料理の待ち時間の最適解

 駅を降りてから徒歩二十分ほどで喫茶店『悠々ゆうゆう』に着いた。


 時間を距離に換算するとまぁまぁあったが、逢乃あいの神子上みこがみの雑談に付き合っていたらあっという間に感じられ、歩くことよりも喋ることのほうが疲れたぐらいだ。


 今日あれだけ移動したり着替えたりしたにもかかわらず至って元気な神子上みこがみは、おもちゃ屋を前にした子供のように嬉々とする。


「おぉ! 前に来た時も思いましたが、やっぱりオシャレな外観ですね! 裏通りにあるのが勿体ないぐらいです」


 その感想には同感だ。


 りん姉が店主を継ぐ時に木造だった建物を改築し、今は煉瓦の壁に扉型の窓が並ぶ洋風なデザインにしつつも、ドアや窓などの枠を木製にすることで昔ながらの和の雰囲気を残した素敵な様相となっている。


「これが国道沿いとかにあったら大繁盛だろうな」

「今でも結構な人数が来るから、むしろ裏に引っ込んでてよかったってりんちゃん言ってたよ。特に改築してからは私たち高校生とかの若いお客さんも頻繁に来るみたい」

「たしかに俺が月二、三回は通うほどだからな」

「えぇ、そうだったんですか!? 行く時は私も誘ってくださいよ!」

「だから今日誘っただろ」

「今度からもです!」

「俺は一人でゆったりと過ごしたい派なんだ。それに神子上みこがみは小説の仕事でそれどころじゃないだろ」

真昼まひるくんやこよちゃんが呼べばそちらを優先します」

「そこは読者のことを考えて仕事を優先しろよ……」

「みこちゃんみこちゃん。明瀬あかせくんは休校日つ人が混まない時間を見計らって行くから、その時を狙っていけば高確率で会えるよ」

「なるほど。やってみます」

「本人の前で話したら意味ないからな。……ったく、冗談を言ってないで早く中に入るぞ」


 と言いつつも、念のために行く日時をずらそう。学校でも付き纏われて大変なのに休日の癒しタイムさえも奪われたらストレスで頭が狂う。


 俺が先頭に立ってお店のドアを開けると、中から珈琲のコク深い香りと仄かにスイーツの甘い匂いが漂ってきて、それだけで(頻繁に通って脳が学習しているらしく)心が落ち着き、空腹を刺激する。


 店内は天井が高く広々とした造りで、アンティークなテーブルや椅子を使って和の趣を演出しながらも、ガラスシェードのペンダントライトで幻想的に照らし出された様は見事にレトロとモダンが調和している。


 席はカウンターとテーブルがあり、テーブル席のほうに一組の老夫婦がいるだけで他には誰もいない。やはり休日のこの時間帯は空いているようだ。


 すると厨房で食器を拭いている黒髪の女性──りん姉が俺たちに気づいて軽く手を振り、


「お、三人とも来たな。いらっしゃい」


 屈託のない笑顔を浮かべて出迎えてくれる。


 三人でカウンター前に行く。


りん姉、お邪魔します!」

「おう。白愛はくあはひと月ぶりだな。どうだ、こっちの生活には戻れたか?」

「色々と懐かしさを感じてますよ~。でもやっぱりりん姉が喫茶店の店主をしていることが一番驚きましたね」

「それは似合わないってことか?」

「い、いえ! ギャップがあっていいなぁと思っただけです! 似合う似合う!」

「ならいい」


 神子上みこがみの言いたいことも分かる。


 今ではサラサラのロングヘアで清楚然としたりん姉だが、昔はボサボサのウルフカットで威圧感を全面に出した元ヤンだった。


 と言っても、悪事に手を染めたり迷惑行為を働いたりしていたわけでなく、どんな場面でも己の意志を貫き通す性格なため、周りから素行が悪いふうに捉えられていただけだ。知り合いの俺たちからすれば悪というよりもカッコいい感じ。口より先に手が出るタイプなのはいただけないけど。


