第8話 ダンジョンポイント
高橋あかりの生配信は、俺の心配をよそにそこそこの視聴者数を集め、好評だったらしい。
その効果もあってか、それからの数日間、「きさらぎ荘ダンジョン」には、ちらほらとお客さんが訪れるようになった。
もちろん、毎日行列ができるような人気スポットになったわけではない。
一日に数人来れば良い方だ。
しかし、これまで俺一人しかいなかったボロアパートに人の気配が感じられるようになったのは大きな変化だった。
そして、リピーターも着実に増えていた。
SNS映えする写真を撮りに来る姫川千尋。
仕事帰りにふらりと立ち寄り、芝生にダイブしてストレスを発散していく黒岩真弓。
学校帰りに、仲良くスライムと戯れていく桜庭結菜と池田凪咲の二人組。
そして、配信外で一人、静かに癒されに来るようになった高橋あかり。
俺は毎日、自室のモニターで彼女たちの様子を眺めるのがすっかり日課になっていた。
それは、もはや「仕事」というよりも、一種の「楽しみ」に変わりつつあった。
「みんな、それぞれの目的でこの場所を必要としてくれてるんだな」
布団の上でポテトチップスをかじりながら、俺は少しだけ、社会との繋がりを取り戻せたような気がしていた。
そんなある日、俺はいつものようにアプリの管理画面を眺めていて、あることに気づいた。
「お、ダンジョンポイントが結構貯まってるな」
画面の右上には、『所持DP:5250』と表示されていた。
ダンジョンポイント、略してDPは、来場者数やダンジョン内での滞在時間、そしてアプリが独自に算出しているらしい「満足度」などに応じて、少しずつ加算されていく仕組みのようだ。
「このポイントって、ダンジョンの拡張とかに使うんだよな…? でも、それ以外に使い道はないのか?現金化…とか。そのうち、入場料でも取ろうかなとは思ってるが…」
俺は気になって、今まではよく見ていなかったアプリのメニュー画面を隅々まで調べてみた。
すると、「ショップ」という項目の中に、「その他」というカテゴリーがあるのを見つける。
それをタップしてみると、そこには、俺の目を疑うような項目が存在していた。
『DP換金』
「…は?」
俺は思わず声に出してしまった。
換金。
つまり、このゲーム内通貨のようなポイントを、現実のお金に換えられるということか?
「まさか、そんなうまい話が…」
半信半疑で、その項目をタップする。
すると、換金レートが表示された。
『1DP=1円』
「いちディーピー、いちえん!?」
俺はベッドから飛び起きた。
つまり、俺は今、5250円分の資産を持っているということになる。
ブラック企業をクビになり、貯金も底をつきかけている俺にとって、それはまさに天の助けだった。
「マジか…マジなのか…!?」
俺は震える指で、換金手続きの画面を進めていく。
換金したいDP額を入力する欄に、恐る恐る『3000』と打ち込んだ。
全額使うのはダンジョンの今後のためにも少し怖い。
まずは、お試しだ。
次に、振込先の口座情報を入力する。
まさか、こんな怪しいアプリに自分の口座情報を入力することになるとは思わなかったが、ここまで来たらもう引き返せない。
俺は覚悟を決め、キャッシュカードに記載されている情報を正確に入力した。
最後に、「換金を実行する」というボタンが表示される。
俺はゴクリと唾を飲み込み、意を決してそのボタンをタップした。
『換金申請を受け付けました。ご指定の口座に振り込みます』
画面にそう表示された、まさに直後だった。
ピロン♪
俺のスマートフォンが、銀行アプリからの通知を知らせた。
慌てて通知バーを確認すると、そこには信じられない文字が並んでいた。
『ダンジョンクリエイトより 3,000円 のお振込みがありました』
「うおおおおおおおおおおおおおお!」
俺は、黒岩真弓に負けないくらいの雄叫びを上げて、部屋の中で飛び跳ねた。
本当に、本当にお金が振り込まれたのだ!
俺は、アパートの一室から一歩も出ずに自分の力でお金を稼いだのだ。
俺は生まれて初めて経験するような興奮と感動に包まれながら、すぐに着替えて財布を掴んだ。
中には数百円の小銭しか入っていなかったが、今は違う。
俺の銀行口座には、確かに3000円という大金(?)が追加されたのだ。
俺はアパートを飛び出し、数週間ぶりに近所のスーパーへと向かった。
そして、惣菜コーナーで一際輝きを放っていたある商品を手に取った。
それは、通常価格2180円、タイムセールで1500円になっていた、「国産黒毛和牛使用 特上焼肉弁当」だった。
自室に戻り、まだ温かい弁当の蓋を開ける。
立ち上る甘辛いタレの香ばしい匂いが、俺の鼻腔をくすぐる。
久しぶりに見る、白米以外のまともな食事。
俺は震える手で箸を取り、タレがたっぷり染み込んだ肉を一枚つまみ、白米と一緒に口へと運んだ。
「……うめぇ」
口の中に広がる、肉の旨味と脂の甘み。
それを追いかけるように白米の優しい味が広がる。
その美味さに、俺の目から、自然と涙がこぼれ落ちた。
「うめぇよ…」
ブラック企業時代は、忙しすぎて食事もろくに取れなかった。
リストラされてからはお金がなくてカップ麺ばかりだった。
自分の力で、誰にも迷惑をかけず、誰にも頭を下げずに稼いだお金で食べる飯がこんなにも美味いなんて。
俺は涙を流しながら、一心不乱に焼肉弁当をかき込んだ。
この味は、一生忘れないだろう。
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