幻と現の交差路 連載版
ぴこたん
第1話 幻と現の交差路(昼編)
道の両脇には並木が続き、葉の隙間からこぼれる光がモザイクのように地面を染める。
風が枝を揺らすと、まるで本のページをめくるようにざわめきが走り、図書館へと急ぐ心を急かす。
ふっと何かの気配を感じ、空を見上げた。
ぎらつく太陽に、思わず目を細めたその瞬間、頬にひとしずく、冷たい雨粒が触れた。
芽吹きを急かすような気まぐれなシャワーか、それとも——。
もう一度視線をあげると、青空の奥で何かが大きく羽ばたいた。
黒と金の混じる翼、筋肉質の腕、そして無邪気な笑み。
ぴこたん似の幻影鳥が気持ちよさそうに旋回し、しゅわしゅわの雲を蹴散らすようにして飛び去っていく。
その姿は、夢の中から切り抜かれた幻のようで、それでいて、現実にささやく“冒険の前触れ”にも見えた——。
……と、うっとり見送っていたわしは、ふと頬を拭って我に返る。
「これ、雨じゃなくて……ぴこたんのおしっこぴこ!?w」
ひとりごとが空に溶ける。笑う気配も消え、街はいつもの朝の顔に戻っていた。
目の前には、重厚な扉を持つ図書館が静かにそびえ立つだけ。
ついさっきまで見ていたものが、現実だったのか夢だったのか、その境界だけが湿ったまま指先に残っている——。
---
重厚な回転ドアを押し分けて図書館に入ると、冷ややかな空気が迎え入れ、木と紙の匂いが静かに混ざり合って漂っていた。
書棚の谷間を抜け、わしは一冊の本を手に取った。
薄い背表紙のせいで、指先はあっという間に最後へと辿り着く。
気がつけば、わしは本文ではなく巻末のあとがきを読んでいた。
そこには、こう記されていた。
「AやBを描き分けることに限界があるとき、残された唯一の方法は――
そのAやBを見つめている“わし自身の目”を描くことだ。
人物そのものではなく、わしがどう受け止め、どう感じ、どう語ろうとするか。
その視点こそが、わしにしか持ちえない『個性』になる。」
――その一文は、まるで針のようにわしの胸へ刺さり、抜けぬまま残った。
その瞬間、外の空を旋回していたぴこたんの幻影がふいに甦る。
幻なのか、現なのか、境界の曖昧なその姿と、いま目の前の活字が重なり合った。
「わしも――書いてみたいぴこ。」
呟きは、誰にも聞かれず紙の匂いの中に溶けていった。
けれどそれは確かに、これから続くすべての物語の、最初の一行だった。
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