 この店を手伝う過程で身嗜みや言葉遣いに気をつけるようにしたとのこと。ちなみに真白ましろが男勝りになったのもこの人の影響らしい。


りん姉、昨日急に電話してごめん。ちょうど三人で集まるから良い機会だと思ったんだ」

「べつにうちは予約制ってわけじゃないし、電話せずともいつでも来ていいからな。ほらほら、突っ立ってないで好きなとこに座りな」


 促されるまま俺がカウンターの椅子を手前に引き出すと、逢乃あいのが「ん?」と疑問の声を出す。


「カウンター席にするの? テーブル席のほうが喋りやすくない?」

「三人なら横並びでも距離が近くなるから大丈夫じゃないか。ほら、料理を運ぶ手間も減るし」

「ああ、たしかにそうだね」

「べつに私のことは気にしなくていいぜ。それとも真昼まひる、女の子二人の前だから気遣える男を装ってカッコつけてんのか~?」

「違うって。素直にそう思っただけだよ」

「照れるなよ。いつもはあの角の席に行くくせに。真昼まひるも案外可愛いところがあるのな」

「…………」

「まぁまぁりん姉とも話したいですし、真昼まひるくんの優しさを尊重してカウンター席にしましょう」


 俺は釈然としない気持ちになりながらも、電車での過ち(帰りでも俺の両側に居座ってきた)を繰り返さないために素早く一番端っこの席に座る。案の定、画策していたらしい逢乃あいの神子上みこがみが目を細めてきて、仕方なさそうに席についた。あぶないあぶない。


 りん姉が「ほい、好きなの頼め」とメニュー表を渡してきて、真ん中に座った神子上みこがみが受け取る。


「わぁ、レパートリーが多いですね。これ全部りん姉一人で作れるって凄すぎませんか」

「じいちゃんに叩き込まれたからな。栄養士の資格も持ってるからそっちもばっちり」

「ほぅほぅ。これだけあると悩みますね~。こよちゃんと真昼まひるくんは何にしますか?」

「私はお腹ぺこぺこでがっつりしたのが食べたいから、ハンバーグプレートにしようかな。種類はたっぷりチーズとトマトソースでお願い!」

「俺はそうだな……今日はタルト&ピザのカフェプレートにするか。タルトは抹茶で、ピザはマルゲリータで頼む」

「二人ともメニュー表を見ずに……これが常連と一見の違いですか……」

こよみ真昼まひるは中学生の頃から来てるからな。学生代表でたまに新作の試食も頼んでるし」

「試食! 今度機会あれば私もぜひ!」

「おう。その時は白愛はくあもよろしくな」


 神子上みこがみはじぃーっとメニュー表を見つめてしばらく悩んだ末、「どれも美味しそうなので見栄えがオシャレなこれで!」と、野菜たっぷりベーコンのキッシュプレートを頼んだ。


 りん姉は「おっけ。ちょっと掛かるから雑談でもしてな」と調理に取り掛かる。


 逢乃あいの神子上みこがみが話題を振ってくる前に、俺は口を開く。


神子上みこがみに訊いてもいいか?」

「なんですか?」

「ラブレターの件はどうなった?」


 ラブレターの示した期日は明日の放課後までだ。その切羽詰まった状況にもかかわらず、ここまで一切言及がないことや態度に焦りが出ていないところを見るかぎり何かを掴んでいるのだろう。今どういう考察をしているのか気になる。


