第25話 アレックスの体
一週間後の夜
橙色のランプの光が二人を照らしていた。
夕食を終えてお風呂にも入った二人が、テーブルを挟んで静かにくつろいでいる。
満月の夜だった。その日のトレーニングでは剣の打ち合いでアレックスが初めてライラに勝っていた。
彼の上達ぶりは目を見張るものがあった。
体も引き締まって美しかった。
ライラの気持ちは複雑だった。
アレックスの成長は嬉しいが、一方で自分に自信が持てなくなっていた。
肝心なところで自分を制御できないなんて、そんな自分の欠点が克服できていないような気がした。
自分の体にも自信が無くなって来た。筋力や敏捷性は飽和したのかあまり変わらず、剣の腕を落とさないようにするのに精いっぱいだった。
「夕食とても美味しかったよ」
アレックスがライラに言った。
食事はライラが作ることが多い。
「どういたしまして」
素っ気ない返事にアレックスはライラの気落ちを感じた。
「今日は満月だね。あと2週間とちょっと。新月の時に次の冒険が始まる訳だね」
「ええ。うまく行くかしら? 少し不安」
「大丈夫だよ。僕らに加えてキースとメル。最強のチームだ」
「エリーゼ様は3年前に一人でそれをやってのけたのよね?」
「どうだろう。サポートが一人くらいいたんじゃない? それにライラとエリーゼ様は同族の可能性があるって話だよね」
「私はあの方のように凄くないから……」
「ライラ、君は王女に相応しいし、エリーゼ様以上の存在だと僕は思うんだ」
「……」
不安があるのだろうか? 自信を失いかけているライラは何も答えずに寝室に向かった。
「もう遅いから、寝るわ」
「おやすみ……リトルウイング」
アレックスは部屋を出て行く小さい背中を目で追った。
ふと思い出した。最近ライラは夜に外で踊ることが無くなった。
そういう気分ではないのだろう。
「フラフ、ライラをどう思う?」
毛玉のPODが的確に答える。
「心理的な蟻地獄に落ちつつありますね。原因はあなたが『不用意に』彼女に食べられてしまった事です。彼女は自分で気づいてはいませんが未だにトラウマになっているようです」
「そうなのか……」
月を見ながらしばらく考えていたアレックスは決心した。
「フラフ、ちょっと僕、ライラを慰めて来るよ。君はここに居て!」
「はーい」
アレックスは犬の姿になって、ライラの寝室に入っていった。
ライラはベッドの上にあおむけに寝ていて目を手首で隠していた。まだ眠りにはついていないようだった。
ちらりと犬の姿のアレックスを見て、気にせずにまた同じ姿勢に戻った。
アレックスはゆっくりとベッドに近づくと、ぴょんと飛び乗った。そしてライラの隣に伏せの状態で横たわった。
「なあに、アレックス?」
ライラが呟いた。犬のアレックスは何も答えずじっとライラを見つめた。
「私、なんでドラゴンなんかになっちゃうんだろ」
ライラがまた涙を少し流し始めた。アレックスは足を横に伸ばしてライラと反対の方向に顔を向けた。
「私の事怖いよね、嫌いだよね。ごめんね」
そう言うとライラはアレックスの背中を抱きしめた。
「アレックス、私寂しい。こんなに孤独を感じたことは無い。ねえ、人間になって」
ライラが懇願するとアレックスは少し考えてからゆっくりと人間の体に変化させた。
ライラはお風呂上がりのいい匂いのするアレックスの背中、首の近くに顔をつけて細かく体を震わせた。
アレックスは仰向けになって、ライラの髪を撫で始めた。今のライラは、まだ大人になりきれないただの少女だった。
ルミナセルの夜はそうして更けていった。
✧ ✧ ✧
一時間も眠っただろうか、ライラは窓の隙間から部屋に入って来る少し寒い夜風に目を覚ました。
アレックスは隣で熟睡しているようだった。
「気落ちしている私を慰めてくれてありがとう」
ライラはそう小さく呟くとブラケットを掛ける前にアレックスの胸を優しく触った。
(もう、裸なんだから。風邪ひくよ)
ライラはブラケットを掛けてあげようとした時にアレックスの下の方もつい見てしまった。
(わ、わざとじゃないし!)
「え???」
頬を赤くしたライラの目が一気に覚めた。
驚くべき事実がそこにはあった。
「あるべきものがない! 何この人!?」
アレックスの体は異常だった。
意を決してライラはアレックスにブラケットを掛けた後、起こした。
「アレックス! ねえアレックスてば!」
「んん? 何? ライラ……」
目をこすりながらアレックスが目を覚ました。
「ねえ! あなたの体、変よ!」
「え? どこが?」
「どこがって……あなた、男でしょ!」
「うん?」
「あの、あれが……下のものが無いわよ!」
「あ、そのこと? よくわからないけどもしかしたら性別がおかしくなってるかも……」
「何呑気なこと言ってるの? エリーゼは知ってるの?」
「知らないと思う。見せてないし」
「どうするのよ!」
「別に……不自由は無いし」
「ああ……だめでしょう!」
「なんで?」
「なんでって……いや別にいいけれども! いややっぱりだめでしょう! ああ!」
「なんでライラが混乱してるの?」
「とにかく、明日エリーゼに緊急連絡よ!」
「ま、いいけど。不自由ないのに……」
翌日、エリーゼにアレックスの体のことを連絡すると、エリーゼは平謝りだった。どうも再生の過程でミスがあったらしい。
ライラがすぐに治すように頼むとエリーゼはこう言った。
「ごめんなさい。悪いけど、手術は二か所目の旅が終ってからにしてくれない? 治療には時間が必要だから。今の体でも特に支障はないでしょう?」
「支障はありませんけども!」
「それにしても、どうしてわかったの?」
「……プライベートです! 詮索しないでください!」
「ふふん、そういうことね。じゃあなおさらだわ。いちゃいちゃしすぎないでトレーニングに集中してちょうだい」
「大きなお世話です!」
ライラは顔を真っ赤にしながら通信を切った。
(私は何もしてないのに勘違いされた!)
気が付くと、うじうじしていた昨日までの気持ちはどこかに吹っ飛んでいった。
良くも悪くもアレックスはライラの心に大きな影響を与えるのだった。
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