第22話
アルダー領内にある問題の橋は、領都から離れた深い谷に架かっていた。
ステルス・キャンパーで上空から確認すると、その惨状は想像を超えている。
橋は石でできていたが、その半分近くが崩れかけていた。
いくつかの橋脚には、大きな亀裂が入り今にも崩れ落ちそうである。
(こんな危険な橋を、今まで放置していたのか)
橋のたもとには、数人の職人たちが集まっていた。
誰もが、途方に暮れた顔をしている。
これほどの損傷では、彼らの技術ではどうすることもできないのだろう。
無理に修復しようとすれば、二次災害が起きる可能性さえあった。
俺は、少し離れた森の中にステルス・キャンパーを着陸させた。
一人で、橋の様子を見に行く。
変装のために、フード付きのローブを深く被った。
橋の近くには、見張りの兵士が数人立っている。
彼らは、これ以上誰も橋を渡らないよう、道を封鎖していた。
その顔には、緊張と疲労の色が浮かんでいる。
俺は、彼らに気づかれないように谷の下流へと回り込んだ。
そしてスキルを使って、谷底から橋の土台部分を詳しく調査する。
分かったのは、この橋の崩壊がただの老朽化だけが原因ではないことだ。
明らかに、土台の一部が人為的に破壊された痕跡があった。
(まさか、これも……)
俺は、父親たちのやり方の汚さに改めて吐き気を覚えた。
彼らは、辺境伯の事業を妨害するため、自分の領地の重要な橋を自ら破壊したのだ。
そしてその罪を、俺になすりつけるつもりだった。
俺を、強制的に連れ戻す口実にするために。
全てが、繋がった。
「どこまで、腐りきっているんだ、あいつらは」
俺の口から、抑えきれない怒りの声が漏れた。
領民の生活も、安全も、全てを自分たちの都合のために利用する。
そんな連中が、貴族として人々の上に立っていること自体が間違いなのだ。
俺は、決意を固めた。
この橋は、俺が完璧に、そして圧倒的な速さで修復する。
だが、それはアルダー家のためではない。
この橋を、必要としている領民たちのために。
そして、あの腐った貴族の鼻をへし折ってやるために。
その夜、俺は行動を開始した。
見張りの兵士たちが、焚き火の前でうたた寝を始めた頃合いを見計らう。
俺は、スキルを使って彼らの眠りをさらに深いものへと誘った。
これで、朝まで起きることはないだろう。
俺は、谷の淵に立つ。
そして、両手を大きく広げスキルを最大出力で発動させた。
「『創造(木工)』、我がイメージに応えよ」
俺の魔力に呼応するように、周囲の森の木々がざわめき始める。
何十本、何百本という木々が、根こそぎ地面から浮かび上がった。
それらは、月明かりの下で静かに、しかし素早く加工されていく。
まずは、崩れかけた石の橋を完全に解体する必要があった。
俺は、巨大な木製のアームを複数作り出す。
慎重に、そして静かに古い石材を取り除いていった。
それらの石材は、谷底に捨てるのではない。
後で再利用するために、岸辺に綺麗に積み上げていった。
古い橋が、完全に撤去される。
そこには、ただ虚空が広がるだけだ。
「ここからが、本番だ」
俺は、あらかじめ用意しておいた月光樹の木材をイメージ通りに組み上げていく。
風切り谷に架ける橋と同じ、美しいトラス構造のアーチ橋だ。
だが、今回はさらに改良を加えてある。
橋の側面には、月光樹の特性を活かした仕掛けを施した。
夜になると、淡く光る美しい模様が浮かび上がるだろう。
それは、夜の闇に浮かび上がる光の道となるはずだ。
橋の路面には、馬車が滑らないように細かい溝を彫り込む。
そして、欄干にはこの土地に咲くという可憐な花々の彫刻を施した。
全ての作業は、完璧な静寂の中で行われた。
金槌の音も、のこぎりの音も一切しない。
ただ俺の意思のままに、巨大な建造物が幻のように組み上がっていく。
夜が明け、東の空が白み始める頃。
風切り谷には、昨日までとは全く違う新しい橋が架かっていた。
それは、もはやただの橋ではない。
