第15話 歪んだ幸福、社会的な承認
大学二年の十二月。街はきらびやかなイルミネーションと、楽しげなクリスマスソングで彩られていた。紬の誕生から一年が経ち、俺、佐久間悠斗と春香の関係は、誰が見ても順調そのものだった。週末には亮太と葵の家で過ごし、平日は恋人として穏やかな時間を重ねる。その日常は、傍から見れば幸せな大学生カップルの姿そのものだっただろう。しかし、その根底には、決して誰にも明かすことのできない、暗く歪んだ計画が横たわっていた。
クリスマスを間近に控えた夜、俺は春香を、イルミネーションが美しい公園の見えるレストランに誘った。テーブルの上には、ささやかなクリスマスプレゼント。すべてが、完璧な恋人たちのための舞台装置のようだった。食事を終え、二人で公園のベンチに座り、吐く息の白さではしゃぐ春香を眺めながら、俺はこの日のために用意していた言葉を、心の中で何度も反芻していた。
「春香、こっちに来て一年半、本当に楽しかったな」
「うん、私も。悠斗さんといると、毎日があっという間」
そう言って、春香は俺の腕にそっと自分の腕を絡めてきた。その無垢な信頼と愛情が、罪悪感となって俺の胸を締め付ける。しかし、もう引き返すことはできない。俺の計画を、完成させるためには。
「なあ、春香。俺、お前のことが、本当に大切なんだ。これからも、ずっと一緒にいたい」
「……悠斗さん?」
俺は、コートのポケットから小さな箱を取り出し、春香の目の前で、その蓋を開けた。中には、ささやかなダイヤモンドが埋め込まれた、シンプルなデザインの指輪が収まっている。街のイルミネーションの光を反射して、それは星のようにきらめいた。
「俺と、結婚してくれないか」
その言葉は、俺の本心であり、そして同時に、俺の歪んだ計画の最後のピースだった。春香と結婚する。それは、俺が法的に藤井家の一員となり、「紬の叔父」という確固たる地位を手に入れることを意味していた。葵の家族の傍に、誰からも疑われることなく、合法的に居続けるための、究極の手段。
春香は、驚きに目を見開いたまま、しばらくの間、言葉を失っていた。その大きな瞳から、ぽろぽろと大粒の涙がこぼれ落ちる。
「……はい……っ、喜んで……!」
涙で濡れた声で、彼女は力強く頷いた。俺は、安堵の息を吐きながら、彼女の左手の薬指に、そっと指輪をはめる。その指は、喜びと感動に、わずかに震えていた。
「ありがとう、春香。絶対に、幸せにするから」
「ううん、私の方こそ、ありがとう……。私ね、悠斗さんと結婚したら、お兄ちゃんや葵さんたちのことも、もっともっと大切にしたいな。紬ちゃんも、本当の姪っ子になるんだもんね。葵さん一家のことも、本当の家族みたいに、みんなで支え合っていきたいな」
涙を拭いながら、春香は心の底から幸せそうな、天使のような笑顔でそう言った。
その言葉を聞いた瞬間、俺の心の中で、カチリ、と最後のピースがはまる音がした。
そうだ、これでいいのだ。俺の歪な家族計画は、今、この瞬間、完成した。春香の、このどこまでも純粋で、深い家族愛こそが、俺の罪を隠し、俺に居場所を与えてくれる。彼女の善意に寄生する形でしか、俺は父親として、我が子のそばにいられないのだ。
俺は、泣きじゃくる春香を強く抱きしめた。胸に広がるのは、罪悪感を塗りつぶすほどの、歪んだ幸福感。そして、社会的に「家族」という枠組みに守られることへの、深い安堵だった。この日、俺は聖なる夜を前にして、最も邪な計画を成就させた。その先に待つ未来が、どのようなものであるのか、知る由もないままに。
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