 果たして、神子上みこがみは特に感情を表さず、


「また唐突に訊いてきましたね。ここまでその件を話に出さないから忘れてると思ってました」

「俺は鳥頭か。これを話し出すと長くなるしショッピングやコスプレ撮影に水を差すと思ってやめてたんだ。でも今の待ち時間ならちょうどいいだろ」

「たしかに脳を使うことで空腹を高め料理をさらに美味しくいただくのはこの場の最適解です。それにこよちゃんも真昼まひるくんから聞いてるんですよね?」

「うん。追及して話させた」

「でしたら三人で推理を進めましょう。と言ってもお二人は私の推理をただ聞くだけで終わるでしょうけどね」


 フッフッフと笑って探偵節を出し始める。この鬱陶しさはやはり推理が進んでるらしい。


「もしかして差出人が誰か分かったのか……?」

「はい」

「……教えてくれ」

「いいでしょう。私が匿名のラブレターの差出人と睨んでいるのは────」


 俺は息を呑む。


 そして神子上みこがみの口から出た名は。


「──早咲はやさき利音りねさんです!」

「…………冗談はいいから、早く本当の差出人を教えてくれ」

「冗談じゃないです」

「えぇ……本気か? なんで早咲はやさきになるんだよ……」

「もちろん証拠があるからですよ。一昨日の真昼まひるくんだーいすきイチャイチャ作戦で絡んできたのは早咲はやさきさんだけ。しかも昼休みという早い段階で。もうこれは決定的でしょう」

「…………」


 ラブレター以外の手がかりがない状況で差出人まで迫ったのかと驚きや、まさかこんな頓珍漢な推理が出てくるとは……神子上みこがみの能力を買いかぶりすぎたな。


「私の推理が凄すぎて言葉も無くしちゃいましたか」

「開いた口が塞がらないんだよ。単純な推理すぎてな」

「むっ。百歩譲って単純な思考だとしても早咲はやさきさんが怪しいことに間違いはないでしょう」

「いや、早咲はやさきだけはない」

「なぜ言い切れるんですか?」

早咲はやさきが一番差出人としての行動から外れているからだ。匿名でラブレターを出すようなやつが、あんな大胆に絡んでくるわけがないからな」

「それは私という恋人が現れた予想外の事態に機が動転したと考えれば自然です」

「それが単純だって言ってるんだ」


 このまま誤った推理で物事を進められると、俺は元より早咲はやさきにも後々迷惑をかけてしまいそうな気がするのでここは正しておきたい。


「まず大前提として、あの作戦の目的は部室で話した二つ目の可能性である、俺の恋心が知りたい人間がいるかどうかを調べるためで、その人間は俺と疎遠な人という結論に至ったよな?」

「そうですよ。身近な人であれば匿名のラブレターなんてものを出して確認せずとも、真昼まひるくんの恋心がどうかなんて分かっているでしょうから。……まさか前の推理で早咲はやさきさんを身近な人に分類したから当てはまらないと言いたいんですか?」

「それもあるけど、仮に早咲はやさきを疎遠に分類して考えた場合、早咲はやさき自身にも俺と疎遠の自覚があることになり、すでに俺に好きな人がいるかもしれないという覚悟の上に行動しているはずだ。そんな早咲はやさきが俺に恋人がいることを知って気を動転させると思うか? 残念がって落ち込みはすれど、様子見もせずに声をかけてくるほど取り乱しはしないだろう。特にそれが俺を部活にしつこく勧誘するほどの関係にあった神子上みこがみなら余計に予想外ということはない」

