社畜生活に疲れた俺が転生先で拾ったのは喋る古代ゴーレムだった。のんびり修理屋を開店したら、なぜか伝説の職人だと勘違いされている件

☆ほしい

第1話

気がつくと、俺は真っ白な空間にいた。

手足の感覚はある。だが、自分が立っているのか座っているのか、それすらも曖昧だった。


「目が覚めましたか、相田巧さん」


どこからか、穏やかで、男とも女ともつかない声が響いた。

目の前に目をやると、光そのものが人の形をとったような存在が立っていた。


「あなたは……?」


「私は、そうですね。あなたたちの言葉で言うなら、神、というものに近いかもしれません」


神様、か。

俺は自分の最期を思い出した。連日の徹夜作業、鳴り響くエラー音、そして机に突っ伏したまま意識が遠のいていく感覚。間違いなく、過労死だ。


「あなたはよく働きました。ですが、少し働きすぎましたね。本来の寿命を大きく前倒しにしてしまうほどに」


神様は気の毒そうに言った。

その言葉に、俺はなぜか怒りよりも安堵を覚えていた。やっとあの地獄から解放されたんだ、と。


「つきましては、お詫びと言っては何ですが、あなたを別の世界に転生させてあげようと思います。記憶を持ったまま、新しい人生を歩む機会です」


異世界転生。

ネット小説でよく見る展開だ。まさか自分の身に起きるとは思わなかった。


「何か、希望はありますか?一つだけ、特別な力を授けましょう」


特別な力、スキルというやつか。

俺は少しだけ考えた。もう戦ったり、誰かと競ったりするのはうんざりだ。あくせく働くのも、もうこりごりだった。


「それなら、何かを分解したり、組み立てたりする力が欲しいです。静かな場所で、のんびりと物作りをして暮らしたいので」


俺のささやかな願いに、神様は少し意外そうな反応を見せた。


「ふむ、戦闘向きの力や、莫大な富を生むような力ではなくてよいのですか?」


「はい。もう、誰かに急かされたり、ノルマに追われたりする生活は嫌なんです。自分のペースで、好きなことをして生きていきたい」


それが、社畜として身を粉にして働いた俺の、唯一の願いだった。


「わかりました。あなたのその願い、確かに聞き届けました。あなたに『分解』と『再構築』のスキルを授けます」


神様の言葉とともに、俺の体が温かい光に包まれる。


「さあ、行きなさい。新たな世界で、今度こそあなたらしい、穏やかな人生を」


意識が再び遠のいていく。

次に目を覚ました時、俺はふかふかの苔の上に寝転がっていた。


木々の間から差し込む光が眩しい。

体を起こすと、自分が森の中にいることがわかった。鳥のさえずりや、風が木々を揺らす音が聞こえる。東京の喧騒とはまるで違う、穏やかな世界だ。


「ここが、新しい世界か……」


自分の手を見る。

少し若返っているようだ。前世では三十代前半だったが、今の見た目は二十代前半くらいに見える。服装は、前世で着ていたスーツではなく、麻でできたような簡素なシャツとズボンに変わっていた。


