第16話

ヴィスコンティ様からの呼び出しは、思ったよりも早くやって来た。

街から戻って二日後の昼過ぎ、サンライズ商会のセバスさんが砦を訪れたのだ。


「ルーク様、旦那様より伝言です。明日の午後、辺境伯様がお会いしたい、と」


「明日、ですか。分かりました」


俺は、ついに来たか、と静かに頷いた。

セバスさんは、俺が作ったステルス・キャンパーを見て驚きに目を見開く。

しかし、仕事の話になるとすぐに真剣な表情に戻った。


「当日は、私がお迎えに上がります。サンライズ商会の馬車で、辺境伯様のお屋敷まで参りましょう」


「いえ、俺のこの馬車で行きますよ。その方が、何かと都合がいいので」


俺の言葉に、セバスさんは少し戸惑ったようだった。

しかし、すぐに了承してくれた。

この馬車は、アルダー家の目を欺くための最高の盾なのだ。


セバスさんが帰った後、俺はリリアとルナに明日街へ行くと告げた。


「明日、行ってくる。今度こそ、ちゃんと話をつけてくるからな」


「うん、分かったわ。気をつけてね、ルーク」

リリアは、不安な気持ちを隠して健気に微笑んだ。


「るーく、はやくかえってきてね。るな、まってるから」

ルナは、俺にぎゅっと抱きついてくる。


「ああ、すぐに戻ってくるさ。だから、二人で仲良く留守番してるんだぞ」


俺は、二人のためにいくつか新しいおもちゃを作ってやった。

それから、万が一の時に連絡が取れるようにシンプルな通信機も作り出す。

木の板に魔力を込め、特定の振動を送る仕組みだ。

それで、遠く離れたもう一方の板を震わせることができる。

大した会話はできないが、緊急事態を知らせるくらいはできるはずだ。


翌日、俺は昨日仕立てた新しい服に着替えた。

機能的でありながら、どこか品のあるデザインは我ながら良くできている。

リリアとルナは、いつもと違う俺の姿を見て目を輝かせた。


「わあルーク、素敵よ。まるで、王子様みたい」


「かっこいい!」


「ははは、大げさだな、二人とも」

二人に褒められると、少し照れくさかった。


俺は、二人に留守を頼んでステルス・キャンパーに乗り込む。

砦の門まで見送りに来てくれた二人に、大きく手を振った。

バックミラーに映る二人の姿が、だんだんと小さくなっていく。


街までは、もう慣れた道だ。

昨日と同じように、誰にも気づかれることなくサンライズ商会の裏口に馬車をつけた。

店の前では、バルトロさんが待ってくれていた。


「おおルーク君、来たか。その格好、なかなか似合っておるじゃないか」


「ありがとうございます、それで辺境伯様のお屋敷はどちらです」


「うむ、わしが案内しよう。ついてきなさい」

俺は、バルトロさんの乗る馬車の後ろをステルス・キャンパーでついていく。


職人街を抜け、貴族たちが住む地区へと入っていく。

道は広く整備され、建物も立派な石造りのものが多くなってきた。

道行く人々の服装も、明らかに上等なものに変わる。


やがて、ひときわ大きく豪華で美しい屋敷の前にたどり着いた。

高い塀に囲まれて、正門には武装した兵士が二人立っている。

ここが、辺境伯ヴィスコンティ様のお屋敷らしい。


バルトロさんが門番に身分を告げると、重々しい鉄の門がゆっくりと開く。

俺たちは、広い庭を抜けて屋敷の正面玄関へと向かった。

そこでは、執事らしき老人が深々と頭を下げて俺たちを迎えてくれる。


「ようこそお越しくださいました、バルトロ様。そして、そちらがルーク様でございますね」


「うむ、辺境伯様はどちらにおられるかな」


「旦那様は、応接室にてお待ちかねでございます。どうぞ、こちらへ」

俺たちは、執事の案内に従って豪華な絨毯が敷かれた廊下を進む。

壁には、高価そうな絵画や美しいタペストリーが飾られていた。

アルダー伯爵の屋敷とは、比べ物にならないほどの気品と豊かさを感じる。


やがて、一つの大きな扉の前で執事が足を止めた。


「旦那様、バルトロ様とルーク様をお連れいたしました」


「うむ、入れ」

扉の奥から、落ち着いた威厳のある声が聞こえた。

執事が、静かに扉を開ける。


部屋の中は広々として、大きな窓から明るい光が差し込んでいた。

部屋の中央には、豪華なソファとテーブルが置かれている。

そして、そのソファに一人の男が腰掛けていた。


年の頃は、五十代半ばだろうか。

白髪交じりの髪を、きっちりと後ろに撫でつけている。

贅沢な服を着ているが、嫌味な感じは少しもない。

鍛え上げられた、がっしりとした体つきをしていた。

そして何より、その瞳が印象的だった。


鋭く、それでいてどこか温かみのある瞳だ。

その瞳で、俺のことをじっと見つめている。

この人物が、辺境伯アウグスト・フォン・ヴィスコンティ。


「バルトロ、よく来たな。そして、君がルーク君か」

辺境伯は、静かに立ち上がって俺に向かって手を差し出した。

貴族が、初対面の職人に自ら手を差し出すのは珍しいことだ。


俺は少しだけ戸惑ったが、その手をしっかりと握り返す。


「はい、ルークと申します」


「うむ、アウグスト・フォン・ヴィスコンティだ。楽にしてくれ」

辺境伯は、にこりと笑った。

その笑顔は、人の心を解きほぐすような不思議な魅力を持っている。

少なくとも、俺の父親のような冷たい人間ではなさそうだ。


俺たちは、ソファに腰掛けるように勧められた。

