9-4 ジェットパックレース

「今年も総合競技大会、ジェットパック部門のレースの日がやってまいりました。実況は私、ニュートン、解説はライプニッツさんの2名でレースの様子をお届けしてまいります。早速、ライプニッツさんに今年の見どころをお話頂きたいと思います。」

「ライプニッツです。今年の見どころはなんといってもジェットパックレースのレジェンド、ニーヤ氏率いるチームエンシェントより電撃移籍したアルファ選手、ガンマ選手が移籍後にどのような活躍を見せてくれるか、その2名の代わりに参戦しますシルフ選手とリータ選手についても注目です。二人は今年のゼロGカラテ大会において、2位と3位の実績を残しております。また、リータ選手は往年のファンであればご存じかもしれませんが、ジュニアクラスで3連覇を果たした実力者です。ゼロGカラテに専念するということでジェットパックレースからは離れてしまいましたがこの度マスタークラスにおいて電撃復帰となりました。」

 ジュニアクラスとは低出力のジェットパックのクラスであり、マスタークラスは出力制限が最も大きいクラスだ。

「ライプニッツさん、ゼロGカラテはジェットパックレースに活かせるものなのでしょうか?」

「もちろんです。ジェットパックにおいても身体操作によるモーメントのコントロールは重要な要素です。特に0Gでの身体操作を重視するタイガージム出身の有名な選手はたくさんいますね。ニーヤ氏もその一人です。そして、先日のカラテ大会において低重力化で圧倒的な活躍をしていたシルフ選手は要注目です。」

「初レースのシルフ選手、今回のレースにおいてうれし泣きか、悔し泣きか。いずれにせよ私を含め、彼の泣き顔を見たいと思う人は少なくないでしょう。個人的にとても応援しています。」


「予選が終わり、レースグリッドが確定しました。ポールポジションはシルフ選手、2番手はリータ選手、アルファ選手、ガンマ選手と続きます。ライプニッツさんの注目選手がフロントローに並びましたね。」

「はい。シルフ選手の快進撃には驚きましたね。シルフ選手はバランス調整の影響をとくに大きく受けている選手です。レースの公平性を担保するため、パワーウェイトレシオの均一化が図られております。シルフ選手の場合、基準重量にウェイトを追加するにあたり、バラストによる調整可能な範囲に満たなかったため出力低下措置を受けています。」

「パワーウェイトレシオが同じなら条件は同じではないのですか?」

「いいえ、確かに重量が軽い方が同じスピードでターンをした際に遠心力が小さくなるので一見有利に見えますが、大きく減速して小さく回るVターンが主流の現在、重量の軽さにメリットはありません。一方、加速において同じ空気抵抗を受けるので馬力が大きい方がスピードにおいては有利となります。」

「なるほど、そんな不利な条件においてもシルフ選手は予選を1位通過したということなんですね。」


「お待たせしました。レースの開始時間になりました。シグナルが点灯、グリーンシグナル! 各選手スタート! おっと、シルフ選手が出遅れています!」

「手元のテレメタリーデータを参照すると、シルフ選手は明らかにスロットルオンのタイミングが遅れていますね。ジェットパックの推力の立ち上がりの遅延時間分、早めにスロットルをオンすることが定石ですが、レース初心者のシルフ選手はグリーンシグナルを見てからオンしたようです。」

「ホールショットはリータ選手! アルファ選手、ガンマ選手と続きます。」

「シルフ選手の出遅れは手痛いですね。オーバーテイクは極めて難しい技術を要します。レースキャリアの浅いシルフ選手にとってはこの展開はきついものになるでしょう。」


「全20周のうち、5周目になりました。先頭はリータ選手、着々と後続との距離が離れています。このまま逃げ切れるか!」

「テレメタリーデータを参照する限り、現状のペースでは燃料切れとなりそうです。途中でペースダウンが予想されます。ピットボードにも注目です。」

「ところで、現在最後方となっていますシルフ選手はやや前方との差が詰まっていますが、このまま終わってしまうのでしょうか。」

「シルフ選手の予選のテレメタリーデータの解析結果ですが、いくつかのターンにおいて特異なものとなっています。」

「と、いいますと?」

「まず、ライン取りが通常のレコードラインと大きく異なります。ターンのボトムスピードが速いです。」

「やはり、軽量さを活かしてターンスピードを重視したということでしょうか。」

「はい、その可能性は高いです。しかし、レースにおいては他の選手との兼ね合いで自由なラインを飛行することは難しいです。ただ、予選のデータからすると、シルフ選手は意外に自由度を高く取れる可能性がありますね。」


「10周目、レースは折り返し地点です。隊列はずいぶんと伸びました。先頭はリータ選手、ペースダウンしていますが、他の選手もこの状況では一休みといったところです。」

「そうですね、おおよそ40分程度のレースですが、Vターンは見た目よりも大きな負担になります。平均して6G程度、最終ターンにおいては10Gを超える遠心力を絶えず受けてます。また、コースは3次元となるので肉体だけでなく脳へも大きな負担が生じます。」

