第2話:命綱の資金が危機!裏目に出る、聖女との泥まみれの遭遇

夜会の翌朝、私は自室のベッドで頭を抱えた。

(破滅回避どころか、新たな破滅フラグを立ててしまった……!)

騎士団長ラインハルト様からの**「勘違い溺愛」によって、私は一夜にして「冷酷騎士団長に認められた孤高の令嬢」**という、恐ろしく目立つ称号を手に入れてしまった。このままでは王宮に留め置かれ、静かな逃亡(追放)の機会を永遠に失ってしまう。私は絶対に王宮から脱出しなければならない。

私は決意した。今日からは、**「動かないこと」**こそが最大の防御。部屋に引きこもり、極力目立たないように振る舞おう。

しかし、静かに自室で書類を整理していた午後。侯爵家の使用人が、青ざめた顔で飛び込んできた。

「ルイーザ様!大変です!教会の図書室棟の老朽化した配管が破裂し、地下倉庫の古文書が水浸しになっていると!」

(水漏れ……? 地下倉庫……?)

その言葉を聞いた瞬間、私の冷静な思考は一気に崩壊した。

王宮の地下倉庫の最も奥まった、誰にも気づかれない場所。そこには、私が過去数年間、地道な節約と、わずかな少額の投資運用で得た記録を保管している。

前世の知識を活かし、七歳の時から私はこの資金を追放後の命綱として、大切に隠し通してきた。あの資金運用記録と換金に必要な書類が水浸しになれば、私の七年にわたる努力は水泡に帰し、追放後の死の運命を避けられない。

(いけない!これは**「静かにしている」場合ではない**。何が何でも、この命綱だけは守り抜く!)

私は決意を翻した。誰かに助けを求めるのは、その時点で騒ぎになり、私が**「空気」**でいられなくなる。何としても、極秘で、誰にも見つかる前に、自分の手で回収し、トラブルを収束させるしかない。

私は誰にも声をかけず、古びた麻のエプロンを着用し、ボロ布を抱えて図書室棟の地下倉庫へと、ほとんど駆け足で向かった。

地下は、予想を遥かに超える惨状だった。泥と水が床を覆い、何十年もの埃を吸った古文書が崩壊を始めていた。私は自分の書類を回収しつつ、騒ぎが大きくならないよう、誰にも見つからずに水を掻き出し、泥を拭き取るという、最も地味で報われない作業を続けた。

そんな作業を必死に続けていた、その時。

崩れかけた棚の陰から、一人の少女が立ち上がった。

セリーナ・フォン・エルトマン。

彼女こそが、この物語のヒロインであり、私を断罪し、追放ルートを確定させる役目を担うはずの、真の聖女だ。

(やばい!ヒロインだ!彼女に悪役令嬢として糾弾されなければ、私の追放ルートは開かない!)

私が持っていたボロ布を隠し、後ずさりしようとした瞬間、セリーナは私の全身を泥まみれのルイーザの姿をじっと見つめ、そして、その目に涙を浮かべた。

「ルイーザ様!やはりあなたは……」

セリーナは、私が拭き取った床の泥と、脇に寄せられた古文書の山を見て、震える声で言った。

「わたくし、聖女として研究をしていますが、この古文書こそが要なのです。水漏れを知り、誰もが**『汚い場所だ』と入るのを避ける中で、あなたが……『聖女の研究を守るため』**に、人知れず泥まみれの場所で……!」

(違う!私はただ、七年の努力の結晶である資金運用記録とトラブルを収めたかっただけなのに!……どうして?なぜ、ラインハルト様と同じように、この人も私の行動を真逆に解釈するの?)

セリーナは、私の必死の**「トラブル隠滅作業」を、「聖女である自分を支える、慈悲深すぎる献身」**だと完全に誤解していた。

「わたくし、感動いたしました!ルイーザ様こそ、真の聖女の心をお持ちです!貴女は、わたくしの同志であり、師です!」

セリーナは、そう言って私の手を力強く握ると、泥で汚れた私の手を、まるで宝物のように優しく包み込んだ。

(待って。あなたは私を断罪し、追放ルートを確定させる役でしょう!?なぜ師に!?)

私は複雑な心境に襲われた。ラインハルト様とセリーナ様という二大勢力に溺愛されれば、すぐに**「断罪」**されることはないだろう。それはつまり、貧困死を回避するための資金を準備する、猶予が生まれたということだ。

しかし、このままでは私は王宮という危険地帯に引き留められ、永遠に**「静かな逃亡(追放)」**の機会を失ってしまう。

私の**「望ましい破滅(=追放)」ルートは、二人の重要人物からの熱烈な溺愛という、「命の保証」と「自由の喪失」**という矛盾した贈り物によって、さらに遠ざかっていくのだった。

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