第1章-7:反省会
静寂が戻った部屋で、二人はベッドの上に横たわっていた。
海斗の腕の中に、優理がいる。
この余韻を打ち破ったのは、やはり優理だった。
「…では、フィードバックに移りましょう」
優理は、まるで仕事の会議を再開するかのように、冷静な声で言った。
海斗は、その切り替えの速さに感心しつつ、苦笑した。
「早いな。まあ、君らしいが」
優理は、海斗の腕から離れ、体勢を整えた。
「これは、トライアルです。感情の余韻に浸るよりも、客観的なデータを収集する方が、今後の関係性維持に貢献します。まず、海斗さんの評価からお願いします。満足度、5段階で」
海斗は、少し考えた。
満足度、という言葉が、この行為をどれだけ陳腐化させているだろうか。
「…そうだな。率直に言って、僕の想定をはるかに上回った。満足度は4.5、と評価する」
「ありがとうございます。私からのフィードバックです。満足度は、同等の4.5と評価します。しかし、手順の効率性に課題が残ります」
優理は、本当に業務報告のように続けた。
「特に、導入部における非言語的フィードバックの読み取りに、若干の遅延が見られました。これにより、フロー全体の進行に、わずかなタイムロスが生じた。これは、次回の改善点として、非言語的フィードバックの理解度をKPIに設定すべきです」
「同意する。僕の、コミュニケーションスキルの課題だ。では、次回に向けて、僕の非言語的反応への理解度を、優理が70%以上達成すること、をKPIとして設定しよう」
「承知しました。そして、私からは、『次回、海斗さんからの積極的なリードを増やす』という、新しいプログラムを提案します。これは、相互の負担を均等化し、関係性の安定化を図るためです」
すべてが、徹底的に合理的に、契約に基づき処理された。
しかし、会議が終わると、優理は静かに海斗の隣に戻ってきた。
そして、優理は、彼から見えないように、海斗のTシャツの裾をそっと掴んだ。
それは、契約書にも、KPIにも書き込むことのできない、「安心」という名の非合理な感情だった。
海斗は、その小さな布の引っ張られ具合から、彼女の微かな「本音」と読み取った。
「…優理、お疲れ様。今夜は、よく眠れそうだ」
海斗は、彼女の頭を優しく撫でた。
そして、この「契約」が、すでに、彼らが望んだ「愛のない、安全なビジネス」の領域から、抜け出し始めていることを悟った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます