第18話
辺境伯の屋敷を出た俺は、バルトロさんと一緒に、再び馬車へと乗り込んだ。
帰る途中、バルトロさんはずっと機嫌が良かった。
「いやはや、見事な話し合いだったわい、ルーク君。あの辺境伯様を、完全に自分のペースに引き込んでおったな。わしも、自慢に思うぞ」
彼は、自分のことのように手を叩いて喜んでくれている。
その笑顔は、本当に嬉しそうだった。
「ありがとうございます、バルトロさん。あなたという、信じられる方がいてくれたおかげです」
「なに、わしはただ、最高の才能を最高の場所に紹介しただけじゃ。全ては、君自身の力だよ」
バルトロさんは、そこで真面目な顔つきになった。
俺の目を、まっすぐに見て言う。
「これからも、サンライズ商会は君を全力で助ける。辺境伯様には言いにくいことでも、わしになら何でも言ってくれ。品物の調達から、金の都合まで、裏から手を回して何とかしてやろう」
「はい、心強いです。ありがとうございます」
俺たちは、サンライズ商会の前で固い握手を交わした。
彼とは、これからも長く、良い関係を続けていけそうだ。
俺は、一人で砦への帰り道についた。
これから始まる、とんでもなく大きな仕事のことを考える。
期待と、ほんの少しの緊張が、心地よく俺の体を包んでいた。
だが、不思議と不安は少しもなかった。
俺には、最高のスキルと、信じられる仲間がいる。
そして何より、俺の帰りを待つ、可愛い家族がいるのだ。
砦に着いたのは、日が暮れたばかりの頃だった。
見張り台から俺の馬車を見つけたのだろう、砦の門がゆっくりと内側から開く。
そこには、リリアとルナが、ランプを手に持って立っていた。
二人とも、俺の帰りをずっと待っていてくれたようだ。
「ルーク!」
「おかえりなさい!」
二人は、馬車から降りた俺に、同時に駆け寄ってきた。
そして、左右から力いっぱい抱きついてくる。
「ただいま、リリア、ルナ。良い子で留守番できたか?」
「うん!悪いオオカミさんも、変な兵隊さんも、今日は来なかったわ」
リリアが、少しだけお姉さんらしい口ぶりで、頼もしく報告してくれた。
どうやら、何も問題はなかったらしい。
俺は、ほっと胸をなでおろした。
家の中に入ると、俺はさっそく、今日の出来事を二人に話して聞かせた。
辺境伯アウグストという、民を思う立派な領主様と会ったこと。
そして、その人のために、とても大きな橋を作ることになったことを伝えた。
「すごく、すごく大きな橋なんだ。この家が、積み木のおもちゃに見えるくらいにな」
俺が、両腕を大きく広げてその大きさを説明する。
ルナは、目を真ん丸にして驚いていた。
「えーっ!そんなにおっきいの!?お空まで届いちゃう!?」
「ははは、空までは届かないけどな。完成したら、たくさんの人が馬車に乗ったまま、深い谷を渡れるようになるんだ」
「すごいわ、ルーク。あなたは、この街の英雄になるのね」
リリアは、心からの尊敬の目で俺を見つめていた。
その美しい青い瞳には、誇らしそうな色が浮かんでいる。
しかし、その奥に、ほんの少しだけ寂しそうな影が見えたのを、俺は見逃さなかった。
「そんなに大きなお仕事だと、これからすごく忙しくなるのね。あまり、私たちと遊んでもらえなくなっちゃうのかしら……」
「そんなことは絶対にないさ」
俺は、リリアの頭を優しく撫でた。
「この仕事は、俺たちの暮らしを守るためにやるんだ。これが終われば、もう誰にも邪魔されずに、ずっと平和に暮らせる。そのために、少しだけ頑張るだけだよ。それに、仕事場はここなんだから、いつでも顔を見れるさ」
「……うん、分かったわ。私も、何かお手伝いする!お料理とか、お掃除とか!」
「るなもおてつだいする!おにいちゃんたちに、おみずもっていく!」
一生懸命な二人の言葉に、俺は思わず笑ってしまった。
約束の日、朝早くに砦の門を叩く音が響いた。
辺境伯が送ってくれた作業員たちが、時間通りに着いたのだ。
その数は、およそ百人。
がっしりした体つきの木こりたちと、手先の器用そうな職人たち、そして若くて元気な男たちだ。
彼らを連れてきたのは、技術者のゲオルグさんだった。
「ルーク殿、お待たせいたしました!辺境伯様のご命令により、今日から、あなたの下で働かせていただきます!」
ゲオルグさんは、俺に対して深く頭を下げた。
その態度は、屋敷で会った時よりも、さらに敬意がこもっている。
だが、彼が連れてきた作業員たちの様子は、全く違っていた。
彼らは、リーダーとして紹介された俺が若すぎるのを見て、明らかに戸惑っている。
ひそひそと、馬鹿にするような声が聞こえてきた。
「おいおい、あいつが親方だって?冗談だろ、俺の息子より若いじゃないか」
「あんな細っこいガキの言うことで、本当に国のための橋なんか作れるのかよ」
無理もない反応だろう。
俺は、何も言わずに彼らの前に進み出た。
そして、あらかじめ用意しておいた、直径三メートルはありそうな巨大な丸太に、ゆっくりと手を触れた。
次の瞬間、俺がスキルを使うと、丸太がまぶしい光を放った。
ゴゴゴゴゴ、と地響きのような音がして、巨大な丸太はみるみる形を変えていく。
分厚い皮がはがれ、少しのずれもなく、同じ厚さの板へと変わっていく。
さらにその板は、様々な長さの角材へと、自動で切り分けられていった。
それは、腕のいい職人が百人がかりで、何日もかかる大変な作業だった。
その全ての作業が、たった数十秒で完璧に終わってしまったのだ。
作業員たちは、目の前で起きた、信じられない奇跡のような光景に、完全に言葉を失っていた。
開いた口が、ふさがらないといった様子だ。
さっきまで俺を疑い、馬鹿にしていた者たちの顔から、血の気が引いていくのがはっきりと分かった。
俺は、静かに、しかし力強く言った。
「俺が、この仕事の総責任者、ルークだ」
「これから、君たちには俺の指示に完璧に従ってもらう。俺のやり方に、文句がある者は、今すぐここから去れ。だが、俺のやり方に最後まで従う者には、最高の仕事場と、最高の給料を約束する。そして、歴史に残る仕事に関わったという誇りもだ」
俺の言葉に、誰一人として文句を言う者はいなかった。
彼らの瞳から、さっきまでの馬鹿にする色は完全に消えている。
ただ、人の力を超えた圧倒的な力に対する、おそれと尊敬の色だけが浮かんでいた。
「よ、よろしくお願いします、親方!」
誰かがそう叫ぶと、それを合図に、その場にいた全員が、力強く頭を下げた。
***
第19話(修正版)
作業員たちの心を、完全に掴むことができた。
俺はさっそく、彼らに具体的な仕事の指示を出していく。
まずは、この大勢の人間が、うまく作業できる環境を整えるのが一番だ。
「よし、まずは君たちの仕事場と寝る場所を作るところから始めよう」
俺がそう言うと、作業員たちは不思議そうな顔をした。
これから、何日もかけて建物を建て始めるのだと、思ったのだろう。
俺は、砦の隣に広がる空き地を指差した。
「見ていろ」
俺は再びスキルを使った。
地面が、ゆっくりと盛り上がり、平らになっていく。
そして、その地面から、まるで巨大な植物が芽を出すように、何本もの木の柱が勢いよく空に向かって伸び始めた。
柱と柱は、太い梁で繋がり、あっという間に巨大な建物の骨組みが出来上がっていく。
壁が生まれ、屋根が組まれ、窓枠がはめ込まれていく。
その光景を、作業員たちは、もはや驚きを通り越して、ただぼうぜんと眺めていた。
それは、まるで世界の始まりの物語を見ているかのようだっただろう。
ほんの数分で、そこには百人が同時に作業できる広さの、巨大なドーム型の作業場が完成した。
さらにその隣には、二段ベッドが五十個並んだ宿舎もできた。
温かい食事ができる食堂と、昨日の夜に俺が設計した共同浴場まで現れたのだ。
「さあ、今日からここが君たちの場所だ。道具も、食事も、風呂も全て用意した。君たちは、ただ最高の仕事をするためだけに、自分の力を使ってくれればいい」
俺の言葉に、作業員たちは、はっと我に返った。
そして次の瞬間、うおおおおっ、という地面が揺れるような歓声が、森全体に響き渡った。
彼らのやる気は、今や最高に高まっている。
「さて、仕事始めだ!まずは、橋の主な材料になる、月光樹を切るところからだ!」
俺は、森の奥深くを指差した。
「これから、俺が森の中を案内する。切るべき木には、全て俺が印をつけておく。それ以外の木には、決して手を出すな。森を荒らすことは、絶対に許さない。我々は、森から恵みをもらうのだという、敬う気持ちを忘れるな」
「「「おおっ!」」」
作業員たちは、力強い叫び声を上げて、俺の後に続いた。
彼らの目には、もう一切の迷いはない。
この若いリーダーの下で、歴史に残る最高の仕事ができるという、確かな喜びに満ちていた。
ゲオルグさんが、感心したようにため息をつきながら、俺の隣に並んで歩き始めた。
「見事なまとめ方です、ルーク殿。あなたは、ただ技術がすごいだけではない。人の心を掴み、導く才能にもあふれておられる。まさに、生まれながらの指導者ですな」
「そんな大したものではないですよ。俺は、俺のやりやすいように、うまく仕事を進めたいだけです」
俺は、少し照れながら答えた。
砦の家からは、リリアとルナが、心配そうにこちらの様子を見ていた。
大きな歓声に、驚いたのかもしれない。
俺は、二人に大丈夫だと伝えるように、優しく手を振った。
俺たちの新しい毎日が、今、まさに始まろうとしている。
それは、前よりもずっとにぎやかで、そして活気に満ちたものになりそうだった。
俺は、これから始まる大きな計画の成功を信じ、静かに胸を躍らせた。
俺が先頭に立ち、百人の男たちを連れて森の奥深くへと入っていく。
月光樹は、その名前の通り、月の光を浴びて成長する特別な木だ。
そのため、昼間でも薄暗い、森の一番深い場所にしか生えていない。
普通の木こりなら、目的の木を探すだけで何日もかかってしまうだろう。
だが、俺には植物の気配を感じ取る、特別な力があった。
「よし、まずはこの一本だ」
俺は、ひときわ大きく、真っ直ぐに伸びた月光樹の前に立つ。
その幹は、月の光を吸っているせいか、かすかに銀色に輝いて見えた。
俺は、その幹に手でそっと触れる。
そして、ナイフで小さな印をつけた。
「この木を、できるだけ根元に近い場所で、正確に切り倒してくれ。他の木を傷つけないように、注意してくれよ」
俺の指示に、木こりの中で一番腕がいいという男が、大きな斧を構えて前に出た。
「へい、親方!お任せくだせえ!」
男が斧を振り下ろすと、カーン、という甲高い音が森に響いた。
月光樹は、普通の木よりもずっと硬い。
だが、男の腕も確かだった。
間違いなく、同じ場所に何度も斧が打ち込まれていく。
他の木こりたちも、協力して反対側からのこぎりを引き始めた。
ミシミシミシ、と木がきしむ音が、だんだんと大きくなっていく。
そして、ついに巨大な月光樹が、大きな音と共にゆっくりと地面に向かって倒れていった。
俺が指示した通りの方向に、少しのずれもなく。
「見事だ」
俺が声をかけると、木こりたちは嬉しそうに汗をぬぐった。
俺たちは、次々と目的の木を見つけ、切る作業を進めていく。
その速さは、驚くほどだった。
俺が間違いなく木を選び出し、作業員たちがそれに完璧に応える。
むだな動きが、一つもなかった。
半日ほどで、橋の建設に必要な全ての月光樹を切り出すことができた。
普通のやり方なら、一ヶ月はかかるほどの作業量だろう。
ゲオルグさんは、その信じられない光景を、ただ呆然と見ているだけだった。
切り出した木材は、力自慢の男たちが、俺が作った丈夫な荷車に乗せて作業場へと運んでいく。
作業場に戻った俺たちは、簡単な昼食をとった。
食事は、リリアとルナが、食堂の台所を使って用意してくれていた。
大きな鍋いっぱいの、温かい野菜スープと、焼きたての黒パンだ。
「わあ、うめえ!お嬢ちゃんたち、料理も上手なんだな!」
作業員たちは、最初は遠慮していたが、リリアとルナの一生懸命な姿に、すぐに心を許したようだった。
ごつい男たちの顔が、自然と優しくなっていく。
現場の空気は、とても良かった。
昼食の後、いよいよ本格的な加工作業が始まる。
俺は、作業場の中心に、巨大な一枚板を置いた。
そして、その上に、スキルを使って橋の設計図を正確に直接描き込んでいく。
それは、もはや図面というより、芸術のようだった。
「これが、全ての部品の、実物大の設計図だ。君たちには、これに合わせて、各部品を正確に切り出してもらう」
俺は、職人たちにそう指示した。
さらに、彼らの作業が楽になるように、特別な道具も作り出してやる。
それぞれの部品の形に合わせた、木の定規や、角度を正確に測るための道具だ。
この世界にはまだない、新しい道具だった。
職人たちは、俺が作り出した道具と、完璧な設計図を前にして、体を震わせていた。
彼らの職人としての心が、燃え上がっているのが分かる。
「すげえ……。こんな仕事、一生に一度できるかどうかだぜ」
「親方についていけば、俺たちは伝説になれるかもしれねえな」
彼らは、今や俺に絶対の信頼を寄せている。
その信頼に応えるためにも、俺は最高の橋を作らなければならない。
作業場は、男たちの熱気と、木を加工する音に満ちていた。
俺は、その光景を満足そうに眺めながら、次の準備へと意識を向ける。
このたくさんの部品を、どうやって風切り谷まで運ぶか。
それが、次の大きな問題だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます