第17話 森を解放

ハンモックの導入も成功し、「きさらぎ荘ダンジョン」の経営はもはや絶好調と言ってよかった。

ダンジョンポイント(DP)は順調に貯まり続け、俺の銀行口座の残高も、リストラ前とは比べ物にならないほど潤沢になってきている。


「このまま安定経営を続けるのもいいが…やはり、事業拡大を目指すべきだろう!」


俺は、すっかり成り上がった若手経営者のような思考で次なる一手について考えていた。

常連客たちを飽きさせず、新規顧客を獲得するためには、常に新しい魅力、新しいコンテンツを提供し続けなければならない。


これは、ブラック企業で叩き込まれた、数少ない役に立つ教えの一つだ。


「よし、新しいフロアを増設しよう。それも、全く新しいコンセプトのフロアをだ」


俺は決意を固め、アプリの管理画面を開いた。

そして、今まで使っていなかったきさらぎ荘の間取り図、101号室の隣にある「102号室」の区画をタップした。


『空室102号室に、新規ダンジョンゲートを設置しますか?』

「もちろん、YESだ」


俺は迷わずボタンを押した。

スマートフォンが力強く振動し、『ゲート設置完了』のメッセージが表示される。

これで、第二のダンジョンへの扉が開かれた。


次に、その扉の先に広がる新しいフロアの作成に取り掛かった。


『新規フロアのテーマを選択してください』


画面にはお馴染みの物騒なテーマが並んでいる。

俺はそれらを華麗にスルーし、もっと平和で癒されるテーマを探した。


草原、小川と来たのだ。

次に来るべきものは自ずと決まっていた。


「やはり、森だろう」


自然の癒し三点セットと言えば、草原、川、そして森だ。

俺は『森林』のカテゴリーを選択した。


『フロア名を入力してください』


「うーん、どんな名前にしようか…」


俺は少し考えた。

「恐怖の森」や「迷いの森」ではコンセプトに合わない。

「癒しの森」では、あまりにも捻りがない。


「そうだ。『陽だまりの森』。これにしよう」


木々の間から、暖かな太陽の光が優しく差し込むような、明るくて穏やかな森。

そんなイメージだ。


名前からして、マイナスイオンが溢れていそうだ。

俺は満足げに頷き、名前を入力した。


天候はもちろん「晴れ」。

BGMは「穏やかな森のざわめきと小鳥のさえずり」を選択。

完璧な癒し空間の土台が出来上がった。




そして、最も重要な、出現モンスターの設定だ。


「森のモンスターと言えば…」


俺はアプリのモンスターリストを開く。

そこには、ゴブリン、トレント、ジャイアントスパイダー、バトルウルフといったファンタジーの森でお馴染みの、しかし全く癒されない連中がリストアップされていた。


「違う、そうじゃない」


俺はそれらの選択肢を全て指で弾き飛ばし、もっと平和な生き物を探した。

リストの下の方に、「動物」というカテゴリーがあるのを見つける。

これだ!


俺が選択したのは、以下の四種類だった。


・ウサギ

・リス

・シカ

・クマ


「うん、森の仲間たちって感じでいいじゃないか」


しかし、ただの動物では、万が一にもお客さんに危害を加えてしまう可能性がある。

特にクマなんて、現実世界では非常に危険な動物だ。

俺は、ここからがダンジョンマスターとしての腕の見せ所だと気合を入れ直した。


一体ずつ詳細設定を開き、癒し系モンスターへの魔改造を施していく。

まず、四種全ての攻撃性を「皆無」に設定。これは絶対だ。


そして、それぞれの名前に「もふもふ」や「のんびり」といった形容詞を付け加えた。


『もふもふウサギ』

『もふもふリス』

『のんびりシカ』

『どっしりクマ』


さらに、特性に『人懐っこい』『撫でられるのが大好き』『もふもふしている』『特に何もしない』といった項目を、これでもかと追加していく。

これで、ただの動物たちは究極の癒しを提供する、もふもふアニマルセラピストへと生まれ変わった。


「よし、完成だ!」


全ての設定を終え、必要DPを支払って「フロア作成」ボタンを押した。

モニター画面に、新たに生成された「陽だまりの森」の様子が映し出される。


画面の向こうには、俺がイメージした通りの木漏れ日が美しい、穏やかな森が広がっていた。

そして、その森の中を、人懐っこいもふもふの動物たちがのんびりと過ごしている。


足元にはもふもふウサギたちが無邪気に跳ね回り、木の上ではもふもふリスたちが愛嬌を振りまいている。

森の奥ではのんびりシカが草を食み、一番大きな木の根元ではどっしりクマが気持ちよさそうに昼寝をしていた。


「うわ…俺が入りたい…」


その光景は、あまりにも平和で、愛らしくて、モニターで見ているだけの俺ですら強烈な癒し効果を感じるほどだった。


「これなら、草原や小川とはまた違った癒しを提供できるはずだ」


俺は、自分の創り出した新たな癒し空間に大きな手応えを感じていた。

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