第8話 【出発】
自分のチョロさに苦笑いしながらリュックと置き配の荷物をテーブルに置く。
駅で倉内と別れてから、どうにも気分が
──「カッコよかったですよ」か。
頭の中では、幾度目かも分からない程、倉内の言葉がリフレインされている。
「だる」
口ではそんなことを言いながらも、緩まる口元は押さえられない。
我ながら、異性に耐性が無さすぎる。
まぁ女性経験という点では中学の頃に1人彼女が居たくらいで、それも手を繋いで一緒に帰るとか、まぁそんな感じのオママゴトな関係だった。
仕方がないと言えば仕方がないのだろう……か?
「はぁ……」
深くため息を吐きながら洗面所で手を洗うついでに冷水で顔を濡らす。
「っし、行くか」
時計を確認すると、時刻は24時に差し掛かろうとしている。
異世界用の荷物は既にクローゼットの前に置いてあり、あとは向かうだけの状態。
──今回は何をしようか。
あっちの世界に行くのだって、かれこれ4回目だ。
そろそろ明確な目標を定めて動いてみるのもいいかもしれない。
そんなことを考えながら、いつもの様にクローゼットの戸を開いた。
足元に、ヒンヤリとした風が流れ込んでくる。
用意していた靴を履き、バッグから懐中電灯を取り出して、もはや見慣れてきた石造りの通路に踏み出した。
ちなみに懐中電灯は、前回スマホのライトでは微妙に明るさが足りないなと感じて防災セットから引っ張り出してきたものだ。
「とは言え、まずは宿かな」
いつもの螺旋階段を上り、草原を見渡しながら呟く。
休日だと言うのに8時に起きて二度寝も無し。色々試したりバイトへ行ったりしていたために休むタイミングも無かった。
簡単な話、結構眠い。
そうと決まれば。と、ナカン村へ向かうことにした。
◇◆
ナカン村に着く頃には、辺りは夕焼けによってほんのり紅く染まっていた。
村はなんだか、前に来たときよりも少し騒がしい。
「お、来たか」
村の入口近くで僕を出迎えたのは、ゴレフだった。
「ええ。寝泊まりするなら、ここしかありませんから」
そう言うとゴレフは納得したように頷き、「お疲れさん」と言って背中をバシッと叩いた。
「報告は、終わったんですか?」
僕がそう聞くと、ゴレフは自慢げに笑い「おう」と返す。
「素材やらも渡してきたし、丁度帰るトコだ」
──村が騒がしいのはそれが手に入ったから、か。
なんとなく理解できた。
ゴレフによると超越種の素材は高く売れるらしいし、滅多に手に入るものでもないっぽい。
そんなのを倒した、素材を手に入れたとなると騒ぎになるのも頷ける。
だが……
「渡した?売った、とかではなく?」
ゴレフの口ぶりがなんとなく引っかかって質問をすると、ゴレフはガハハと豪快に笑う。
「この村に、そんな金はねぇよ。ただでさえ枯れてんだ」
その言葉に村を馬鹿にしたような嫌味っぽさは感じられない。
「枯れてる?」
僕の疑問に、ゴレフの表情が少し曇った。
「数年前からな。作物は減るわ、魔物は強くなるわで大変でな。盗賊団に壊滅させられたって村の話もたまに聞く」
「壊滅……」
想像していたよりも事態は深刻なようだ。
と言うか、魔物や魔力の存在するファンタジーな世界に気を取られていたが、そりゃぁ人同士の争いだって起きるよな。と再認識する。
「こんなクソ田舎の村を襲う盗賊なんざ、たかが知れてるがな」
そう言って豪快に笑うゴレフ。
「それに、この村にはアンタが居るからな!」
僕らの会話を聞いていたのか、村の人が通り過ぎざまにそんな事を言って走っていった。
その言葉で、昨日の魔獣との戦いを思い出し苦笑する。
あの力が人間に向けられるのを、あまり想像したくはない。
「じゃぁ、オレは小屋に戻るわ」
村人の言葉にゴレフは照れくさそうに笑い、斧を背負い直しながらそう言った。
「僕は宿屋に泊まって、明日は近くの街を目指そうと思います」
そう言うと、ゴレフの表情が柔らかくなる。
「そうか、故郷に帰れるといいな」
チクリと胸が傷んだ。
ゴレフは、僕のことを【マヨイビト】だと思っている。
それは、時空間の裂け目に巻き込まれたこちらの世界の人間の総称だ。
僕の部屋に繋がっているあの場所を知られたくなくてマヨイビトという
「ありがとうございます」
心のなかで謝りながら、そう返して宿屋に向かった。
◇◆
ところで、僕が近くの街を目指すと決めたのには理由がある。
1つ目は、こっちの世界を見て回りたくなったから。
2つ目は、魔力の影響を全力で試してみたくなったから。
3つ目は、生きるため。これが一番切実だ。
正直あの廃墟から離れて行動するのは気が引けるところもあるが、ゴレフからもらった5万レヴも、いずれ底をつく。
昨日と今日の宿代、装備代を合計して1万5000レヴ。
だが道具屋の店主によれば、スライムやゴブリンのコアの価格は5レヴにもならないとのこと。
つまり、こっちの世界で生きていくためには、もっと効率のいい金策をしなければならないということだ。
とは言え商業も農業も根無し草の僕にはできないので、消去法的に「もっと金になるモンスターを」となった。
宿屋の主人に書いてもらった簡単な地図を頼りに、村を出る。
ナイフとフライパンしか装備していなかった頃とは違い、レザーのアーマーと右手にはナイフ、左腕にバックラータイプの盾を装着している。
現代日本では有り得ないトータルコーディネートに笑みを浮かべ、高鳴る心臓に任せて歩き出した。
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