第1章-10:甲からの次期プログラム提案
平日の夜。優理の部屋で、二人は夕食を済ませていた。
週末に決行した「初回のトライアル・プログラム」以来、優理の部屋を訪れることは、二人の間で「定例会議の延長線」として定着し始めていた。
「この間のリザルト、確認しました。甲さんの『積極的なリード計画』の提出期限は、今週金曜日ですが、進捗はいかがですか?」
優理は、食後のコーヒーを啜りながら、いつもの冷静なトーンで問いかけた。
彼女は、会話の中に一切の余地を与えない。
契約の条項、課題、期限、そのすべてが、彼女の思考の軸だった。
海斗は、優理が自分に向けた課題に真剣に取り組んでいた。
前回の「リード比率20%」という惨憺たる結果は、彼にとっての屈辱だった。
それは、単に主導権の問題ではなく、優理という「パートナーのニーズに応えきれていない」という、ビジネスマンとしての失敗を意味した。
「ああ、待たせて悪かった。実は、もう計画はできている」
海斗は、コーヒーカップを置き、テーブルを隔てて優理に向き直った。
その口調は、優理のドキュメントに倣い、極めて事務的で、明確だった。
「次期トライアル・プログラムについて提案します。目的は二つ。一つは、前回乙が掲げたKPI(非言語的反応理解度70%)の達成を甲がサポートすること。もう一つは、甲のリード比率を70%へ引き上げることによる、タスクの均等化です」
優理の目が、わずかに見開かれた。彼が、単なる「セックス」の提案ではなく、「KPI」と「タスク均等化」という言葉を使ったことに驚いたのだろう。
「具体的な計画は?」
優理が促した。
「場所は、引き続き君の部屋とする。時間は、お互いのコンディションが安定している今夜、即時実行を希望する」
海斗は、優理が前回使った「緊急動議」のロジックをそのまま使用した。
予測不能な事態を排除し、「実行可能であるなら、即時実行する」という、彼女の合理性を最大限に尊重した提案だ。
「そして、前回の反省を活かし、今回のプログラムは『甲のリードによる、全プロセスの一元管理』とします。甲がプロセス全体を計画し、乙は純粋にフィードバックのみに集中してほしい。これにより、乙は非言語的反応の読み取りという課題に専念できる」
海斗の提案は、完璧なソリューションだった。
自分の課題克服だけでなく、優理の課題達成をもサポートする、相互協力の精神に基づいている。
優理は、しばらく海斗を見つめた。彼女の理知的な瞳が、その計画の裏側にある「何か」を探っているようだった。
「…素晴らしい提案です、海斗さん。前回の課題を正確に分析し、相互の利益に基づいた計画を立案しています。私の期待を上回る、極めて建設的なアプローチです」
彼女はそう評価すると、最後に、一呼吸置いた。
「タスクの実行、承認します。今から、コンディショニングに入りましょう」
優理は、いつものように冷静に結論を出した。
しかし、海斗には、優理が席を立ち、バスルームに向かう一瞬、彼女の口元が、わずかに緩んだように見えた。
それは、優秀なビジネスパートナーの提案が通った満足感か、あるいは、契約書には書き込めない、「期待」という名の、小さな感情だったのかもしれない。
海斗は、この契約が、彼の中に「優理に喜んでほしい」という、新しい「KPI」を密かに設定し始めていることに気づきながら、立ち上がった。
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