すぐに、侍女がお茶を運んでくる。


「さて、バルトロから君のことは色々と聞いている」

辺境伯は、すぐに本題に入った。


「アルダー伯爵家とのいざこざ、そして君が持つという常識外れの技術について、な」

その言葉には、探るような響きがあった。

俺は、ここで下手な嘘をつくべきではないと判断する。


「はい、全て事実です」


「ふむ、あの強欲なアルダー伯爵が手放したことを後悔するほどの技術か。ぜひ、この目で見てみたいものだ」


「そのために、今日はお持ちいたしました」

俺は、ステルス・キャンパーに置いてきた橋の模型を取りに行く許可を求めた。

辺境伯は、興味深そうに頷いてくれる。


俺は、バルトロさんと共に一度屋敷の外へ出た。

そして、布に包んだ橋の模型を慎重に応接室へと運び込む。

テーブルの上に、そっと置いた。


「これは、一体」

辺境伯が、不思議そうな顔で尋ねる。

俺は、ゆっくりと包んでいた布を取り去った。


次の瞬間、辺境伯も技術者らしき男も息を呑んだ。


テーブルの上に現れた、精巧で美しい橋の模型。

その複雑な構造と、芸術的な装飾。

この世界の誰もが、今まで見たことのない革新的なデザインだ。


「これは、なんだ。橋の、模型か」

辺境伯が、かろうじて声を絞り出した。


「はい、俺が昨夜のうちに作り上げたものです」


「昨夜、だと。馬鹿な、こんなものがたった一夜で」

技術者の男が、信じられないといった様子で叫ぶ。

彼は、模型に駆け寄ると食い入るようにその細部を観察し始めた。


「この構造は、なんと合理的で美しいのだ。木の特性を、最大限に活かしている。こんな発想、見たこともない」

その興奮ぶりから、彼が本物の技術者であることが伺えた。


辺境伯も、ソファから立ち上がり模型をじっと見つめている。

その鋭い瞳が、驚きと興奮で輝いているのが分かった。


「ルーク君、君はこれを本当に一人で、たった一夜で作り上げたと申すか」


「はい、俺のスキル『創造(木工)』を使えばこれくらいのことは造作もありません」

俺は、はっきりと答えた。

もう、隠す必要はないだろう。

この人に、俺の力の全てを見せる。

それが、交渉を有利に進めるための最善の方法だと判断した。


「創造、か」

辺境伯は、その言葉を噛みしめるように繰り返した。


そして、俺の目を真っ直ぐに見つめて言った。


「ルーク君、改めて君に頼みたい。この橋を、実際に作ってはくれまいか」

「この街の未来のために、そして民の暮らしのために。君のその力を、貸してはくれまいか」


その言葉には、権力者の傲慢さではない。

民を思う、領主としての真摯な願いが込められていた。

俺は、この人なら信じられるかもしれないと直感的に思った。


「お受けいたします、ですが俺にも条件があります」


俺は、辺境伯の目を同じように真っ直ぐに見つめ返した。

俺たちの未来を賭けた、本当の交渉が今始まろうとしている。

辺境伯は、俺の言葉を静かに待っていた。

その態度は、俺を一人の対等な人間として扱っている証拠だ。


「まず一つ、俺の家族に絶対に手出しはさせないと約束していただきたい」

俺は、リリアとルナのことをはっきりと家族だと言った。


「アルダー伯爵家からの、いかなる干渉からも俺たちを守っていただきたいのです」


俺の言葉に、辺境伯はゆっくりと頷いた。


「当然のことだ、君が我が領地のために力を貸してくれるのであれば、君の家族の安全はこの私がヴィスコンティ家の名にかけて保証しよう」

「アルダー伯爵には、こちらから正式に警告を送る。二度と、君たちに手出しはさせん」


その言葉には、領主としての絶対的な自信と覚悟が感じられた。

俺は、少しだけ安堵の息を漏らす。


「ありがとうございます、そしてもう一つあります」

俺は続けた。


「この橋の建設において、全ての権限を俺にいただきたい。設計から、材料の選定や工法に至るまで。俺のやり方で、自由にやらせていただきたいのです」


俺の要求に、隣にいた技術者の男が少しだけ眉をひそめたのが分かった。

常識的に考えれば、経験のない若者に国家的な大事業の全権を委ねるなどあり得ないだろう。


だが、辺境伯は少しも動じる様子を見せない。

彼は、テーブルの上の橋の模型に再び目を落とす。


そして、静かに言った。


「よかろう、これだけのものを作り出せる君の腕を信じよう」

「この橋の建設は、全て君に一任する。必要なものがあれば、何でも言うがいい。資金も、人員も可能な限り用意しよう」


その決断の、速さ。

そして、俺に対する絶対的な信頼。

この人は、本物だ。

俺は、心の底からそう思った。


「感謝いたします、辺境伯様。必ずや、期待に応えてみせます」

俺は、深々と頭を下げた。


こうして、俺と辺境伯との契約は正式に結ばれる。

俺は、この街の未来を左右する巨大な橋の建設を請け負うことになったのだ。


「うむ、頼んだぞルーク君」

辺境伯は、満足そうに頷くと技術者の男に向かって言った。


「おいゲオルグ、早速ルーク君に建設予定地の地図と測量データを見せてやれ」

「現場の状況を、詳しく説明して差し上げるのだ」


「は、はっ!」

ゲオルグと呼ばれた男は、慌てて部屋の隅の棚から、大きな羊皮紙の巻物をいくつか持ってきた。

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