切り刻まれた子供

 姜維からみれば、死んだ馬も奇妙ではあった。鞍や頭絡は商人のそれではなく、騎兵が使うもののようだった。金属と革でできた鞍は飾りこそ無いが作りは非常に丁寧で、軍に当たり前にいる騎兵が使えるものではなかった。


 姜維は故郷の天水で騎兵を指揮し、雍州の従事となった後、羌族の村に来る際も長安駐屯の騎兵の装備と馬で来ている。長安近郊にこんな馬具をつけた騎兵はいない。


 子供は少し離れたところにある木立の前にいた。木の根に寄り掛かる様に、仰向けで転がっている子供の死骸があった。姜維は飢えたか病で行き倒れて死んだ子供を見たことはいくらでもあったが剣で切り刻まれるように殺された子供を見るのは初めてだった。羌族の子供は死骸の前で膝をついて蹲り、呻く様に泣いていた。姜維はしばらくただ子供を見ていた。



 近くの枯れた草に血の痕がついていることに気付いた。何かを引きずったあと。あるいは、這いずったあと。

 「遠くへはいけないな。無理だ」と姜維は言った。血を追っていくと足跡、血を吸いこんだ土。そしてさっきより多量の血が付いた草むらがあった。茂みをかき分けるとやはり血まみれの男が一人仰向けに転がっていた。弁髪で羌族の衣だった。腹に大きな傷があり、腹わたが覗いていた。男は姜維を見ていた。姜維は咄嗟に下がって剣を構えなおした。


水をくれ。と羌族の言葉で男が言った。


 男の足元に血で汚れた刀が転がっていた。姜維はそれを足で蹴飛ばした。

水を、頼む。と男は言った。

水は持っていない。


 若い男だった。二十五歳の姜維よりずっと若い。まだ十七、八に見えた。

子供二人とお前と、男もう一人か?と、姜維は尋ねた。 羌族の男は答えなかった。

水を。

水は持ってない。子供はお前の縁者か?

羌族の男は小さく首を横に振った。

少し待っていろ。水を取ってくる。と姜維は言った。

子供は死んだ。と、羌族の男は答えた

一人生きているぞ。と姜維は言った。男は答えなかった。


 子供を残し姜維は子供の馬に乗って丘を越えて沼へ行き布に水を浸して男のところへ戻った。男はもうほとんど喋らなかった。痛いという意味の羌族の言葉を何度も呟いてそのうち息をしなくなった。

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