「おっと、ここで動く選手がいました。シルフ選手です。リプレイ動画を再生します。オーバーテイク成功!」

「鮮やかなオーバーテイクでした。抜かれたシグマ選手はおそらく気が付いたらシルフ選手が前にいたというような状況でしょう。ベテラン顔負けのオーバーテイクです。」

「シルフ選手、次々とオーバーテイク、あっという間に下位集団をごぼう抜きし、現在、10位です。」

「他の選手たちが一息付けているところ一気に行きましたね。出力制限を受けているシルフ選手は他の選手よりも燃費において有利です。これからはシルフ選手より前方にいる選手たちは後方を気を付ける必要があり気が休まりませんね。」

「シルフ選手、あれよあれよともう先頭集団に追いついております。」

「ピットボードで警戒を促される前に一気に行けるところまで行こうという作戦かもしれません。ベテランのニーヤ氏がバックについているのでそう言った作戦を取ることもありうると思われます。」

「なるほど。それにしても圧倒的なスピードです。他の選手が燃費を考慮してコーストしているところをバンバン抜いていきましたね。」

「はい、この周回より、レースが動く予感がします。もちろん、台風の目はシルフ選手です。」


「先頭のリータ選手が11周めに入りました。後方からシルフ選手が追い上げていますが、この差を残り周回で追いつけるか見ものです。」

「はい。シルフ選手は経験不足のため、オーバーテイクは難しいかと思いましたが、全くの間違いでした。誰よりも自由度の高いラインからのブラインドアタックを繰り返しています。上位選手であってもシルフ選手をブロックすることができていないのがその証拠でしょう。」

「おっと、信じられません。まさか、ここでファステストラップが更新されました。」

「シルフ選手ですね。」

解説のニュートン、ライプニッツ共に絶句。

「危うく、自分の仕事を忘れて沈黙してしまいました。ライプニッツさん、どういうことでしょう。」

「コンピューターの解析結果が出ました。このラインは、かつてのニーヤ氏のラインに似ています。」

「と、いいますと?」

「現在、主流のVラインが主流となる前にニーヤ選手が連勝していた、今となっては伝説のラインです。それはサイクロイド曲線をベースとしたラインです。もちろん、現在のコースでは当時のようなアウトインアウトの大きなライン取りは難しいコースレイアウトになっていてまったく同じではありませんが、考え方が共通していると考えられます。」

「どうして、ニーヤ氏のサイクロイド曲線のラインがすたれて、Vラインが主流となったのでしょうか。」

「それは直感的でない曲線を描いて加速するより直線的に加速する方が明らかに楽だからです。ジェットパックレースは先ほどにも語りましたが、肉体的だけでなく脳も疲労するレースです。その中で3次元の複雑なラインを描くというのは技術的にも難しいですし、なによりとても疲れるからです。」

「なるほど、それで一周の速さのためにそういうラインを選択したということでしょうか。現在の周回でも同様のラインを用いて、リータ選手を猛追しています。」

「ニーヤ氏においても、予選や独走状態の単独飛行時においてしかここまでのラインは描けていなかった記憶しています。他者をオーバーテイクしながらとなるとターンごとの出入り口において他者の位置関係を予想しながら複雑なラインを描く必要があります。そんなことがどうして可能なのかは私にはとても説明ができません。」

「とてつもないことが起きているということがわかりました。」


「最終ラップです。リータ選手に追いついたシルフ選手ですが、リータ選手の巧みなブロックにオーバーテイクはできずにいます。」

「そうですね、また、ここにきてシルフ選手の出力制限が大きく影響しています。ホームストレートにおいて、見るからに速度差が生じています。シルフ選手はスリップストリームを巧みに利用して差を埋めていますが、オーバースピード気味にターン1に飛び込みますので軽量さを活かすことができていません。」

「見どころとしてはどこになると思われますか?」

「もちろん、ターン18、最終ターンです。ここでオーバーテイクを決めれば逆転のチャンスがありませんので。」

「途中でオーバーテイクした場合はどうなると考えられますか?」

「それはそもそも難しいと思います。リータ選手とシルフ選手は同門、お互いに手を知り尽くしています。」

「それではやはり最終ターンでしかチャンスはないということですね。」

「その通りです。また、最終ラップの最終ターンにおいてはホームストレートの真ん中まで先行していればいいので、従来の周回と違うリズムで勝負できます。」

「なるほど。最終ターンにおいてシルフ選手が何をしでかすか楽しみですね。」


「さあ、最終ターンが近づいてきました。最終ターン、シルフ選手がオーバーテイク成功! え、え、ええ?」

「ニュートンさん、仕事仕事!」

「あ、はい。何が起きたのかわからず言葉が出ませんでした。リータ選手の優勝です。」

「テレメタリーデータを確認しましょう。あ、これは、シルフ選手、おそらく失神してます! ジェットパックが着用者の失神を検出してコーストしてます。そのため、ターンの立ち上がりでしっかりとスロットルをあけられたリータ選手が逆転したのです。あー、これはミスですね。最終ターンの遠心力が22Gにも達しています。レースの疲労もあり耐えられなかったのでしょう。」

「リータ選手、シルフ選手の失神に気が付いてウイニングランに入らずシルフ選手を介抱しています。」

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