俺の幸せの為に、中二病こじらせた自称天使を堕天させたい。

橋元 宏平

第1話 社畜と中二病

 今日も今日とて、無能上司の尻ぬぐいをさせられて深夜まで残業。

 ストレスMAX、疲労MAX、疲労困憊ひろうこんぱい

 エナジードリンクの飲み過ぎで、心身共にボロボロ。


 どれだけやっても、終わりが見えない。

 そもそも、なんで俺がクソ上司の尻ぬぐいなんてせにゃならんのか。

 あんな使えねぇヤツ、とっとと辞めさせろよ。


 もういい、疲れた。

 キリの良いところまでやったから、帰ろう。

 家に帰ったら、シャワーを浴びて泥のように眠りたい。

 なまりのように重い体を引きずって、会社を出た。

 

 深夜だから、外灯が照らす薄暗い道には誰もいない。

 猫の子一匹、いなかった。

 ひとり寂しく歩いていると、正面から誰かが歩いてきた。

 中学生くらいの、細身で小柄な少年だ。

 何故か少年の全身が、美しく光輝いているように見えた。


 すれ違う時、ほんの少しだけ肩が触れた。

 少年が、何かを小さく呟いた気がした。

 直後、疲労が吹き飛んで急に体が軽くなった。

 

「え?」


 鬱々うつうつとしていた気持ちも、霧が晴れたようにスッキリしている。

 いったい、何が起こったのか。

 驚きのあまり、立ち止まって振り向いてしまう。

 振り向いた瞬間、少年の体が大きく傾いて地面に倒れした。


「うわっ? あのっ、大丈夫ですかっ?」


 慌てて抱き起こすも、気を失っているようだ。

 普段なら、見ず知らずの他人を助けようなんて1mmも思わないけど。

 どうしたことか、「この子を助けなければ!」という強い使命感に駆られた。

 ポケットからスマホを取り出し、救急車を呼んだ。


 まもなくやってきた救急車に乗せられて、病院へ搬送された。

 医師や看護師から事情を聞かれて、返答に困った。

「見ず知らずの少年が、目の前でいきなり倒れた」としか、言いようがない。


 医師の診断によると、目立った外傷はなく倒れた原因は不明。

 今夜はひとまず、経過観察けいかかんさつで入院させるそうだ。 

 明日、検査技師たちが来たところで詳しく検査をするらしい。


 さて、これからどうしたものか。

 少年は身分を証明するものも、スマホも持っていなかった。 

 これでは、家族に連絡することも出来ない。

 かといって、放っておくことも出来ない。

 もしかしたら、身ひとつで家出したのかもしれない。

 意識が戻ったら、本人から事情を聞こう。


 何はともあれ、目を覚ますまで待つしかなさそうだ。

 改めて、少年の顔を見つめる。

 中性的で、モデルのような可愛い顔をしている。

 正直言って、めちゃくちゃ好み。

 一目惚ひとめぼれしたと言っても、過言かごんではないかも知れん。

 だから、助けたいと思ったのかも。

 現金だなぁ、自分。


 そんなことを考えながら、少年の頭を撫でる。

 黄色い綺麗な髪は、ずっと触っていたいと思うくらい手触りが良い。

 しばらく撫でていると、少年の目が開かれた。

 黄色い瞳とバッチリ目が合い、慌てて手を引っ込めた。

 少年は驚いた顔をして、跳び上がるように上半身を起こした。

 取り乱して、キョロキョロと辺りを見回している。


「えっ? だ、誰っ? ここどこっ?」

「大丈夫、大丈夫だから落ち着いて。ここは病院だから」

「病院……?」

「そう。俺の目の前で倒れたから、救急車を呼んだんだ」

「倒れた?」

「何か、覚えてる?」

「えっと……」


 話してみると、見た目通りの中性的な少年声だった。

 だんだんと落ち着きを取り戻してきたのか、首を傾げて何かを思い出そうとしている。

 少年は、力ない声で話し始める。


「たぶん、力を使い果たしちゃったんだと思う……」

「力?」

「うん。ぼく、熾天使セラフィムっていう天使なんだ」


 天使?

 聞き間違いか?

