第14話
クロードたちが去った次の朝、森はおだやかな空気に包まれていた。
俺は、砦の周りを見回って昨日の夜の後片付けをする。
兵士たちは、夜が明ける前に目を覚まし、逃げるように去っていったようだ。
地面には、彼らが落としていったらしい剣や槍が数本転がっていた。
「こんな危ないものを、置いていかれても困るんだがな」
俺はそれらを拾い集め、とりあえず物置のすみにしまい込んだ。
いつか、何かの役に立つかもしれない。
畑の土をたがやすのに、ちょうど良いかもしれないな。
家の中に戻ると、リリアとルナが朝食の準備をしてくれていた。
テーブルの上には、焼きたてのパンと目玉焼きが並んでいる。
目玉焼きは、鶏小屋で初めてとれた卵で作ったものだ。
「ルーク、おはよう!」
「たまご、ふわふわだよ!」
二人は、昨日の夜の出来事がうそのように、明るい笑顔を浮かべている。
子供の立ち直りの早さには、いつも驚かされた。
あるいは、俺の前でむりに元気にふるまっているだけかもしれない。
「ああ、おはよう。すごくおいしそうだな」
俺は二人の頭をなで、席についた。
三人で囲む食卓は、いつも通りあたたかい。
とれたての卵の味は、特別だった。
黄身がこくて、街で買ったどの卵よりもおいしく感じられる。
「おいしいな、この卵」
「えへへ、私たちが毎日お世話してるからよ」
リリアが、少し得意そうに胸を張った。
ニワトリたちに名前をつけ、毎日えさをやるのが彼女の日課になっている。
そんなのどかな食事の時間だったが、俺の頭の中はこれからのことでいっぱいだった。
クロードは追い返したが、アルダー伯爵家があきらめるとは思えない。
次は、もっと本格的なやり方で、この砦を攻めてくる可能性が高い。
この砦の守りには自信がある、だが万が一ということもある。
リリアとルナを、危険な目にあわせるわけにはいかない。
いつまでも、守っているだけではだめだった。
こちらから、何か手を打つ必要がある。
(やはり、バルトロさんに相談するのが一番か)
彼は、この街の商人ギルドでもかなりの力を持っているはずだ。
アルダー家に対抗するための、何か良い知恵を貸してくれるかもしれない。
それに、街の様子もくわしく知っておきたかった。
問題は、どうやって街まで行くかだ。
俺たちの顔や姿は、すでに街の一部に知られている。
下手に姿を見せれば、すぐに伯爵家の者に知らせるだろう。
「よし、決めた」
俺はパンを飲み込むと、すっと立ち上がった。
「どうしたの、ルーク?」
「ちょっと、新しい乗り物を作ろうと思う」
「街まで、誰にも見つからずに行けるような特別な馬車だ」
「特別な馬車?」
リリアとルナが、不思議そうに顔を見合わせた。
俺はさっそく、作業場へと向かう。
頭の中には、すでに完ぺきな設計図が出来上がっていた。
前の世界で見た、キャンピングカーのようなものを想像した。
人が住めるくらいの場所があり、外から見るとただの荷馬車に見える。
そして最大の特徴は、周りの景色に隠れるための仕組みだ。
俺は能力を発動させ、近くにあった木材を加工し始めた。
まずは、じょうぶな土台と車輪からだ。
次に、人が乗るための箱の部分を組み上げていく。
中には、小さなベッドとテーブル、それから簡単な料理ができる台所も取り付けた。
これなら、長い距離の移動も楽にできるだろう。
そして、大事な景色に隠れるための仕組みだ。
俺は、馬車の外側の壁に特別な加工をした。
木の表面に、魔力を込めたとても小さなでこぼこをたくさん刻み込む。
これは光の反射をばらばらにして、見る角度によって色が変わって見える仕組みだ。
さらに馬車の屋根には、木の葉や枝を取り付けられるようにフックをいくつも置いた。
森の中では、まるで小さな茂みが動いているように見えるはずだ。
「よし、こんなものか」
半日もかからずに、俺だけの特別な移動基地が完成した。
名前は、『ステルス・キャンパー』とでも名付けておこう。
「すごい……、おうちが動いてるみたい」
「中も、すごく広いのね!」
リリアとルナは、完成した馬車の中を探検して大はしゃぎだ。
「ルーク、これに乗ってどこかへ行くの?」
リリアが、少しだけ不安そうな顔でたずねてきた。
「ああ。少しだけ、街のバルトロさんに会いに行こうと思う」
「これからのことを、相談するためにな」
「私たちも、一緒に行く!」
ルナが、俺の服のすそをつかんで言った。
「いや、二人には留守番を頼みたい」
「この砦は、お前たちがいないと守れないからな」
俺が真剣な顔で言うと、リリアは何かを分かったようにうなずいた。
「分かったわ。るな、私たちはルークのおうちを守るのよ」
「うん!悪いオオカミさん、やっつける!」
ルナも、小さなこぶしをにぎりしめて張り切っている。
そのいじらしい姿に、俺は思わず笑ってしまった。
俺は二人に、砦の防御システムの最後の起動方法をもう一度教え込んだ。
これでもう、俺がいなくても大丈夫だろう。