朝日を浴びて、銀色に輝くその姿は、まるで芸術品のようだった。
圧倒的な、美しさを放っている。
俺は、橋の中央に立った。
そして、最後の仕上げに取り掛かる。
スキルを使い、橋の入り口に建てられた大きな親柱に一つの紋章を刻み込んだ。
それは、鷲と剣をあしらったアルダー伯爵家のものではない。
太陽と盾を組み合わせた、辺境伯ヴィスコンティ家の紋章だった。
そして、その下にはこう刻み込む。
『この橋は、辺境伯アウグスト・フォン・ヴィスコンティ様のご厚意により、この地の民のために架けられたものである』
これで、全ては完了だ。
俺は、誰にも気づかれることなくその場を静かに立ち去った。
俺が森の中に姿を消して、しばらく経った頃。
深い眠りから覚めた見張りの兵士たちが、目の前の光景に気づいた。
「な、なんだ、これは」「橋が、治っているだと」「馬鹿な、一夜で。いや、それどころか、昨日までとは全く別の美しい橋になっている」
彼らは、夢でも見ているのかと何度も自分の頬をつねった。
だが、目の前にあるのは紛れもない現実だ。
やがて、その噂は瞬く間に領都へと広がっていった。
領民たちは、半信半疑で谷へと集まってくる。
そして、目の前に現れた奇跡の橋を見て誰もが言葉を失った。
「おお、神よ」「なんと、美しい橋なのだ」
人々は、そのあまりの美しさにただただひれ伏した。
そして、橋の入り口に刻まれた紋章と文字を見つける。
「辺境伯様が、我々のために」「俺たちを見捨てていた伯爵様とは、大違いだ」「そうだ、俺たちの本当の主は、ヴィスコンティ様だったんだ」
領民たちの心に、伯爵家への不信が燃え上がる。
辺境伯への、感謝と尊敬の念が広がっていった。
それは、俺が仕掛けた静かな革命の始まりだった。
その頃、アルダー伯爵の屋敷では前代未聞の大騒ぎが起きていた。
領民たちが、屋敷の前に集まり伯爵への不満を叫び始める。
空から降ってきた告発文と、奇跡の橋の噂が彼らを一つにまとめていた。
「説明しろ。我々の税金は、どこへ消えたのだ」「我々は、民を思うヴィスコンティ様にこそついていくぞ」
父親と兄たちは、窓からその光景を見て顔面蒼白になっていた。
自分たちの力が、足元から崩れ去っていく。
それを、なす術もなく見ていることしかできない。
「おのれ、ルーク。あの役立ずめが、やりおったな」
父親の怒声が、屋敷の中に虚しく響き渡る。
だが、その声はもはや誰の心にも届かない。
俺は、その全ての様子を遠く離れた森の空の上から見下ろしていた。
ステルス・キャンパーの水晶に映る光景は、実に滑稽だった。
「どうだ、思い知ったか」
俺は、小さく呟いた。
だが、これで終わりではない。
俺の本当の復讐は、まだ始まったばかりなのだ。
俺は、ステルス・キャンパーの進路を再びレンガの街サイへと向けた。
辺境伯様に、事の顛末を報告し、そして次の一手を打つために。
***
### 第23話(修正版)
ステルス・キャンパーは、朝日を浴びながら街道をひた走る。
レンガの街サイの城壁が、ようやく見えてきた。
アルダー領で仕掛けた二つの策は、おそらく上手くいったはずだ。
だが、領民の反発だけであの腐った貴族を完全に終わらせることはできない。
俺は、最後の仕上げをするため辺境伯の元へと急いだ。
城門を抜け、俺はまっすぐに辺境伯の屋敷へと向かう。
衛兵にルークであると告げると、すぐに中へと通された。
応接室で待っていると、慌ただしい足音と共に辺境伯様が入ってくる。
その顔には、驚きと興奮の色が浮かんでいた。
「ルーク君、無事だったか。君がアルダー領でとんでもないことをしでかしたと、報告を受けているぞ」
辺境伯様は、大声で笑いながら俺の肩を叩いた。
「はい、全て計画通りです。告発文と新しい橋によって、領民の心はアルダー伯爵から離れました」
俺は、これまでの経緯を手短に説明した。
フクロウを使った偵察から、からくり鳥による情報拡散、そして一夜での橋の架け替えまで。
俺の話を聞き終えた辺境伯様は、感心したように深く頷く。
