プルヌスエイリアーノ

つき

第1話

「お、えいクン、おはよう!」

「佐伯さん! あ、お、おはよう……!!」


えいちゃんこと私、松村桜は、隣の席の佐伯牡丹さんに笑顔を返した。

――頬の筋肉、引きつってないかな。今日の挨拶、自然にできただろうか。


高校に入学して二か月。趣味はゲームとギターくらいの超絶インドア陰キャな私は、なんとかクラスに馴染めている。

といっても、私が特別努力したわけじゃない。ただ「いつめん」ちゃんたちが目立つので、私もそのおこぼれで目立っているだけ、というのが実態だ。


そんなことを考えていたら、いつめんちゃんの一人がやってきた。


「さ~く~ら~ちゃ~ん」


やわらかい響き。かわいい。

そして――



……ドンッ!!



「うぐっ!?」


バックハグというには破壊力がありすぎる衝撃。戦車に轢かれた気分だ。


「殺す気かっ!?」


朝から私を仕留めにきた犯人は、久遠あんずちゃん。

ピンク色のロングヘアが光を受けて揺れる高身長美少女(たぶん175cmくらい)。授業初日、お腹を空かせて机に突っ伏していた彼女におにぎりを差し出したら、なぜか懐かれてしまった。


見た目は華やかだけど、パーソナルスペースはゼロ。子どもみたいな仕草をするかと思えば、何を考えているのか読めない。

……でも、ふわふわしていて、やっぱりかわいいから許す。


いまだに私の背中に体重を預けたまま、あんずちゃんが頬を寄せてくる。


「よーしよーし、可愛いね~。ネコちゃんかな~? あんずちゃんはネコちゃんなのかにゃ~?」


私がじゃれていると――鋭い視線に背筋が冷えた。


「…………」


「……朝から、脂っこすぎて……気持ち悪い」

「もう少し、時間と場所を考えたら?」


声の主はもう一人のいつめんちゃん、一ノ瀬桃だ。空色ウルフの毒舌女。彼女も175cm。

言葉は鋭いけど、桜の肩先にさりげなく手を添え、転ばないようバランスを取ってくれる。

普段は冷たいのに、こういうときだけは安心できる距離感だ。


桃とは小学生からの仲で、社会不適合者の私がなんとか社会で生きていられるのはほぼこの子のおかげ。

服もメイクも髪も、あまつさえコミュ力まで桃仕込みだ。


桃の口は悪いけど、桜だけに見せるやさしさを知っている私は、それに気づいてほっとする。


「いいの! 私とあんずちゃんは楽しんでるんだから! ねー、あんずちゃん?」

「ね~」


「……そう。でも多少は周囲の人間に気を使ったほうがいいんじゃない」

「……佐伯もそう思うでしょ?」


突然ふられた佐伯さんは、目を丸くして慌てた。


「え? あ、うん」


――な、なんだと!? 佐伯さんに迷惑がられてたなんて……


「ご、ごめん……佐伯さん……」


「あ、違うの! 別にえいクンが迷惑とかじゃなくて、その、なんというか――」


――佐伯さんの言葉を遮るように、チャイムが教室を揺らした。

佐伯さんはTOD負けした。


さっきから佐伯さんが私を呼ぶときに使うえいクンというのはエイリアンから来ている。もちろん、私がエイリアンだからえいと呼ばれているわけではない。

私は松村桜。クリーム色のポニーテール(昔風にいえば「ことりベージュ」)のインドア陰キャ高身長女……と言いたいところだが148cm。

このちんちくりんが175cmの高身長二人に囲まれて生きている様子は、まるで昔アメリカで撮影された捕まった宇宙人の写真そっくり。


転じて「エイリアン」「えいちゃん」「えいクン」と呼ばれるようになった。

ふざけるな高身長ども。中身だけなら、私よりあんずちゃんのほうがよっぽど宇宙人ぽいのに。


――放課後。

私はあんずちゃんと二人で並んで帰っていた。桃はなんか用事があるらしい。


「そういえば近くにショッピングモールできたんだって」

「へ~。今さらそんなの作って、人くるのかな~?」

「まあ、家族連れならちょうどいいんじゃない?」

「確かに~。なにが入ってるの~?」

「うどん屋と、ペットショップと……あ、楽器屋もあったはず」


「――っ楽器屋!?」

あんずちゃんの目が一瞬で輝いた。


「楽器、興味あるんだ」

「うん! やったことはないけど!」


「モールは……たしか、あっちの方向に――」

「早く行こう! さくらちゃん!」


「ちょ、速いってば! ちょっと待って!」


青信号に変わった瞬間、あんずちゃんは駆けだした。


――刹那。




……ドンッ!!!!!!!!!!




金属を砕くような衝撃音が響いた。

朝のバックハグの何十倍も大きな音だった。


視界の端で、何かが弾かれるように飛んだ。


あんずちゃんらしき影が、十メートル先に倒れていた。

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プルヌスエイリアーノ つき @tsuki0920

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