第12話

門を少しだけ開けると、執事風の男は安堵したような表情を浮かべた。

そして、改めて深々と頭を下げた。

その物腰は非常に丁寧で、少なくとも敵意は感じられない。


「ルーク様でいらっしゃいますね。私は、サンライズ商会にて番頭を務めております、セバスと申します」


「セバスさん。わざわざ、こんな森の奥まで何の用ですかな」


俺はまだ棍棒を背中に隠したまま、警戒を解かずに尋ねた。

バルトロさん本人が来るならまだしも、使いの者をよこすというのは、何か特別な事情があるのかもしれない。


「はっ。まずはこちらを。旦那様からの、ルーク様へのお届け物にございます」


セバスさんはそう言うと、馬車の荷台から、いくつかの大きな木箱と、麻袋を降ろし始めた。

木箱の中からは、コケコッコー、という元気な鳴き声が聞こえてくる。


「ニワトリか」


「はい。旦那様が、市場で一番元気の良いものを選んでこい、と」


麻袋の中には、ニワトリの餌となる穀物や、野菜の種がぎっしりと詰まっていた。

先日、バルトロさんに頼んでおいたものが、もう届いたらしい。

彼の仕事は、本当に早いものだ。


「それから、こちらが伝言にございます」


セバスさんは居住まいを正し、少しだけ声を潜めて言った。


「アルダー伯爵家の者たちが、本格的に腕利きの職人を探し始めた、とのこと。なんでも、伯爵領にかかっている重要な橋が、近々崩落の危険があるとかで、その修復を急いでいる、と」


「橋の修復……」


なるほどな。石工や大工ではなく、俺のような木工職人を探している、と。

あの家の連中は、俺のスキルの本質を、まだ完全には理解していないらしい。

俺が作れるのは、小さな家具だけではない。

やろうと思えば、巨大な橋だって、一夜にして架けることができるのだ。

その力に気づき、俺を利用しようとしているわけか。


「街の職人ギルドにも、かなりの額の報酬を提示して、人探しを依頼しているようです。ルーク様の特徴……銀髪で、年若く、エルフの子供を連れている、という情報も、すでに街の一部では出回っております」


「何!?」


思わず、声が大きくなる。

まずい、リリアとルナのことまで知られているのか。


「ご安心ください。旦那様が手を回し、ギルドには偽りの情報を流させております。ですが、時間の問題かと。伯爵家は、かなり焦っているご様子。手段を選ばなくなってくるやもしれません」


セバスさんの言葉に、俺の背筋を冷たいものが走った。

あの父親や兄たちのことだ、俺が素直に従わないと分かれば、力ずくで連れ戻しに来る可能性も十分にある。

最悪の場合、リリアとルナを人質に取る、なんてことも……。


「……分かった。バルトロさんには、忠告に感謝すると伝えてくれ」


「かしこまりました。旦那様からは、くれぐれもご用心を、と。それから、もし万が一のことがあれば、いつでも商会を頼ってほしい、とも申しておりました」


セバスさんは、そう言い残すと、再び深々と一礼し、馬車に乗って去っていった。

一人残された俺は、固く閉ざした門の前で、しばらくの間、立ち尽くしていた。


事態は、俺が考えていたよりも、ずっと深刻なのかもしれない。

この砦の防御力は、かなり高めたつもりだ。

並大抵の魔物や、盗賊の類なら、寄せ付けない自信はある。

だが、相手が貴族で、兵士を動かせるとなると、話は別だ。


(どうする……)


逃げるか?

いや、どこへ?この家は、俺たちがようやく手に入れた、安住の地だ。

リリアもルナも、ここでの生活を、心から楽しんでいる。

それを、また奪われてたまるか。


(戦うしかないのか……)


