺は必然と鼻息が荒くなる。
正直、エロサイトで他人のsOxを観るよりも遥かに興奮している。
まず、足の親指に梵天が触れあったのが感覚で伝わった。
――うあぁああああああッ! もう既に昇天しそうだぁああああああッ!
第一指から、第2趾、第3趾、第四指、第5趾と順序良く進んでいき、梵天から耳かきの部分に移行したのが分かった。
まるでツボを押すように――グッ、グッ、と押しながらも、足の指という狭いスペース状でツーッとなぞられるが気持ちよ過ぎる。
――くぁああああああッ! 決まるぅううううううッ!
そして、準備体操が終わったかのように、耳かきは一度離れてから――母指球をツーッと、触れるか触れないかの絶妙なラインでくすぐられた。
――待ってッ!、待ってッ!、待ってッ! もうイキそうぅぅうううううッ!
俺は身悶えながら、至福の瞬間を噛み締めていると、次に小指球をこちょこちょと乱れてくすぐられる。
――これはもう合法sOxだぁああああああッ! 出したいよぉおおおおおおッ!
もはや俺は正気を保っているのが精一杯だった。
やはり、自分でやるよりも遥かに気持ち良い。
もう一度だけ言うが、俺は童貞だ。本番行為をした経験がない。だが、間違いなく女の子と行為を犯すよりも背徳感を味わえると確信もてる。一般人は女子と交わる事を求めるはずだが、俺は足裏をくすぐってもらう方が至福に感じるに違いないだろう。
そして、メインディッシュの土踏まずを・・・・・・撫でるように優しく、ツーっとなぞられる。一ミリ単位で、右から左へと順序良く移動していき、今まで自分でしてきた以上の快感が足裏から伝播してくる。
――もう、イク寸前だぁああああああッ!
そして、最後に踵を耳かきで弄くられる。
――気持ち過ぎて、もう――ぶっ壊れそうだぁあああああッ!
気持ち良すぎて、冷静ではいられない。
むしろ、自分の中では発狂していないだけ、耐えている方だと思う。
もし――異性と付き合う事になったら、足裏をくすぐってくれる事を前提に考えよう。
それほど、今が幸せ過ぎるのだ。
この幸福感を例えるなら、Dカップの胸を揉みし抱くよりも充実していて、アイドル級の美少女を目に入れるよりも多幸である。正直、寧々や一の二人同時に付き合うと仮定しても、それ以上の幸せを体感していると言っても過言ではない。
行為は、大体五分くらいだっただろうか。
それから耳かきは離れていって、俺が目を開けようとした瞬間――グッ、グッと足のツボを押してきた。
――これはデザートだぁああああああッ! いやぁっほぉおおおおおおッ!
自分でやるより、遥かに気持ち良い事を理解した俺は、全てを擽子に委ねる事にした。もう・・・・・・自分で男のシンボルを触るよりも気持ちよくて、何度も絶頂しそうだった。
「――はい。今日のところは、これでおしまい」
そう彼女から言われて、ようやく俺は目を開けた。
「君は一〇〇〇〇万人に一人の逸材だッ! 足裏をくすぐる際のポイントを全て把握していると言っても断言ッ! もう全てが最高だったッ!」
「昨日のうちに、MyTUBEで予習しておいたからね」
擽子の表情は、実にドン引きした状態だった。
「お、俺……そんなに変な反応してたか? これでも我慢してたほうなんだが……」
「いや、もう男子と女子がやる行為してる時みたいに、お猿さんみたいな反応をしてた・・・・・・ぶっちゃけ、気持ち悪かった。キショいねキショねキショね、それ、キショいねキショいねキショいね」
「某ボカロ曲みたいに罵倒するなよ」
「事実だから。男って気持ち良い事されると、あんな気色悪い反応するって事は分かった」
「ぐっ・・・・・・そうだよ。もういつ、イクか分からない程に、気持ち良かった。だから。ずっと意識が飛ばないように意識してた」
「足裏をくすぐられるって、そんなに気持ちよいものなんだね……私には理解できない」
「何なら、擽子の足裏をくすぐってやろうか? もう、絶頂間違いなしだぞ」
「いや、私は足裏を触ること自体が好きじゃないから、遠慮する」
「それは残念だ」
こちらの世界に誘き寄せたかったが、世の中には自分の足裏をくすぐる事そのものが苦手と思う人もいると知っているから、それ以上は追求しなかった。
「デュフ・・・・・・デュフフフ・・・・・・これで私達は、立派な共犯者になったね」
「あぁ・・・・・・これから宜しく頼むぜ、相棒」
「明日から、宜しくね。成功」
彼女は不気味な笑みを零しているが、どこか楽しげだった。
こうして、俺達の奇妙な関係が出来上がった。
『偽物』が『本物』に成り上がっているに近い状況だが、そのまま押し通すことにした。
さぁ、ここから喜劇を始めよう。
※
――デュフフフッ!
