第6話 1年間のトレーニングが終了

 ライラとアレックスのトレーニングが始まって半年が過ぎた。

 ある日、キースが慌てた様子で王女の元に駆け込んできた。


「エリーゼ様!」

「何事? キース」

「ラ、ライラが突然、あ、あれに変身を!」


 キースはライラとマンツーマンでトレーニングしていた時に、彼女が突然思いもよらないものに変身したことを詳しくエリーゼに報告した。


「……まさか。あの子白鷺しらさぎ以外にも変身できるとは思っていたけど、そんなものに……」

「あの子はヤバイです。ああなったら私でも制御しようがありません!」

「……わかったわ、キース。この事は他の者には黙っていなさい」

「こ、このまま、ライラを王女候補として進めていいのですか?」

「様子を見ましょう。リスクはあるけど何とかなると思う。それで……その後彼女は?」

「ええ、何とか元に戻りました。変身中の記憶もわずかに残っているようですが、よく分からないと申しております」

「じゃあ、とりあえず、トレーニングは変えずに継続しなさい。また変身しないようによく注意してね」

「は、はあ。分かりました……」


(もう、ちょっとビビるよなあ)


 キースは今後のライラに不安を感じた。

 そして、取ってつけたようにもう一つの情報をエリーゼに伝える。


「エリーゼ様、アレックスの変身能力についても確認をしております。一応ご報告を」

「アレックスは何に変身を?」

「犬でございます」


「犬?」

「……犬です」


「狼じゃなくて?」

「……普通の犬です」


「……ださいわね」

「いくらアレックスでもその言い方は可哀そうかと。尻尾を振って結構可愛いのですよ」


「わかったわ、彼の変身能力には期待しないことにしましょう。せめてお前みたいな鷹とかでしたら良かったのですけど」

「は。ありがとうございます」


 そう、アレックスは犬に、キースは鷹に変身できるのであった。



 ✧ ✧ ✧



 月日が経ち、ライラとアレックスの1年間のトレーニングが終った。


 それまでの人生で何かと戦ったことが無かったライラも、筋トレ以外には肉体的な鍛錬をしてこなかったアレックスも、一年に渡ってトレーニングを行えば、それなりにいっぱしの冒険者としての資質が身に着くものである。


 それにライラは十七歳になり、一年の間にそれは魅力が増していた。二人はトレーニング仲間としてだけでなく、友達、いやそれ以上の信頼と感情を互いに持つようになっていた。


「キース、二人の仕上がり具合はどうなの?」


 王女エリーゼがコーチをつとめた従者に問うた。

 片膝をついたキースが淡々と状況報告を行う。


「は、ライラは能力的には十分です。例の模倣能力により今では私と全く遜色のない剣の使い手となっております。また他の超能力についても非凡な才能をみせております」

「ふーん。それは良かったわね。アレックスの方は?」

「……」


(コメントが若干塩っぱい。エリーゼ様はライラに冷たい気がする)


「キース……?」


(……はっ! 答えなければ)


「あ、アレックスの方は、そうですね。剣術などの戦う能力については今一つなのですが、勘がいいとうか邪道というか……あの手この手で最低のラインは何とかクリアしているかと……」

「その様な状態で大丈夫なのですか?」

「彼はずる賢いのでまあまあやっていけると思います。あと彼のPODはとても優秀です」

「ポッド……あのかわいい毛玉?」

「はい。フラフと呼びますが、あれの知能は製作したアレックスよりも高いと思います」

「それって……少し悲しいわね」

「アレックスに追加訓練をした方がよろしいでしょうか? 合格ぎりぎりですが……」

「まあ、いいわ。何とかなるでしょう」


(アレックスには少し甘い様な気がする……)


「ところでエリーゼ様、一つよろしいでしょうか?」

「何? キース」

「私もエリーゼ様に作られ仕えて早二年。今では立派な従者となりました」

「……そうね。いつもありがと」


(う、棒読みセリフ。ライラにだけではなく、この私にも冷たい?)


「あの、私は創造主のエリーゼ様を慕っております。自慢じゃありませんが、結構外見もお気に入りかと……」

「そうね。私の趣味で作ったからね、当たり前だわ」


(くっ、私はくじけんぞ)


「あの、どうか私めの立場をどうかもう一段上げていただけませんでしょうかっ!」

「……?」

「……!」

「は? いみふなんだけど」

「わ、わかりますでしょう!?」


 少しの沈黙が空気を支配した。


「……もしかして、私と付き合いたいとか?」

「は、恥ずかしいですが! その通りでございます!」


 エリーゼは少し考え込んだ。


「キース。お前は見た目も中身もたいへん立派な男性なのはわかっています。ですけれどね、世界は広いのですよ。私はもっと魅力的な者がどこかにいるのではないかと思っています。それにどうせ時が来たら私は……」


「そ、そんな! どこまでも私はエリーゼ様のお供をしますから!」

「それから、キース、あなたにはライラ達と一緒に聖石(オーライト)を求めに行ってもらいますからね」


「え、ええ~? なぜに私がそんな困難な旅に! しかもエリーゼ様の元を離れるなんて!」

「あのね、私の相手をしたければ、それくらいの事はこなしてもらわないといけません。わかりますか?」


 キースはエリーゼのセリフの意味を考えた。これはもし聖石を持ち帰ったら自分にも芽があるのではないか? そう言っているのだと信じたい……そう考えると簡単に舌が裏返った。


「はい、承知いたしました! 行かせていただきます!」


 この男、どれだけエリーゼのことが好きなのだろうか……

 ある意味アレックスよりも犬っぽい。

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