「私たちのあまりのラブラブさに嫉妬して思わず話しかけてしまったってことも……」

「そのわりに早咲はやさきはペンダントの捜索依頼っていう明確な目的を持ってたけどな。実際にペンダントは陸上部の部室で見つかってるし、思わずにしては計画的すぎる」

「そう言われるとそうですけど……」

「そもそもあんなクサイ演技で引っかかるようなやつなんていないしな」

「どこをどう見ても完璧でしたでしょう! こよちゃんも見てましたよね! 百点満点で評価をください!」

「んー、可愛かったからおまけして二十五点」

「低っ! 可愛くなかったら一体何点だったんですか!?」


 演技素人の俺でも低レベルだと思ったのに、演劇部の逢乃あいのはそりゃそういう評価になる。


「以上の点から早咲はやさきは差出人ではない。大体、早咲はやさきとは図書委員以外に接点がなくて好かれる理由が見当たらないしな」

「一目惚れの線もあるじゃないですか!」

「俺の学校での態度を見ればその可能性がないのは確定だろ。誰もが羨むイケメンってわけじゃあるまいし」

明瀬あかせくんはかっこいいよ」

「そうですよ。中の上ぐらいはあります。自信を持ってください」

「なんで慰められてんだ俺…………とにかく、早咲はやさき差出人説を唱えたいならもっとマシな証拠をもってこい」


 神子上みこがみは「ぐぬぬぅ……」と悔しそうに歯噛みして黙り込む。名探偵が聞いて呆れるな。


 少しだけ無言の間が訪れたあと、ピザ窯のほうから戻ってきたりん姉が、ハンバーグのタネをフライパンで焼きつつ、


「さっきからなんか推理してるっぽいけど、真昼まひる白愛はくあはまた探偵ごっこしてるのか?」


 どうやら先程の俺たちの会話は聞こえていたらしい。やっぱりカウンター席だと筒抜けだな。


「探偵ごっこをしてるのは神子上みこがみだけで、俺は依頼者だよ。俺宛に匿名のラブレターが届いたから何でも部の神子上みこがみに頼んだんだ」

「ディテクティ部です! それにこの件は内密じゃなかったんですか?」

りん姉は学校関係者じゃないから問題ない」


 するとりん姉は「匿名のラブレター……?」と疑問顔で逢乃あいののほうを見る。


「なんでも火曜日に登校した時に下駄箱で見つけたらしいよ。そのラブレターには差出人の名前が書かれてなくて、一週間後の放課後までに明瀬あかせくんからの告白を待ってるっていう不思議な内容だったんだよね」

「はい、その通りです。ですから私がその差出人を見つけることを請け負った代わりに、真昼まひるくんが我がディテクティ部へ入部することになったんです」

「差出人を見つけたらの話だろ。約束を捻じ曲げるな」

「へぇ…………まぁなんとなくは分かった。お前ら青春してんなぁ」

「俺にとっては厄介の種でしかない」

「そんな悩むことないじゃねぇか。さっきチラッと早咲はやさきって名前が聞こえたけど、差出人がその人気者の子の可能性があるんだろ。むしろラッキーじゃん」


 その言葉に、鋭い逢乃あいのが首をかしげる。


「あれ? さっきの会話で早咲はやさきさんが人気者だって誰も言ってないよね。もしかしてりんちゃんって早咲はやさきさんのこと知ってたの?」

「ああ、前に真昼まひるから聞いてたからな。読モするぐらい可愛い子って」

「客観的な感想だよ。まるで俺がそう思ってるみたいに言わないでくれ」

「でも可愛いことに変わりはないんだろ。そんな子に好かれるなんて真昼まひるも隅に置けねぇな」

「だから同じ図書委員なだけだって」


 人気者に絡まれて大変だと愚痴を溢したつもりだったが、どうしてそれを色恋沙汰にしてしまうのか。逢乃あいのが加勢して茶化しが酷くなる前に話を戻さなければ。


「なんにせよ、早咲はやさきが差出人だってことはさっき否定された。現状これといった推理はなく、期限も明日までだから差出人を見つけることは不可能だろうな」

「いえ、まだまだ推理する時間はあります。絶対に見つけ出しますよ」


 俺の諦めムードにも靡かず、神子上みこがみの自信は少しも折れない。


「それに真昼まひるくんだって、実のところは諦めていないんでしょう? 私よりも早くこの謎を解いて入部を阻止する気が見え見えです」

「…………」

「まぁそれよりも私が解くほうが先ですけど。今さら約束の反故は無しですからね」

「……上等だ」


 その煽りに乗ってやろう。


 俺はりん姉に顔を向ける。


りん姉に訊きたいんだけど、俺たちが小学生の時、記憶を無くす前の俺とよく関わってた人物を知らないか?」

「私が知る中じゃ、よくつるんでたのはここにいる三人と真白ましろぐらいだな。他は知らねぇ」

逢乃あいのも同じ考えか?」

「うん。『よく』って言葉を付けるならそうだね」


 神子上みこがみは怪訝な顔をする。


「今さらそんな分かりきったことを確認して何の意味があるんですか?」

「もちろん差出人の候補を広げるためだ」

「……? 詳しい説明を求めます」

「分かった。さっきも言ったけど、俺は自身の消極的な性格から一目惚れの線はないと思ってる。でもラブレターが届いた以上、差出人は俺に好意を抱いているのは確か。だから俺に惚れる要素があるとすれば記憶を無くす前の俺にしかない。聞けば当時の俺は相当な人気者だったらしいからな」

