第10話:愛の監獄からの脱獄と、残された献身

深夜。王宮は静寂に包まれていた。

私は**「副王妃」**の豪華な衣装を脱ぎ捨て、黒い簡素な旅装に着替えた。顔には、王宮の使用人から借りた地味なフードを深く被っている。

手には、ラインハルト様が**「不届きな輩の侵入経路」として調査し、私に献上した王宮裏手の古い排水路の地図が握られている。そして、私の懐には、王子が「愛の償い」として合法的に振り込んだ大金が記録された国外の決済証明書**が入っていた。

(私は、彼らの愛によって、脱獄を果たそうとしている)

私は、王子の執務室と直結する私専用の廊下を静かに進んだ。この**「愛の監獄」を設計した王子は、まさかここが脱出のスタート地点**になるとは思ってもいないだろう。

裏口の警備は完璧だった。ラインハルト様が**「ルイーザ様をお守りするため」**に増強した騎士団の警備は、正面に集中していたからだ。裏口の排水路は、彼の報告書通り、死角となっていた。

私は、排水路の小さな扉を静かに開け、王宮の**「外」**へと踏み出した。冷たい夜の空気が頬を撫でる。

(これで……終わりだ)

振り返ることはしなかった。私は彼らの愛を否定し、彼らの人生から姿を消す。これでこそ、**「悪役令嬢としての破滅」**が完遂する。彼らは私を憎み、セリーナ様の元へと戻り、正しい物語が始まるはずだ。

私は用意していた馬車に乗り込み、王都を後にした。

翌朝。王宮は騒然となった。

副王妃ルイーザが、跡形もなく消えたのだ。

最初に異変に気付いたのは、日課である**「ルイーザ様への忠誠の挨拶」に訪れたラインハルト様**だった。彼はルイーザの部屋が空なのを見るや、血相を変えて王子のもとに駆け込んだ。

アルフレッド殿下は、ルイーザの**「逃亡」**を知っても、すぐに顔を穏やかにした。

「そうか。ルイーザは、**『逃亡』**したのだな」

「殿下!ご心痛いかばかりか!裏切りです!彼女は、殿下の愛と地位を欺いた稀代の悪女です!」ラインハルト様は悲痛な叫びを上げた。

王子は静かに首を振った。

「違う、ラインハルト。君はまだ、ルイーザの**『真の愛』**を理解していない」

王子は、深く、悲しげに微笑んだ。

「彼女は、私との婚約が**『セリーナを傷つけている』と判断した。そして、私に全権限を委ねた。自らの地位と権力を全て私に残し、私とセリーナが結ばれるための障害を、『自分自身』**とすることで取り除いたのだ」

王子は、ルイーザが残した王宮内の全ての権限書類を指さした。それは、ルイーザが最後に副王妃として署名した、**「全権限を王子に返上する」**という旨の書類だった。

「彼女の自己犠牲は、もはや計り知れない。私との愛を選ばず、『国の安定』と『真の聖女』の幸福を選んだのだ。彼女は逃亡したのではない。究極の献身を果たし、私たちに自由を与えたのだ!」

その解釈を聞いたラインハルト様は、激しく感動し、その場にひざまずいた。

「ああ、ルイーザ様……!わたくしは、ルイーザ様の崇高な戦略を、最後の最後まで見誤っていました!**『裏口の調査』も、『国外への資金移動』も、全ては『殿下がルイーザ様を追う必要がないための、完璧な逃亡ルートの準備』**だったのですね!」

(違う!全部、私が逃げるため!)

ラインハルト様は、「ルイーザ様は、殿下が後ろめたさを感じないよう、逃亡までもお膳立てしてくださった」と解釈し、その献身に号泣した。

そして、聖女セリーナ様も、王子の言葉に強く頷いた。

「師匠は、最後まで**『私に甘えるな』と教えてくださいました!師匠が『私財を独占した』ように見せかけたのは、『あなたたちだけの力で国を導け』**という、最後の厳しい試練だったのです!」

ルイーザの**「脱獄」という、悪役令嬢としての最後の抵抗は、三人の重要人物によって、「ルイーザの愛が、最終的に彼らを自由へと導いた」**という、物語上最も美しく、最も狂った結末へと変換された。

ルイーザは、王子の盲信と騎士団長の献身、そして聖女の崇拝をその身に浴びた結果、安全な資金と完璧なルートを手に入れ、貧困死のバッドエンドも断罪追放という屈辱的なルートも回避し、誰にも迷惑をかけない形での脱出を完遂した。

王宮に残された三人は、ルイーザの**「崇高な愛」**を深く胸に刻み、ルイーザの意志に従って、互いに協力し合い、賢明な国政を行うことを誓うのだった。

そして、遠い異国の地で、新しい名前と生活を手に入れたルイーザは、**二度と「善意」や「悪意」を振りかざすことなく、**静かで平穏な生活を送るのだった。

(やっと……助かった)

ルイーザは、陽光が降り注ぐ窓辺で、穏やかに微笑んだ。彼女の**「悪役令嬢としての人生」は、誰も予測しなかった形で、静かに、そして皮肉なほど完璧に**終わりを迎えた。

—完—

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​悪役令嬢を演じたら、溺愛フィルターで「崇高な献身」に変換され、副王妃に祭り上げられました nii2 @nii2

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