第8話
レンガの街サイの中央広場は、まさに街の中心地といった場所だった。
広場の中央には大きな噴水があり、その周りを囲むようにしてたくさんの露店が並んでいる。
食料品を売る店や、古着を売る店。
怪しげな薬を売る店もあり、見ているだけでも飽きない光景だ。
「すごい……、お祭りみたいだわ」
「りんご飴、るなあれ食べたい!」
リリアとルナは、すっかりお祭気分になっている。
いけない、いけない。俺たちは遊びに来たわけじゃないんだ。
「まずは場所の確保だ、どこか空いている場所はないか……」
俺が広場を見渡していると、隅の方で商品を片付けている露店の主らしき老人が目に入った。
その場所なら、ちょうど俺たちの荷車一台分くらいの空間が空きそうだ。
俺は意を決して、その老人に声をかけてみることにした。
「あの、すみません。ここで少しだけ、店を出させてもらえませんか?」
老人は、俺の顔にちらりと目をやる。
そして荷車に積まれた商品を見ると、にこやかに笑った。
「おお兄ちゃん、行商人かい。いいよ、ちょうどわしはもう店じまいするところだ。ここを使いな」
「いいんですか、ありがとうございます!」
思った以上に、話が早かった。
この街の人は、親切な人が多いのかもしれない。
俺は老人に礼を言うと、さっそく店の準備を始めた。
荷車を店の代わりにして、その上に商品を並べていく。
シンプルな椅子や、動物の形をしたまな板を置く。
可愛らしい小物入れと、子供向けのおもちゃも並べた。
俺が作った木工品は、この街で売られている他の商品と比べて明らかに違っていた。
デザインが洗練されており、何より仕上げが丁寧だ。
これなら、きっと人の目を引くはず。
「リリア、ルナ。二人とも、商品の前に立ってお客さんを呼んでくれるか?」
「え、私たちが?」
「うん、まかせて!」
リリアは少し戸惑っているようだが、ルナは元気よく返事をした。
二人が店の前に、ちょこんと立つ。
銀髪のエルフの美少女姉妹は、最高の看板娘だ。
「さあ、開店だ!」
俺は腕まくりをして、客が来るのを待った。
しかし、一時間経っても二時間経っても客は来ない。
俺たちの店に、足を止める客は一人もいなかった。
広場は、相変わらず賑わっている。
周りの店には、ひっきりなしに客が出入りしているというのに。
なぜだ、俺の商品はそんなに魅力がないのだろうか。
ちらちらと、遠巻きにこちらを見ている人はいる。
しかし、誰も近づいては来ない。
「どうしてかしら……、こんなに素敵なものばかりなのに」
リリアが、不安そうに呟いた。
ルナも、退屈そうに自分の足元を見つめている。
俺は腕を組んで、原因を考えた。
もしかしたら、値段が高すぎるのかもしれない。
いや、そもそも値札もつけていないのだ。
あるいは、見慣れない商品すぎてどういうものか分からず警戒されているのか。
それが、一番可能性として高そうだった。
「困ったな……、このままじゃ一つも売れずに終わってしまう」
俺が途方に暮れていると、一人の少年が店の前で足を止めた。
年の頃は、十歳くらいだろうか。
母親らしき女性の手を引いて、荷車に並べたおもちゃを食い入るように見つめている。
「お母さん、あれ!あれ見て!」
少年が指差したのは、俺が作ったオルゴール付きの木の木馬だった。
母親は、息子の指差す方を見て少し困った顔をした。
「まあ、素敵なおもちゃね。でも、きっと高いわよ。貴族様が買うようなものだわ」
「そんなことないよ、お願いちょっと見るだけ!」
少年は母親の手を振りほどき、俺たちの店に駆け寄ってきた。
そして、木の木馬をキラキラとした目で眺めている。
「お兄ちゃん、これどうやって動くの?」
「こうやって、中心の軸を回すんだよ」
俺が実演して見せると、木馬は優しい音色を奏でてゆっくりと回転を始めた。
「わあ……、すごい!きれいな音!」
少年は、大喜びだ。
母親もいつの間にか近くまで来て、その精巧な作りに感心しているようだった。
「すごいわねこれ……、本当に木でできてるの?」
「はい、全て木材だけで作っています。釘も接着剤も使っていません」
俺がそう説明すると、母親はさらに驚いたようだった。
「あの……、お値段はおいくらなのかしら?」
おそるおそる、といった感じで尋ねてくる。
きた、初めての商談だ。
俺は、この世界の相場が全く分からない。
高すぎても売れないし、安すぎても損をする。
俺は少し考え、思い切って値段を決めた。
「そうですね……、銀貨一枚でどうでしょうか」
銀貨一枚、それは俺を追放した父親が手切れ金として渡してくれた額から考えると、それなりの価値があるはずだ。
俺の言葉に、母親は目を丸くした。
「ぎ、銀貨一枚!?こんなに素晴らしいものが、たったそれだけでいいんですか!?」
どうやら、安すぎたらしい。
しまったと思ったが、一度口にした値段を今更変えるわけにもいかない。
「ええ、開店したばかりのサービス価格ですよ」
俺がそう言って笑うと、母親は「買います、ぜひそれをください!」と喜んで銀貨を差し出した。
記念すべき、最初の売り上げだ。
俺は木馬を丁寧に布で包み、少年に手渡した。
「ありがとう、お兄ちゃん!」
少年は、宝物のように木馬を抱きしめている。
その親子は、満面の笑みで去っていった。
その様子を、周りの人々が見ていた。
「おい、今の見たか?」
「あんな立派なおもちゃが、銀貨一枚だってよ」
「本当か、ちょっと見てみようぜ」
最初の客が、最高の宣伝になってくれたらしい。
一人、また一人と人々が俺たちの店に集まり始めた。
「お嬢ちゃん、この小物入れはいくらだい?」
「このまな板、すごくおしゃれね!」
「この椅子、驚くほど軽いのにすごく頑丈だわ!」
客たちは、俺の作った商品の品質の高さと値段の安さに驚いていた。
商品は、飛ぶように売れていく。
「リリア、ルナ、手伝ってくれ!」
「は、はい!」
「うん!」
俺たちは三人で、押し寄せる客の対応に追われた。
リリアは商品の説明を、ルナは商品を袋に詰めるのを手伝ってくれる。
あっという間に、荷車の上にあった商品の半分近くが売れてしまった。
革袋の中は、ずっしりと重い銀貨でいっぱいになる。
昼過ぎには、客足も少し落ち着いてきた。
俺たちは、ようやく一息つくことができた。
「はあ、疲れた……。でもすごいわルーク、ほとんど売れちゃったわね!」
リリアが、興奮した様子で言う。
ルナも、自分が役に立てたのが嬉しいのか誇らしげな顔をしていた。
「ああ、二人ともよく頑張ってくれたな。ありがとう」
俺がそう言って二人の頭を撫でると、嬉しそうに笑った。
そんな俺たちの様子を、少し離れた場所からじっと見ている男がいた。
歳の頃は四十代くらいだろうか、恰幅が良く上等な服を着ている。
どうやら、商人のようだ。
男は、やがて意を決したように俺たちの店へと近づいてきた。
「やあ坊主、見ない顔だが、あんたがここの主人かい?」
その口調は穏やかだが、目の奥は鋭く光っている。
まるで、品定めをしているようだった。
「はい、そうですが」
「あんたの作る品物、少し見させてもらったが……素晴らしいな。この街の、どの職人よりも腕がいい」
男は、売れ残っていた椅子を一つ手に取る。
そして、その作りの良さを確かめるように撫でた。
「わしは、この街で『サンライズ商会』という店をやってるバルトロという者だ」
「バルトロさん、ですか」
「単刀直入に言おう、坊主。あんたの商品を、うちの店で扱わせてくれないか?」
それは、願ってもない申し出だった。
露店で一つ一つ売るよりも、商会と取引した方がずっと安定して大きな収入になるだろう。
俺は、面倒なことを嫌う性格だ。
交渉ごとは、あまり得意ではない。
だが、この話は受ける価値がありそうだ。
「……詳しく、お話を聞かせてもらえますか?」
俺がそう言うと、バルトロさんは満足そうに頷いた。
「うむ、話が早くて助かる。場所を変えよう、わしの店でゆっくりと話そうじゃないか」
俺たちは、バルトロさんの案内で彼の店へと向かうことになった。
店じまいをした俺たちの荷車を、バルトロさんの店の若い衆が代わりに引いてくれる。
「さあ、お腹も空いただろう。まずは、美味い昼飯でもご馳走しよう」
バルトロさんは、豪快に笑った。
どうやら、俺たちの運命は良い方向へと転がり始めたらしい。
サンライズ商会の店は、職人街でもひときわ大きな立派な建物だった。
中には、様々な家具や雑貨が美しく並べられている。
俺たちは店の奥にある応接室に通され、豪華な昼食をご馳走になった。
リリアとルナは、初めて食べる本格的な料理に目を丸くしている。
食事を終えると、いよいよ本題に入った。
バルトロさんは、俺の作った商品を全て買い取りたいと言う。
そして、今後も継続的に取引をしたいと申し出てくれた。
提示された買取価格は、俺が露店で売っていた値段の実に三倍以上だった。
どうやら俺は、自分の商品の価値を全く理解していなかったらしい。
「どうじゃろうか、悪い条件ではないと思うが」
「……はい。ですが、一つだけ条件があります」
