4. 失言


「ねぇ、レオンさん。これ……」

「うん。このままであってるよ」


─皇帝陛下が訪れて、10日ほど。

今日も今日とて仲良さそうに魔法の研究したり、馬に乗ってみたり、剣術を学んだりと、充実した日々を送るふたりを前に、とある男が驚いていた。


その男は西の領土─リューゼンベルクから(魔法を使用したとはいえ)、最東方のここ、アーデンまで駆けつけて下さった、リューゼンベルクの領主である。


驚きを隠せない表情で、クロードを振り返った領主─ギルバート・フォン・ヴァールブルクは、


「ほ、本当に、レオンハルト様か……?」


と、何故か手を震わせている。


「本当ですよ、ギルバート様。信じ難いとは思いますが、正真正銘のレオンハルト様です」

「あの仕事バカが……?」

「……」


……冷酷非道の皇帝陛下、銀狼と呼ばれるレオンハルト様に対して、こんな評価が出来るのは、間違いなく、この世界でギルバート様だけである。


ギルバート様はレオンハルト様曰く、父親代わりのような存在らしい。ギルバート様は独身を貫いており、レオンハルト様は幼い頃、よく遊んでもらったのだとか。


「……まぁ、でも、昔、リディアの面倒も、よく見てくれたからなぁ」


ふと、目の前の光景を見ながら、ギルバート様は懐かしむように、納得するように微笑んだ。


独身を貫きながら何故か、娘御がいるギルバート様。養女でも何でもなく、正真正銘の娘であるその子は昔、レオンハルト様と交流があった。


そうなると、邪推するのが貴族というもの。

お妃を1人も持たないレオンハルト様には常に、婚姻の話が絶えず、必然的にギルバート様の最愛の娘も、その対象とされる。


しかし、ギルバート様は勿論、娘本人、レオンハルト様にもその気はないらしい。

─大体、これまでは独身のギルバート様の正真正銘の娘である彼女に対し、様々な噂で邪推しておきながら、今更、媚びを売ろうなど愚かな話であり、ギルバート様が相手にするはずもない。


そもそも、どのような話であれ、冷酷非道の皇帝陛下レオンハルト様のお気に入りとして名が知れているギルバート様達に物申せる人間などいないだろうに、噂はいつも独り歩き。


(幸いなのは、ヴァールブルク侯爵令嬢の強かさというか、なんというか)


1度だけ目にしたことがあるが、どこまでも自由に育てられたヴァールブルク侯爵令嬢は、良い意味で普通の令嬢らしくなかった。


「……にしても、」


そんな娘を育てた彼は、娘に家を継がせるという。

ヴァールブルク侯爵令嬢には、既に良い相手がいるのだろう。縁談は絶えないだろうに、婚約の報告も、異性との噂も聞いたことがないから。


「彼女、表情が乏しくないか……?」

「あぁ……お話を聞く限り、元々の世界での生活が影響しているようで、レオンハルト様が来て下さるようになって、漸く、食事も摂れた始末です。レオンハルト様曰く、『人形のように育てられた』と」

「ふうん……?」

「だからこそ、一挙一動、確認を取られるようで。それでいて、勉学や魔法の吸収力は申し分なく、武術も護身術程度ならば」

「それはかなり有能だな」

「ええ。ですが、本人が本人のことを認識できていませんし、どうしてこちらに来たのか、この世界はどうして彼女を招いたのか、皆目検討がつかず……国が危険な状況なわけではないでしょう?レオンハルト様が治めてますし」

「そうだな」


前に異世界からやってきた男は、現在、レオンハルト様に取り上げられ、魔法省の長官になっている。

彼は『生きるのに疲れた』と答え、ギルバート様に拾われた。恐らく、同じ場所から来たのだろうと、レオンハルト様は推察している。


ギルバート様はその男を自分の養子とし、魔法省長官になるまで面倒を見た過去があるため、今回、サラの件でお呼びしたのだが。


「─とりあえず、ここにずっといることは不可能だろう。このままだったら、噂好きの貴族共が、彼女を君の婚約者だと言い出すだろうし。何より、皇帝陛下がいつまでもここにいていい理由がない」

「仰る通りです」

「あと、陛下の彼女への接し方に違和がある。なんだ?何かしたのか?」

「そこなんですよね」


勿論、クロードも最初は疑った。

彼女が魅了の魔法でも無意識に行使しているのか、とか、ライラの魔力を感じるから、何か余計なものを施していないか、とか。─でも、全部空振り。


ただ、彼女への庇護心が強くなっているだけだろうとしか、クロード達には分からなかった。


「宰相が頭抱えるぞ……」

「ですよね……。いっその事、陛下が側室にでもして、皇宮に連れて帰ってくれれば……」


そこまで言いかけ、クロードは口を閉ざした。

こういうことは例え、親しいものだけの場でも言ってはならないのに、ここ数日、まともに眠れていないせいか、気が緩んでしまった。


謝罪しようとすると、ギルバート様がクロードを凝視していて。


「……それは良い案かもしれん」

「ギ、ギルバート様……?」

「それが良いな。クロード」

「え、えー……」


髭を生やした顎を擦りながら、何を納得したのか。

彼はパッ、と、顔を輝かせると、


「レオン!」


と、陛下のサラ前限定の演技に合わせた演技で彼らに声をかけ、傍に駆け寄っていった。


「…………本気?」


クロードは自分の軽率な発言を後悔しつつ、後から陛下を囲む忠臣の誰か一人には怒られるだろうなと、身を震わせた。



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