第14話 茶碗

 清吉が見た事ない茶碗がこの世にあっただけでも自分の未熟さに少し残念な気持ちになりながら師匠に問いた。


「この様な珍しい茶碗はお茶会には喜ばれるのでしょうか?」

「確かに茶会の席での催しはこの京都という街の人々は己が一番を競い合う気質なのか、その場で買い取りが始まったり、とても華やかというか、大変なものですよ」


 やはり、この街の新しい催し事は、珍しい物を見つける事が、戦さの様に商人達を踊らせているのかと思われた。


「茶碗は飲むだけでなく、他のことにも利があるという事なのですか?」

「そうですねぇ」 


 師匠が遠くを見る様な顔で続けた。

「確かに催しは茶会です。でも他にも人の目を惹きつけるのもあります、茶を飲む事、それだけが楽しみだとは思いませんよ、私が一番気に入ってる事は何だと思いますか?」

「え?茶碗よりですか?」

「はい、自ら手掛けたものや、茶を飲む時にそこにいる人を楽しませる事、例えば先程の花籠など」

「花籠」

「あの籠も私が作り、それに合わせて、日々の花を変えて飾りますが、その日の気持ちや全ての事を考えるととても楽しいのです」

「気持ち……ですか。」

「手作りな物は勿論楽しみの一つですが、例えばその日の天候、その時に茶碗を飲む方に合わせてどんな趣にするかを考える面白さは言葉には表せません」

「はぁ……」


 清吉は師匠の美に対する深い思い入れは、感じ取る事が出来た、しかし自分にはそこまで茶碗一つ、茶杓一つにどの様にこだわれるのか思い付かなかった。


 花籠の花をじっくりと見つめた。

「不思議ですね、そう言われると、さっきはあの花が可愛らしく普通に見えたのですが、今は何故か凛として見えます」


 それを聞いた師匠が下を向き笑った。

その顔の師匠も親しみのある方だと思った。

「それこそなんや、あなたも茶の道の極意に近づきましたね」


 師匠が穏やかにそう清吉に告げた。


 何故か嬉しくなった清吉は思い切って尋ねた

「師匠、私は仕官をするつもりです。この国で仕官するなら何処の国の殿様が一番だとお考えでしょう?」

「仕官、お店を継ぐ方ですよねぇ」


 師匠は驚いた様子で清吉を見た。


「今はあの不幸な事件の後、兄の代わりにと望まれていますが、元々商人になるつもりはありません、仕官して武士になりたいのです」

「そうなのですか」

「はい、父の小笠原家も今は破綻して小笠原の殿は上杉様や各地を点々としてます。弱い国の儚い定めです。だから強くなってあの武田を滅すくらいの殿様に使えたいのです」

「武田を、、、」

「武田は強い、でも私は絶対に負けません」


 清吉の真剣な顔をじっと見つめる師匠

そして、先ほどの茶碗を清吉に見せる。

「仕官、この様な茶碗一つで出来る事もあります、賄賂というか、その様なやり取りも武家の中には浸透してます。」

「茶碗で……」

「信長様に献上する為の茶碗がいくつかあります、それを使っては如何でしょう、お持ちになりますか?あなたの父上にはお世話になっていますので」

「こちらこそ、師匠に茶の指導や商売の大切さ等、学ばせて頂きました。ですからその様なお気遣いは結構でござる」

「ならば清吉殿、仕官成就なります様に願掛け致しましょう」

「お気持ち有り難き幸せにござる」


 清吉は深々と師匠に頭を下げた。


 急に雨が降り出して、狭い茶室の屋根に雨音が響いていた。


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