俺は、バルトロさんの目を真っ直ぐに見つめて言った。
「俺は、自分のペースで作りたいものを作りたいんです。納期や、ノルマに縛られるのはごめんです」
前世での経験が、俺にそう言わせていた。
もう、誰かの都合で自分の仕事を歪めたくはない。
俺の言葉に、バルトロさんは少し驚いたような顔をした。
だが、すぐににこりと笑う。
「はっはっは、気に入った!いかにも、本物の職人が言いそうなことだ!よかろう、その条件飲んだ!」
こうして、俺とサンライズ商会との専属契約が結ばれた。
安定した収入源の、確保だ。
これで、俺たちの森での生活はさらに安泰なものになるだろう。
商談を終えた俺たちは、バルトロさんから今日の分の代金を受け取った。
金貨数枚と、大量の銀貨だ。
革袋が、ずっしりと重い。
「さあ、約束のものを買いに行こうか」
俺は、リリアとルナに向かって笑いかけた。
二人は、ぱあっと顔を輝かせる。
俺たちは、街で一番大きな服飾店へと向かった。
色とりどりの布や、きらびやかな装飾品が並ぶ店内。
リリアとルナは、まるでおとぎの国に迷い込んだように目を輝かせている。
「好きなのを選んでいいぞ」
俺がそう言うと、二人はしばらく迷った後一つのリボンを指差した。
それは、空色と若草色の二色のリボンだった。
「これ……」
「お揃いがいいの」
俺は、その二色のリボンを姉妹のために買ってやった。
店を出ると、早速リリアの銀髪には空色のリボンを結ぶ。
ルナの銀髪には、若草色のリボンを結んでやった。
風に揺れるリボンが、二人の笑顔をさらに輝かせているように見えた。
「ありがとう、ルーク!」
「宝物にする!」
その笑顔だけで、今日一日頑張った甲斐があったと思う。
「さあ、そろそろ森に帰ろうか。俺たちの家に」
俺たちが街の門をくぐり、森へと続く道を歩き始めたその時だった。
一台の、豪華な馬車が俺たちの横を通り過ぎていった。
その馬車の側面には、見覚えのある紋章が描かれている。
鷲と剣をあしらった、アルダー伯爵家の紋章だ。
俺を追放した、あの家の紋章だった。
馬車は、俺たちのことなど気にも留めずに街の中へと消えていく。
(……何の用だろうな)
一瞬だけ、胸がざわついた。
だが、俺はすぐに首を振るう。
もう、俺には関係のないことだ。
俺の居場所は、あの息苦しい屋敷じゃない。
可愛い娘たちが待つ、森の中のあの温かいログハウスなのだから。
俺は、リリアとルナの手を強く握りしめた。
二人は、俺の気持ちなど知る由もない。
新しいリボンを嬉しそうに揺らしながら、森へと続く道をスキップするように歩いている。
その姿を見ていると、さっきまでの小さな胸のざわつきなどどうでもよくなっていた。
「どうしたの、ルーク?」
俺が黙り込んでいるのに気づいたのか、リリアが不思議そうな顔でこちらを見上げてくる。
「いや、なんでもない。それより、今日の晩ごはんは何にしようかって考えてたんだ」
「えーっとね、私はお魚が食べたいな!」
「るなは、お肉がいいー!」
「ははは、どっちも作ってやるよ」
そんな他愛もない会話をしながら、俺たちは夕日に染まる森の中を我が家へと向かって歩いていった。
荷車は空になったけれど、俺たちの心は温かい満足感で満たされている。
ずっしりとした銀貨と、新しいリボンも手に入った。
俺たちのログハウスが見えてきた時、リリアがふと何かを思い出したように言った。
「そういえばルーク、私たちの家にはまだ名前がないわね」
「名前?」
「ええ、せっかくだから何か素敵な名前をつけましょうよ」
「そうだね、可愛い名前がいい!」
ルナも賛成するように、ぴょんぴょんと跳ねた。
家の、名前か。
考えたこともなかったな。
俺は、暖かな光が漏れる我が家を見つめる。
そして、どんな名前にしようかと考えを巡らせ始めた。
それは、これから始まる俺たちの新しい物語の題名になるのかもしれない。
そんなことを考えていると、リリアがいたずらっぽく笑って一つの提案をした。
「『もりのきのいえ』はどうかしら?」
「えー、もっと可愛いの!」
ルナが頬を膨らませる。
「じゃあ、『おひめさまのおしろ』!」
「それも、ちょっと違う気がするな……」
俺たちは顔を見合わせて、思わず笑ってしまった。
家の名前を決めるのは、もう少し先になりそうだ。
でも、そんな時間を過ごせること自体が何よりも幸せなのだと俺は感じていた。
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