 いや、確かにこの子は自分のことを天使だと言った。

 頭でも打って、おかしくなっちゃったのかな。

 とりあえず話を合わせて、続きを聞いてみる。


「んん? あ~……うん、そうか。それで?」

「熾天使は、傷ついちゃった世界を聖なる光で癒すのが使命なんだ」

「なるほど?」

「でも、苦しんでいる人間がめちゃくちゃ多くて、癒しても癒しても全然追い付かなくて……」

「確かに、ここ数年は感染症が蔓延まんえんしているし、戦争で傷付く人も多いよな」

「ぼくの力が足りなかったせいで、いっぱい死なせちゃったんだ……」

「そうか、たくさん頑張ったんだね」


 自称天使は、悔しさと悲しみが入り混じった大粒の涙を流す。

 泣き顔があまりにも可哀想可愛くて、抱き締めたい衝動に駆られる。

 でも、初対面の男にいきなり抱き締められたら、怖いし気持ち悪いだろう。

 抱き締めたい衝動を抑えて、ポケットティッシュを取り出して差し出す。

 

「はい、これ使って」

「ありがとう……」


 自称天使は、ティッシュペーパーで涙と鼻水を拭いた。

 しばらくして落ち着いたところで、優しく話し掛ける。


「それで、帰れそう? 家はどこかな? もし良かったら、近くまで送ってくけど」

「帰りたいけど、帰れない」

「なんで?」

「聖なる力を使い果たしちゃったから、羽根も消えちゃって天界へ帰れなくなっちゃったの……」


 自称天使は、しょんぼりと落ち込んだ顔で涙をこぼしている。

 その泣き顔を見ていると、どうしようもなく庇護欲ひごよくをそそられる。


「だったら、うち来る?」

「え? いいの? 迷惑じゃない?」


 涙でうるんだ瞳で、すがるように見つめられると胸がときめいた。

 俺は基本的に、人を自分の家に入れるのは嫌なんだけど。

 この子だけは迎え入れてあげたいと、初めて思った。 

 優しく笑い掛けて、手を差し伸べる。


「いいよ、おいで」

「じゃあ、力が戻るまでお世話になります。えっと、ぼくは、黄葉きばといいます」

「俺は、藍染あいぜん。よろしくね」

「はい。こちらこそよろしくお願いします、藍染さん」


 黄葉くんは、俺の手を取って嬉しそうに笑った。

 初めて見る笑顔はとても可愛くて、守ってあげたいと心から思った。

 こうして、自称天使との不思議な同居生活が始まった。


 ꒰ঌ♥໒꒱‬꒰ঌ♡໒꒱


 一方その頃、天界では――


「お~い、誰かぁ~っ! 黄葉、どこ行ったか知らねぇ~っ?」

「黄葉くんなら、いつものように人間たちを癒す為に人間界へ行ったんじゃない?」


 智天使ケルビム水卜みうらは、黄葉を探していた。

 座天使ソロネ緑谷みどりたにが答えると、主天使ドミニオン赤艸あかくさうなづく。


「今朝早く、黄葉さんが出てくとこ見たよ」

「黄葉ちゃんは、働きすぎだよねぇ。いつか、力の使いすぎで倒れんじゃないかって心配だよ」


 能天使パワーズ紺箭こんやは、深々とため息を吐き出した。

 力天使ヴァーチューズ桃嵜ももざきは、少しおどけた口調で言う。


「マジで力尽きて、どっかで倒れてんじゃない?」

「黄葉くん、まだ戻ってきてないの? 探してこようか?」 

「待ってくれ! 黄葉ちゃん探すんなら、ボクも行くっ!」


 権天使プリンシパリティーズ橙木とうぼくが走り出すと、大天使アークエンジェル紫牟田しむたも慌てて後を追った。

 

 熾天使は最高位の使者として、神の聖性と栄光を象徴する天使。

 神によって創造された存在であり、神に最も近い存在としての特別な地位を持っている。

 また、神の意志を他の天使たちに伝える役割がある。

 偉大なる熾天使が行方不明になるということは、天界において大事件であった。


―――――――――――――――――――――――

【天使の階級と象徴】

熾天使してんしSeraphimセラフィム)聖性・栄光・謙虚けんきょ献身けんしん

智天使ちてんしCherubimケルビム智慧ちえ叡智えいち

座天使ざてんしThronesソロネ)神の玉座・神の戦車

主天使しゅてんしDominionsドミニオン)統治・支配

力天使りきてんしVirtuesヴァーチューズ高潔こうけつ美徳びとく

能天使のうてんしPowersパワーズ贖罪しょくざい教示きょうじ

権天使ごんてんしPrincipalitiesプリンシパリティーズ守護しゅご興亡こうぼう繁栄はんえいと滅び)

大天使だいてんしArchangelsアークエンジェル)神と人間を結ぶ卓越たくえつした使者

・普通天使(Angelsエンジェル)教徒に付き添って、信仰を守り導く

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