推しのメンタルが俺の単位を溶かす

菊成朔

プロローグ


 眩しいライトの熱が、肌をじりじりと焦がす。

 耳に届くのは、観客のざわめきと、マイクチェックの反響。

 舞台袖に立つ俺の視界には、四つの背中が並んでいた。


「……本当に、ここまで来ちゃったんだね」

「当たり前でしょ。やるしかないんだから」

「でも、緊張してるの、バレバレだよ?」

「ちょっ……! 余計なこと言わないで!」


 短いやりとりに、張り詰めた空気が少しだけほどける。

 それでも、足元の震えまでは隠せない。

 彼女たちの肩が、同じリズムで呼吸を刻んでいるのが見えた。


「……ねえ。失敗したら、どうなるんだろ」

「だからこそ、失敗なんてできないの」

「うん。……でも、大丈夫。だって私たちは――」


 言葉が途切れ、互いの視線が交わる。

 その一瞬に、彼女たちの中に宿る覚悟が見えた。

 恐怖と、期待と、希望と――全部を抱えて、それでも前に進もうとする光。


 観客席から湧き上がる声が、さらに大きくなる。

 カウントダウンの数字が、背後のモニターに浮かび上がった。


 五。

 四。

 三。


 彼女たちの手が、そっと重なる。

 指先が震えながらも、確かに力を伝え合っていた。


「……いこう」


 誰ともなく呟かれた声が、全員の胸を打つ。

 その瞬間、ステージの幕が動き出した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る