俺は、自分の手のひらを見つめた。

このスキルは、大切なものを守るためにも使える。

そう、自分で確信したはずだ。


「ルーク?どうかしたの?今の、誰だったの?」


家の中から、リリアが心配そうに顔を覗かせた。

その後ろから、ルナもひょっこりと顔を出す。


「ああ、バルトロさんの使いの人だ。ニワトリを届けてくれたんだよ」


俺は、何でもないというように笑って見せた。

この子たちを、不安にさせてはいけない。


「わーい!にわとりさん!」


ルナは、ニワトリと聞いて、ぱあっと顔を輝かせた。

俺たちは、さっそく先日作った鶏小屋に、新しい住人たちを移してやることにした。


五羽のニワトリは、皆まるまると太っていて、元気いっぱいだ。

新しい住処が気に入ったのか、早速庭をつつき回っている。


「明日からは、新鮮な卵が食べられるぞ」


「すごいわ!卵焼き、作れるかしら?」


「るな、たまごかけごはんがいい!」


二人は、もうすっかり卵料理のことで頭がいっぱいのようだ。

その無邪気な姿に、俺の心も少しだけ和む。


そうだ。俺が守るべきは、この日常なんだ。

そのためなら、俺はなんだってする。


その日の午後、俺は一人で作業場にこもった。

二人は、新しい家族であるニワトリたちに名前をつけるのに夢中になっている。


俺が作るのは、家具でも、おもちゃでもない。

この砦を、難攻不落の要塞へと変えるための、新たな仕掛けだった。


まず、砦の周囲の地面に、木の根を網の目のように張り巡らせる。

これは、侵入者の足元を掬い、動きを封じるための罠だ。

俺の命令一つで、地面から無数の根が飛び出し、敵を拘束する。


次に、見張り台に設置した連弩を、さらに改良する。

ただ木の弾を撃つだけではない。弾の先端に、眠り薬を染み込ませた苔を詰めておく。

これを撃ち込まれれば、屈強な兵士でも、数秒で眠りに落ちるはずだ。

眠り薬の材料は、リリアに教わった森の薬草を使った。


さらに、砦の壁そのものにも仕掛けを施す。

壁の一部がスライドし、中から油を噴射する。

そこに、生活魔法の『点火』を合わせれば、瞬時に火の壁を作り出すことができた。


次から次へと、物騒なアイデアが浮かんでは、形になっていく。

俺のスキルは、こういうことにも、恐ろしいほどの適性を示した。


作りながら、俺は自問自答する。

俺は、本当にこんなものを作りたいのだろうか。

俺が望んでいたのは、穏やかな生活ではなかったのか。

だが、答えはすでに出ていた。

穏やかな生活は、ただ待っているだけでは手に入らない。

時には、守るために戦う覚悟も必要なのだ。


俺は、黙々と手を動かし続けた。

顔つきは、いつの間にか、家具職人のものではなくなっていた。

それは、自分の縄張りを、家族を、守ろうとする、一匹の雄の顔だったのかもしれない。


作業に没頭していると、いつの間にか、日が傾き始めていた。

リリアが、夕食の準備ができたと呼びに来る。


「ルーク、すごい集中力だったわね。何を作っていたの?」


「……ちょっとな。防犯用の、新しい仕掛けだよ」


俺がそう言うと、リリアは何かを察したように、少しだけ悲しそうな顔をした。


「……そっか。ごめんなさい、私のせいで……」


「リリア?」


「私たちが、ここにいなければ、ルークは、こんなことをしなくてもよかったのかもしれないって……」


俯いて、か細い声で言うリリア。

どうやら、昼間のセバスさんとの会話を、どこかで聞いていたらしい。

そして、自分たちが俺の足手まといになっていると、感じてしまったのだろう。


馬鹿だな、お前は。

俺は、リリアの頭を、少しだけ乱暴にわしゃわしゃと撫でた。


「お前のせいじゃない。これは、俺の問題だ」


「でも……」


「それに、俺は、お前たちがいるから、こうして頑張れるんだ。守りたいものがあるから、人は強くなれる。そうだろ?」


俺が真っ直ぐに目を見て言うと、リリアは驚いたように目を瞬かせた。

そして、その青い瞳から、ぽろりと一粒の涙がこぼれ落ちる。


「……うん」


リリアは、こくんと小さく頷くと、俺の胸に顔をうずめてきた。

俺は、その小さな体を、優しく抱きしめてやった。


大丈夫だ。

何があっても、俺が必ず守り抜いてみせる。

この温かい場所も、この子の笑顔も、全部だ。


「さあ、晩ごはんにしよう。今日は、卵を使った料理なんだろ?」


「うん……。ルナと、一生懸命作ったの。オムレツよ」


「へえ、オムレツか。それは楽しみだな」


俺たちは、連れ立って家の中へと戻った。

テーブルの上には、少しだけ形が崩れてはいるが、愛情がたっぷりこもった、二つのオムレツが並んでいた。

その黄色が、やけに温かく、俺の目に映った。


夕食の後、俺はリリアに、今日作った新しい防御システムのことを説明した。

万が一、俺がいない時に何かあっても、リリアが一人で砦を守れるように。

彼女は、俺の説明を、一つも聞き漏らすまいと、真剣な顔で聞いていた。


その夜、俺は一人、見張り台の上に立っていた。

森の夜は、虫の声と、風の音だけが聞こえる。

昼間の喧騒が、まるで嘘のようだった。

だが、この穏やかさも、いつまで続くか分からない。

俺は、遥か遠くに見える街の灯りを、じっと見つめていた。

あの光の中に、俺を脅かそうとする者たちがいる。


不意に、背後で小さな衣擦れの音がした。

振り返ると、そこには毛布を肩にかけたリリアが立っていた。


「眠れないのか?」


「ルークこそ。ずっと、ここにいるつもり?」


彼女はそう言うと、俺の隣にやってきて、同じように街の方角を見つめた。


「……怖い?」


俺が尋ねると、リリアはふるふると首を横に振った。


「ううん。怖くないわ。ルークが、一緒だもの」


その言葉は、何よりも俺の心を強くした。

そうだ。俺は、一人じゃない。


「ありがとう、リリア」


俺たちは、それ以上何も言わなかった。

ただ二人で、夜の森を眺めている。

寄り添う肩から、お互いの温もりが伝わってきて、不思議と心が落ち着いていくのを感じた。


どれくらいの時間が経っただろうか。

リリアが、ふと俺の顔を見上げて言った。

「ねえ、ルーク。あのね……」

彼女が何かを言いかけた、その時だった。


森の奥深く、今までとは明らかに違う方角から、微かに光が灯るのが見えた。

一つではない。いくつもの、松明の光だ。

それらは、統率の取れた動きで、ゆっくりと、だが確実に、こちらへ向かってきている。

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