「それじゃあ、行ってくる。二、三日もすれば戻るからな」
「何かあったら、絶対に無理をするな。隠し部屋に隠れるんだぞ」
「「うん、いってらっしゃい!」」
二人の声援を背中にして、俺はステルス・キャンパーに乗り込んだ。
馬はいないから、俺の魔力で動かすことになる。
これも、俺の能力でできるようになったことだ。
馬車は、音もなく静かに砦の門をぬけ、森の中へと進んでいく。
景色に隠れる仕組みは、完ぺきに働いているようだ。
これなら、誰にも見つかる心配はないだろう。
俺は、まっすぐにレンガの街サイを目指した。
窓から流れる景色をながめながら、バルトロさんと何を話すべきか考える。
アルダー伯爵家の横暴を、商人ギルドにうったえることはできないだろうか。
あるいは別の力のある貴族に、俺の味方になってもらうという手もあるかもしれない。
だが、俺はもう貴族社会の面倒なことにはうんざりしていた。
街に近づくにつれて、道がきれいになっているのが分かる。
時々、他の商人らしい馬車ともすれ違った。
だが、誰も俺の馬車に気づく様子はない。
ただの、少しコケの生えた岩か何かだと思っているのだろう。
夕方ごろ、俺はレンガの街サイに到着した。
門番にあやしまれることもなく、スムーズに街の中へと入ることができた。
俺は馬車を人目につかない路地裏に止め、マントで深く顔を隠してサンライズ商会へと向かう。
店は、相変わらずにぎわっているようだった。
俺が店の裏口からこっそりと入ると、番頭のセバスさんが驚いた顔で出迎えてくれた。
「ルーク様、いつの間に。全く気づきませんでした」
「少し、バルトロさんに話があってね。呼んでもらえるだろうか」
「もちろんでございます。旦那様も、お待ちしておりました」
俺は、セバスさんの案内でお客さん用の部屋へと通された。
すぐに、体格のいいバルトロさんが、人の良さそうな笑みを浮かべて入ってくる。
「おおルーク君、よく来てくれた!無事だったか!」
「ええ、おかげさまで。それより、さっそくですが聞きます。街の様子はどうですか」
俺がそう切り出すと、バルトロさんの表情が少しだけ険しくなった。
「うむ……。アルダー伯爵の奴ら、かなりむりやりな手を使っているぞ」
「お前さんを探すために、街のならず者までやとって、情報を集めさせているらしい」
「おかげで、街の安全も少し悪くなっている。実に、迷惑な話だ」
バルトロさんは、心からうんざりしたようにため息をついた。
「そうですか……」
やはり、状況は良くない。
俺は、昨日の夜にクロードたちが砦を攻めてきたことを、バルトロさんに話した。
俺が、彼らを追い返したことも。
「なんと、あの若造、そこまでやったか!」
バルトロさんは、驚きと怒りが混ざったような声を上げた。
だが、すぐに大きな声で笑い飛ばす。
「はっはっは、しかし、それを一人で追い返すとは、大したもんだ!」
「気に入ったぞ、ルーク君!ますます、お前さんのことが気に入ったわい!」
彼は、俺の肩を力強くたたいた。
「それで、だ。わしも、ただだまってみていたわけではない」
バルトロさんは、声をひそめて言った。
「この街の領主である、辺境伯のヴィスコンティ様に、話を通しておいた」
「領主様に?」
「そうだ。ヴィスコンティ様は、民の暮らしを第一に考える、めったにいない立派な殿様だ」
「アルダー伯爵のような、自分の利益だけで領地を混乱させる奴を、何よりもきらっておられる」
「お前さんのそのすごい技術と、アルダー家とのもめごとについて、それとなく耳に入れておいた」
バルトロさんは、にやりといたずらっぽく笑った。
さすがは、大商人だ。
俺が考えるよりも、ずっと先の手を打ってくれていた。
「ヴィスコンティ様は、お前さんのその技術に、大変興味を持たれたご様子だ」
「もし、お前さんさえよければ、一度お会いになってみてはどうかな」
それは、願ってもない申し出だった。
領主のうしろだてがあれば、アルダー家も、そう簡単には手出しできなくなるだろう。
「……ですが、俺はもう貴族と関わるのは」
「分かっておる。ヴィスコンティ様は、お前さんを家来としてやとう、などというつもりはない」
「あくまで一人の職人として、同じ立場で関係を築きたい、そうお考えだ」
「それに、お前さんにとっても、悪くない話があるかもしれんぞ」
「悪くない話、ですか」
「うむ。実はな、ヴィスコンティ様も、今ある問題で頭をなやませておるのだ」
「この街と、王都を結ぶための、新しい道路を作る計画だ」
「その途中に、深い谷があってな。そこに、大きな橋をかける必要があるらしい」
バルトロさんは、そこで一度言葉を切った。
そして、俺の目をまっすぐに見て言う。
「どうだルーク君。お前さんのその力で、アルダー家の橋より先に、領主様のための、もっと立派な橋を架けてみてはくれんか」
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