遂に、私は成田功助の弱みを握った。
あの完璧の超人であり、スクールカーストの頂点にいる彼の懐に入る事に成功した。
それは、私にとっては悲願であり、現状を打破する唯一の突破口だった。
現在、私は一人ぼっちの学園生活を送っている。
幼少期から、ずっと一人のままで良いと思っていた。誰かと連むのは面倒事に巻き込まれる可能性が増えるし、リスクがあると思っていたからだ。
しかし、中学を卒業した時に、無性に不安感が襲ってきた。
――このまま、ずっと一人で生きていけるのかと。
勿論、それは無理な話だ。人間は誰かに支えられて生活していくものだし、何かと悩みができた時、気さくに相談できる相手がいた方が便利だと悟ったのだ。
だから――高校生活は薔薇色に染め上げてしまおうと考えに至った。
・・・・・・どうせなら、スクールカーストの上位のグループに属そうと心に決めた。
しかし、ずっと一人ぼっちだった私は、誰かと仲良くする手段を模索したが、行動に移す事が出来なかった。
その為、ずっと機会を窺っていた。
そして――ようやく、成田ワールドに加入できる可能性がある要素を見出した。
それは――学園で一番の有名人であり、スクールカーストのトップの座に君臨する成田功助の欠点を握る事だった。
――現在は高校二年生なので、一年間は棒に振ってしまったが・・・・・・ようやく、私は学園生活をカラフルにする可能性を見出せた。
後は、これを上手く利用する事だ。
成田ワールドの一員になれば、必然と注目される事は間違いない。
当然、彼らは一般人とはかけ離れた、超人が集うグループだ。
その為、凡人の私が仲間入りを果たした所で、どこまで通用するか分からない。
それでも――試す価値はあると思う。
それに・・・・・・私にも、あまり人には知られたくない性癖をもっている。
それは決して褒められた事ではないし、一般の性癖とは一線を画すものだ。
今後、より成田功助と関係が深まったら、それを打ち明けるのも悪くないかも知れない。
彼とは共犯者という関係になった。
私が成田ワールドに加入する事によって、学園にどんな影響を与えるかは正確に把握できていない。
それでも・・・・・・このチャンスを逃す手はない。
私は、これまでも友達を作るタイミングはあったはずだ。
だけど――そのチャンスを棒に振ってきた。
人生の中で、友達は不必要だと決め付けていたからだ。
――それが、どれほど勿体ない事だったのかと、今思えば後悔が募っている。
友達がいれば、楽しい事や面白かった事等を共有する事ができて、辛い時や悩んでいる時も視野が広まって、様々な解決方法を見出す事ができる。
それに気付けた分、まだマシだと思うしかない。
――果たして、私は彼らと同じ土俵に立つ事が出来るのだろうか。
勿論、私みたいな一般人と、成田ワールドの一員には決定的な差が生じている。
それは、凡人か非凡であるかだ。
リーダーである成田功助は、言うまでもなく学園の頂点に立つ存在だ。この時点で凡人ではない。そして彼を囲っている連中も、何かしら才覚に恵まれた人種だ。音楽、スポーツ、文学。それぞれ特化していて、一般人では持ち得ないものを体得している。
――そんな非凡の集いに、私みたいな一般人が紛れ込んで良いものなのか。
非凡である私と非凡な彼らの共存が、どこまで上手くいくか分からない。けれども、必ずものにして見せる。トコトン足掻いて、学園中に私の存在を知らしめてやる。
