ひらり、くゆり。
雲丹倉 ウニ
ひらり、くゆり。
扉を
初めて眺めるその
地上の
だから、俺は今日までずっと
だけど、しばらくは、独り占めできるかもしれない。
そんな
お気に入りのツナマヨコーンパン。
はずなのに、今日ばかりは
ただの荷物となった
「こんな高いとこに……」
たぶん、屋上まで飛んで来たのではなく、幼虫の頃に
この
その蝶の
心の準備が
けれど、どれも受取人の
「本当、社会道徳て
毒づきかけた口を、反射的に
子供みたいなこと、いつまでも言ってんじゃねえぞ。
そう、いつもみたいに
そんなわけないのに。
いつも
フィルムを
一本引き抜く。
そして
「ん、なんで……?」
ふと、あの人の姿が脳内に
そして、まるで肺を焼くかのように、煙草
俺は抵抗を感じつつも、フィルターに口を付け、あの人をなぞるように火を吸った。
先端に火が
喉に
体内に満ちた、あの人の匂いを、一気に吐き出した。
そして、届くことなく、かすんで消えた。
「やっぱり全然良くねぇ……。はい、あげます」
ビニール袋から、あの人が良く飲んでいた缶コーヒーを取り出す。
少し離れたコンビニにしか売っていない、味もデザインも
会社周辺で売っているコーヒーの中で一番甘いらしく、これじゃないと頭が
気付けば俺は、そのプルタブに指をかけていた。
前に一口だけ飲まされた悪趣味なほどの
だけど、やっぱり
道徳に
「先輩が好きだったモノの良さ、一つもわからないな」
そう言って気づく。
好きなものどころか、先輩自身のことも、もうわからない。
わかっていたのに、わからなくなってしまったのだ。
ただ一つだけ、
情けなくて、頼もしい。
怖がりで、恐れ知らず。
この
健康に良い煙草なんてあるわけないでしょう!
俺はよく、強い口調でそう突っ込んだ。いつもの説教の仕返しとばかりに。
そうだ。
もう昼休みの後、この匂いの中で説教されることもない。
ずっと聞き流してきた先輩の声が、急に脳内に
ちゃんと飯食ったか?
野菜食ってるか? 肉食ってるか?
運動してるか? 何か趣味とかあるのか?
生き甲斐は、ちゃんと持っといたほうが良いぞ。
「自分は、どうなんだよ」
本当に、あの人はどうだったのだろう。
あの人の
明るくて、愛されて、尊敬される人格者の彼。
もしかしたら、そこにも矛盾が
それなら本当の先輩を、知っている人はいたのだろうか。
「先輩は、趣味とかあったんですか。最後は、何食ったんですか」
聞けなくなった今、初めて聞いてみたくなる。
だけど、
ふいに花束を
その紋白蝶の
引き戻そうと立ち上がって腕を伸ばすが、蝶は無関心に俺の手をすり抜けて、ゆっくりと地上へ
きっともう、この屋上まで舞い戻ってくる事は、できないだろう。
あの蝶にとって、それは旅立ちだろうか。
それとも、
「こんなの、飛び込むほどの良いもんじゃないでしょう」
柵から街を
ほんの数日前の
「今までありがとうございました」
最後だけは、思いの中で一番綺麗な言葉を口にした。
花壇では、あの紋白蝶の片割れが
残されたこの蝶は、ずっと一匹でいられるのだろうか。
それとも、いつかは後を追うのだろうか。
飲み残しの缶と吸い殻を拾って、俺は日常へと降りていく。
ちゃんと階段を使って。
ひらり、くゆり。 雲丹倉 ウニ @unikurayoyo
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