虚しい告白

 時刻は放課後になる。


 俺はみんなが部活動や下校で去っていった教室に残り、逢乃あいのとともに日直活動をする。


 机を挟んで対面に座り、日誌を書く。


 といってもさすがは優等生の逢乃あいので、日付や欠席者遅刻者などの簡単な項目はもちろんのこと、時間が掛かりそうな各授業の様子までもすでに書き終わっており、残す空欄は今日一日の感想だけ。


 日直を理由にして部活の時間を少しでも削ろうと画策していたが、どうやら無理そうだ。……まぁどのみち神子上みこがみの策を阻止できた今どうでもいいことだけど。


 逢乃あいのはボールペンをあごに当てる。


「んー、感想は何を書こっか?」

「特に変わったことはなかったよな。無難に勉強に取り組む姿勢とかでいいんじゃないか」

「そうだね。中間テスト前だから、みんな普段よりも一段と授業に集中してる感じだったし」

「決まりだな」

「でも、これだけだと余白が出るから他にも何か書き足そう。んー、そうだなぁ……『唯一、明瀬あかせ真昼まひるくんが全然授業に集中していませんでした』でいいかな」

「……午後はしてたよ。そもそも逢乃あいのは俺より前の席だから俺の授業態度は見えない」

「じゃあ『かく言う私、逢乃あいのこよみも授業を疎かにして明瀬あかせくんのことを見てました』って付ければ辻褄が合うね」

「自分を犠牲にしてまで嘘をつくなよ……」

「でも明瀬あかせくんのことに関しては本当のことでしょ。明瀬あかせくんには勉強よりも優先しないといけないことがあったもんね」


 俺の顔色を窺うように視線を向けてくる。気になるなら普通に訊けばいいのに。


早咲はやさきの件ならもう決着がついたよ。結論を言うと、全て神子上みこがみの策略で虚言だった」

「そうなの? せっかく十パターンのときめく返事を考えてたのになぁ」

「またそうやって嘘を。俺と早咲はやさきは図書委員で会うわけだから、もし本当にそうなら昼休み前に相談しないと意味がないだろ」

「今朝みこちゃんが続きは放課後って言ってたから昼休みは発展しないと思ったんだよ」

「じゃあその考えてた返事を聞かせてくれ」

「一、シンプル一直線な『早咲はやさきからの告白すごく嬉しかったよ。俺も早咲はやさきのことが好きだ』。二、照れた感情が垣間見える『その、じつは俺も早咲はやさきがいいなって思ってて……もっと早咲はやさきのことが知りたいから、俺たち付き合おっか』。三、落として上げての落差がある『ごめん、早咲はやさきの告白は受け取れない。……だって俺から告白したいから。早咲はやさき、俺と付き合ってくれ』。四、めちゃめちゃ相手を褒め……」