「学校内で明瀬あかせくんのことを知らない人がいなかったほど目立ってたよね」

「やんちゃな子から引っ込み思案の子まで挨拶を返すほど人望がありました」

「保護者のほうでもまぁまぁ話題になってたぞ」

「ほんと聞けば聞くほど信じられないな…………でも昔の俺には惚れる要素が十分にあったわけだ。仮に差出人が昔の俺を好いてラブレターを出したと考えた場合、以前から俺のことを知っていた身近な人になる……わけだが、この俺の他人と関わり合わない性格は記憶喪失になってからずっとだ。活発だった昔の俺に好意を抱いたとしても、記憶を失った今の俺は別人だから恋心も冷めてラブレターなんて出さない」

「一途という可能性は追わないんですか?」

「その場合、俺がその人を思い浮かばないはずがない。それだけ強い想いがあって今の今までに何のアクションも起こしていないのは変だからな」

「たしかに好意は自然と言動に表れるものだから向けられた本人は気づくよね」

「ああ。だから普通に考えれば一途はあり得ない」

「じゃあ八方塞がりじゃないですか。なんでわざわざ昔に関わっていた人を訊いたんです?」

「俺が真に知りたかったのは経歴だよ。具体的に言うと、小学校の頃の転校だ」

「転校……」

「まだ俺が事故に遭う前に一度地元を離れて再び高校生になって戻ってきた経緯だと、一途の恋も成立する。物理的に離れていれば恋のアクションも起こせないし、再会して間もないわけだから今の俺を知ったとしても恋が冷めるまでには至らない。誰かさんのようにな」


 そう言って神子上みこがみに視線をやると、なぜか神子上みこがみはブンブンと両手を大きく振り、


「わ、私はまた真昼まひるくんと一緒に探偵ごっこの続きをしたいだけです! 他意はこれっぽっちもありませんから!」

「……いやそれは分かってるよ……昔の俺に拘って激しく勧誘してくることを揶揄したつもりだったんだけど……」

「~~~~!? ま、紛らわしいこと言わないでください!」


 明らかに羞恥に染まった赤い顔をプイっと背ける。


 若干居た堪れない沈黙が流れたが、すぐにりん姉が「まぁまぁ、恋の好き嫌いはどうであれ案外二人の仲が変わってなくて私は安心したよ」と空気を変えてくれた。


「つまり真昼まひるはその条件に当てはまるやつがいるか知りたかったから、私たちに訊ねたってわけだな」

「……ああ。俺は昔の記憶が無いから転校した人がいても分からないからな。それで改めて逢乃あいの神子上みこがみに訊くけど、今高校にいる人で、俺と同小つ一度地元を離れて戻ってきた人に心当たりはないか?」

「んー、私の記憶に思い当たる人はいないね」

「……私が在籍していた頃に転校した人は全て覚えていますけど、この高校にはいません」


 逢乃あいのはきっぱりと、神子上みこがみはどこか拗ねた様子で、どちらも否定する。


 それはつまり俺の推理が外れていることを物語っていた。


 俺は肩を落として見せる。


「どうやら俺の推理は的外れらしいな。結構いい線いってると思ったんだけど…………この推理でも前進しないなら、やっぱり明日までに相手を特定するのは難しいな。差出人に対しては心苦しいけど諦めてもらうしかないか。あと俺の入部も」


 最後の言葉が神子上みこがみに向けたものだと伝わったようで、神子上みこがみは小声で「名探偵になんたる侮辱ぅ……」と呟いたあと、バッと勢いよく椅子から立ち上がり、


「────ぜっったぁいに意地でもラブレターの差出人を見つけて入部させて一緒に楽しい高校生活を満喫させてやりますから! 覚悟しててください!」


 俺にビシッと指を突きつけてそう高らかに宣言した。

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