ポケットを探ると、硬いものに触れた。

取り出してみると、銀貨が十枚ほど入った小さな革袋だった。これが当面の生活資金ということだろうか。神様のささやかな心遣いに感謝した。


「さて、どうしたものか」


とりあえず、人が住んでいる場所を探さないと始まらない。

俺は立ち上がって、周囲を見渡した。どの方角に進めばいいのか、見当もつかない。


その時、ふと頭の中に半透明の画面のようなものが浮かび上がった。テレビゲームのステータス画面によく似ている。


名前:タクミ・アイダ

職業:なし

スキル:分解、再構築


「うわ、本当に出た」


思わず声に出してしまった。

どうやら、念じれば自分の情報が見えるらしい。いかにも異世界転生といった感じで、少しだけ気分が上がってきた。


スキルについてもっと詳しく知りたい、と心の中で思う。

すると、画面の表示が切り替わった。


【分解】

対象の構造情報を読み取り、構成要素にまで分解する。

※生物には効果がない。


【再構築】

分解した対象を、記憶した構造情報通りに組み上げる。

※欠損した部品や未知の素材は再現できない。手元にある代替素材で補うことは可能。


「なるほど。思ったより便利そうだ」


これなら、壊れたものを直したり、何か新しいものを作ったりするのに役立つだろう。

戦闘能力は皆無だが、そもそも戦う気はないのだから問題ない。


俺はひとまず、森の中を歩き始めた。

特に当てもないが、じっとしていても仕方がない。しばらく歩いていると、少し開けた場所に出た。そこには、古びた石の台座のようなものがあった。


そして、その台座の上には、奇妙なものが転がっていた。

それは、金属でできた丸い塊だった。大きさはバスケットボールくらいだろうか。表面は錆と泥にまみれ、あちこちがへこんでいる。


「なんだこれ……?」


近づいてよく見てみると、それは何かの人形のようだった。

短い手足がついていて、体の真ん中には大きな水晶のようなものが埋め込まれている。だが、その水晶はひび割れ、輝きを失っていた。


「ゴーレム、かな?」


ファンタジーの世界ではお馴染みの存在だ。

だが、こんなに小さいゴーレムは見たことがない。それに、完全に機能を停止しているように見える。


俺は好奇心に駆られた。

神様からもらったスキル、試してみるのにちょうどいいかもしれない。


「よし、やってみるか。『分解』」


俺はゴーレムだったものにそっと手を触れて、スキルを発動させた。

その瞬間、膨大な情報が頭の中に流れ込んできた。


これは、ただの鉄の塊じゃない。

無数の精密な部品が、まるでパズルのように組み合わさってできている。動力源は魔力で、中心の水晶がその制御装置と視覚センサーを兼ねているらしい。


「すごいな、これ……。どういう仕組みなんだ?」


構造を理解していくうちに、壊れている箇所も特定できた。

魔力を伝達する内部回路が数カ所で断線している。そして、中心の水晶のひび割れが、全体の機能不全を引き起こしている原因のようだ。


「これなら、直せるかもしれない」


幸い、断線した回路をつなぎ直すのに必要な金属素材は、ゴーレム自身の装甲の一部を少しだけ流用すれば足りそうだ。問題は、ひび割れた水晶だ。


完全に同じものを再現することはできない。

だが、スキル説明には「手元にある代替素材で補うことは可能」とあった。


俺はポケットから銀貨を一枚取り出した。

この世界の金属がどういう性質を持っているかはわからないが、試してみる価値はある。


「よし、『再構築』」


俺は再びゴーレムに触れ、今度は修復後のイメージを強く思い描いた。

頭の中にある設計図通りに、部品が組み上がっていく感覚。断線した回路が繋がり、ひび割れた水晶の亀裂が、溶かした銀で埋められていく。


銀は水晶の代わりにはならないだろうが、少なくとも割れた部分を繋ぎ合わせる補強材にはなるはずだ。


やがて、俺の手の中でゴーレムがカチリと小さな音を立てた。

表面の錆や泥が剥がれ落ち、鈍い銀色の輝きを取り戻している。へこんでいた部分もすっかり元通りになっていた。


そして、一番の変化は、中心の水晶だった。

ひび割れは銀色の線となって残っているが、その奥から、ぼんやりと青い光が灯り始めた。


光は次第に強くなり、やがて安定した輝きを放つ。

すると、ゴーレムの短い手足がもぞもぞと動き出した。


カタ、カタカタ。


ゴーレムは台座の上でゆっくりと身を起こし、その大きな水晶の目を俺に向けた。


「……マスター?」


カタコトの、子供のような声だった。

俺は驚いて、思わず後ずさった。


「喋った……!?」


「マスター。……キドウ、シマシタ。ワタシノ、ナマエハ?」


どうやら、俺のことを主人だと認識しているらしい。

そして、名前を求めているようだ。


俺は少し考えて、その丸い見た目から思いついた名前を口にした。


「タマ、っていうのはどうだ?」


「タマ。……ニンシキ。ワタシノ、ナマエハ、タマ」


タマは嬉しそうに、その場で軽く飛び跳ねた。

カタカタと可愛らしい音がする。


「マスター。アリガト」


「どういたしまして。それにしても、君はいったい何なんだ?」


俺が尋ねると、タマは少しの間黙り込んだ。

中心の水晶が明滅している。何かを検索しているのかもしれない。


「ワタシハ……コダイブンメイノ、ジリツガタ、ゴーレム。ナガいアイダ、ネムッテイマシタ」


古代文明。

やっぱり、ただのゴーレムではなかったようだ。


「そうか。まあ、難しいことはよくわからないけど、よろしくな、タマ」


「ハイ、マスター。ヨロシクオネガイシマス」


タマはこてん、と首を傾げるような仕草をした。

金属の塊のはずなのに、不思議と愛嬌がある。


俺はタマをひょいと持ち上げて、自分の肩に乗せた。

全長三十センチほどのタマは、見た目よりずっと軽かった。


「さて、これからどうしようか。まずは街を探さないとな」


「マカセテクダサイ、マスター。コノサキニ、ヒトノニオイがシマス」


タマの水晶の目が、森の奥を指し示した。

どうやら、簡単な探知機能も備わっているらしい。これは思った以上に頼もしい相棒ができたかもしれない。


「本当か?よし、じゃあ行ってみよう」


俺はタマを肩に乗せたまま、森の中を再び歩き始めた。

一人ぼっちだった異世界での生活に、思いがけず仲間ができた。

のんびり暮らすという目標は変わらないが、この小さなゴーレムと一緒なら、それもきっと楽しいものになるだろう。そんな予感がした。

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