私は――成田功助を利用して成り上がって見せる。
そういった覚悟をもって、自分は彼に交渉を持ちかけた。
結果的に、トントン拍子で上手くいったので、後は未来の自分に任せる事にしよう。
これからの学園生活が、楽しみ仕方ない。
・・・・・・いや、期待と不安が、同時に押し寄せていると言った方が正しい。
そもそも、成田ワールドが私を受け入れてくれるか分からないけど、学園の頂点に立つ彼さえいれば――どんな事も成し遂げられる気がしてならない。
私は光り輝く存在になりたい。
学園で注目されて、あわよくば異性から告白されたりして、煌めいたJkになりたい。
キラキラした女子生徒は、そこに存在するだけでも周囲を照らす。
そんなアイドル的な存在になりたいと思い始めた、心境の変化に自分自身が驚いている。
中学生までは、ずっと一人ぼっちで良いと思っていたのに・・・・・・いつ、新しい扉を開きたくなるか分からないものだ。
とにかく、私は学園中で人気者になりたいという願望が芽生え始めたのだ。
成田功助という学園の頂点に立つ存在と交際するのも悪くないかも知れない。それを実現出来れば、まさに超新星のように耀く存在となるだろう。
――最も、今の彼に魅力を感じる事は全くないのだが。
足裏をくすぐってもらう事が性癖である部分に関しては、偏見をもっていない。むしろ、完璧超人であった彼にも、人間味を感じる事ができて好感がもてた。容姿も整っている方だし、性格も明るくて、THE陽キャって感じがして眩しく思える。
しかし――だからこそ、自分とは不釣り合いだと感じる。
『成田功助の彼女』というハイブランドは捨てがたいが、まだ彼の魅力に気付けていない自分がいる。成り行きで交際したところで、直ぐに関係性に飽きて破局するのが目に見えている。
だから――まだ彼は私の手に収まりきらないだろう。
もっと、もっと、もっと自分を磨いて――彼に相応しい存在となった暁には、交際を迫っても良いかも知れない。
その為には、非凡になるしか道はない。
私が他の人より秀でている点があるとすれば、人間の負の感情を愛している事。そして、一般人より小説を書く事に長けている部分だけだ。
私は、ダークファンタジーを好むので、妄想をノートに書き殴るのが好きだ。
成田ワールドの仲良しメンバーと打ち解けられたら、それを披露するのも悪くない。
――彼らのように、照らす側の人間になりたい。
私自身が陰キャに属する人種なので、尚更そう感じるのだ。
決して交わらないだろう人種達が、共犯関係を構築するのは、なかなかどうして面白い。
――今、私はこの状況を心底楽しんでいる。
これから先、一体どうなるか想像できないし、成田ワールドに加入する事によって、学園内でどう評価されるかも定かではない。
見通しが立たない、今この瞬間こそ――面白いと思えてならない。
今までの自分だったら、このまま一人ぼっちの学園生活を送って、卒業するまで孤独を貫いて退屈な毎日を送る羽目になっていたに違いなかった。
だけど――今はそうじゃない。
光り輝ける可能性があるからこそ、藁にも縋る勢いで、このチャンスをものにしたい。
――デュフフフッ!
さぁ、私と成田功助の喜劇を始めようではないか。
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