「もういいっ、なんか小っ恥ずかしくなるからやめてくれっ。……ったく、マジで考えてたなんて……テスト前に何やってんだよ……」

「もちろん、明瀬あかせくんを応援したかったんだよ。告白なんて大イベントは早々あるわけじゃないから、ここは幼馴染として人肌脱ごうと思ってね」


 まず俺が早咲はやさきに好意を抱いている前提で話を進めないでほしい。俺の気も知らないで、ほんとに余計なお世話だ。


「でも、全部みこちゃんの台本なら取り越し苦労になっちゃったな。明瀬あかせくんも残念だったね」

「むしろ神子上みこがみの鼻を折るチャンスを掴めて喜ばしいぐらいだよ」

「強がりさんだなぁ。みこちゃんと口論してると貴重な時間が無くなっちゃうよ。本物の差出人を見つけなくていいの?」

「もう諦めてる。この謎は時間的にも情報的にも少なすぎて手に負えない」

「なんか明瀬あかせくんらしくないね。たとえ期日が過ぎても答えを追求すると思ったけど」

「俺は探偵じゃなくて普通の高校生だからな。どうしようもないこともある」

「今朝はあんなに早く登校するほどやる気を見せてたのに、たった一日で急な心境の変化だね」

早咲はやさきの件で時間を潰されたからな。──それにやけに突っかかってきて逢乃あいのこそらしくないぞ。もしかして差出人は逢乃あいのなんじゃないか?」


 冗談っぽく聞こえるように努めて言うと、逢乃あいのは何やら不敵な笑みを浮かべる。


「どういう推理でそう思ったのかな?」

「単に言ってみただけだけど、あえて推理を捻り出すなら消去法だな。早咲はやさきの可能性が無くなった今、一目惚れの線があり得ない前提では逢乃あいのしか残っていない」

「もし私なら明瀬あかせくんの恋の応援なんてしないよ。それで早咲はやさきさんとくっついちゃったら私ド阿呆じゃん」

「初めから神子上みこがみの策略が失敗する読みで俺をからかってたんだろ。早咲はやさきの様子(演技)は誰の目から見ても不自然だったから、俺が神子上みこがみの目論見だと看破するのは想像に難くなかったはずだ」

「…………」


 逢乃あいのは口を閉じて無言になると、手に持っていたボールペンを日誌の上に置く。


 目を伏せ、重ねた両手を胸に当てて一度だけ静かに深呼吸をする。


 そしてゆっくりと顔を上げ、俺を一途に見つめて口を開く。



「そうだよ。私がラブレターの差出人なの」



 淀みのない声でそう言った。


「返事を……聞かせてもらえるかな?」


 期待を示すように、または恐怖を押し殺すように微笑み、俺の次なる言葉を待つ。


 夢の中でさえ叶わなかった光景が目の前に現れて俺は────「はぁ~」と嘆息した。


「本音は?」


 逢乃あいのはキョトンとして「本音? なんのこと?」とはぐらかす。 


逢乃あいのの反応は到底差出人に見えないって言いたいんだ。匿名で出すほど相手のことが気掛かりな人間が、こんなテキトーな推理で辿り着いた気軽な問いかけに対して正体を明かすなんてしっくりこない」

「期日が今日までだから焦って告白したんだよ」

「焦るぐらいなら匿名で出さないし、期日を設けない」

「私、明瀬あかせくんのことが好きだよ」

「心がこもってないし、どうせ続きがあるんだろ。友達として、とかな」


 逢乃あいのはバッと口を手で隠して目を逸らす。


 俺がそのあからさま過ぎる反応を見続けていると、やがて手を外して上がった口角を見せる。


「ふふ、さすがは明瀬あかせくん。私の反応で私でないことを推理したみたいだね」


 肯定の笑みを浮かべ、パチパチと手を打ち鳴らす。


 やっぱりお得意の嘘か。あの聡明な逢乃あいのこよみを相手に白状させられた時点でおかしいしな。


「もっとドギマギした明瀬あかせくんを見れると思ったのになぁ。ざんねんざんねん」

「一般人相手にガチ演技するなよ……」

「今部活で王子様に恋するお姫様を演じてるからね。告白シーンの練習にちょうどいい雰囲気だったから我慢できなかったの。返ってくる反応次第で技量も測れるしね」

「それで俺が本気にしたらどうするんだ?」

「その時はその時で良かったかな。私、明瀬あかせくんのこと好きだし」

「……はいはい。もう演技は終了して、早く日誌を終わらせよう」


 これ以上会話を続けるのは虚しいし、俺のほうが本音を吐き出してしまいそうになる。


 逢乃あいのはクスッと笑い、「そうだね」とボールペンを持った。


 そして書こうとしたところで手を止め。


「でも本当に……早咲はやさきさんでもなければ、もちろん私でもない。差出人は一体誰なんだろうね?」

「……さぁな。神子上みこがみ探偵に分からないんだったら知りようもない」

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