「見事としか言いようがない。君のスキルは、まさに奇跡を起こす力だな。しかし、君の言う通りこれだけでは足りんだろう。アルダー伯爵は、王都にも繋がりがある。力で領民を黙らせることも考えられる」
辺境伯様は、的確に状況を分析していた。
「ええ、ですから次の一手が必要です。アルダー伯爵の悪事を証明する、決定的な物証を手に入れます。そしてそれを、王家に直接届け出るのです」
俺は、かねてから考えていた計画を打ち明けた。
「物証、か。確かにそれがあれば、言い逃れはできまい。だが、どうやって手に入れる。屋敷の警備は、以前にも増して厳重になっているはずだ」
辺境伯様が、心配そうに眉をひそめる。
「俺に考えがあります。このステルス・キャンパーを使えば、誰にも気づかれずに屋敷へ潜入できます。あとは、不正の証拠が記された帳簿などを見つけ出すだけです」
俺の言葉に、辺境伯様は少し考え込むような仕草を見せた。
そして、決意を固めたように顔を上げる。
「よかろう、その計画に乗った。私も黙って見ているつもりはない。私の部下の中で、最も腕の立つ隠密を数名貸そう。彼らが、君の潜入を手助けするはずだ」
それは、願ってもない申し出だった。
俺一人よりも、専門家の助けがあれば成功率は格段に上がる。
俺たちは、すぐに作戦の準備に取り掛かった。
辺境伯の隠密からもたらされた情報で、屋敷の内部構造や警備体制を把握する。
どうやら、伯爵に不満を持つ使用人も少なからずいるらしい。
彼らと、接触することも可能かもしれない。
数日後、全ての準備を終えた俺たちは再びアルダー領へと向かった。
辺境伯から借りた三人の隠密は、実に頼もしい男たちだった。
月もない、暗い夜だった。
俺は、ステル-ス・キャンパーを屋敷の上空に静止させる。
そして、俺と隠密たちはロープを使って音もなく屋敷の屋根に降り立った。
隠密の一人が、特殊な道具で天窓の鍵を難なく開ける。
俺たちは、羽のように軽い足取りで屋敷の中へと侵入した。
屋敷の中は、不気味なほど静まり返っている。
俺たちは、事前に聞いていた内部協力者であるメイドの部屋へと向かった。
メイドは、俺たちの姿を見ると驚きながらも安堵の表情を浮かべる。
彼女は、長年伯爵家の横暴に苦しめられてきた一人だった。
「帳簿は、旦那様の書斎にある隠し金庫の中に。ですが、そこへ行くには見張りがいます」
メイドは、小声で重要な情報を教えてくれた。
俺たちは、彼女に礼を言うと書斎へと向かう。
書斎の前では、二人の兵士が退屈そうに立っていた。
俺は、スキルを使い小さな木のネズミを作り出す。
ネズミを廊下の反対側へ走らせ、物音を立てさせた。
「なんだ、今の音は」「見に行くぞ」
兵士たちは、まんまと罠にかかりその場を離れる。
その隙に、俺たちは書斎の中へと滑り込んだ。
隠密の一人が、壁に隠された金庫の扉を見つけ出す。
もう一人が、聴診器のような道具を使い、ダイヤルを回し始めた。
カチリ、という小さな音と共に、重い扉が開く。
中には、俺たちが探していた帳簿の山があった。
これさえあれば、アルダー伯爵の悪行は全て白日の下に晒される。
俺たちは、帳簿を鞄に詰め込むと、すぐさまその場を離れた。
屋根裏を通り、再び屋上へと戻る。
ステルス・キャンパーから垂らされたロープを掴み、俺たちは闇の中へと消えた。
作戦は、完璧な成功だった。
レンガの街サイに戻った俺は、証拠の帳簿を辺境伯様へと渡した。
帳簿を検めた辺境伯様は、その内容の酷さに顔をしかめる。
そこには、想像を絶する額の金が、領民から搾り取られていた事実が記されていた。
「これで、言い逃れはできん。ルーク君、すぐに王都へ向かう準備をしろ。私も同行し、王に直接この証拠を突きつける」
辺境伯様の目は、正義の炎に燃えていた。
全ての準備は、整った。
腐りきった貴族に、正義の鉄槌が下される時が来たのだ。
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