8年越しのタイムマシン

@newjam

第1話 待ち望んだ日


「それでは、本日はお時間をいただき、ありがとうございました。」


一礼して会議室を出る。


廊下には他の受験者が5人並んでいた。


人生逆転のチャンス。


皆同じ気持ちだろう。


なのに。




(流石に仕事だと嘘ついて、面接時間まで変更させたのはマズイよなぁ)




就職難の時代になり、公務員試験の倍率は跳ね上がる。

仕事をしながら受けて、何度も落ちるのは珍しくない。

俺もその一人だ。


ようやくつかんだチャンス。

今回は筆記試験が絶好調だ。9割は正解だろう。

市外の自治体を受験して良かった。

告げられた二次試験の日時は


《平成29年2月17日 16:00》


「ふざけるな!!!」


部屋の中で思わず声に出してしまった。


なんで、よりにもよって、一番避けたい日時に指定する!?



「ショウとサヤの結婚式、どうすんだよ・・・」




8年準備した。


この日が来ることを、願っていた。


文字通り最初からずっと。



「友情か、将来か」


こんな選択肢が前にもあった。


あの時もこの二人が関係していた。


当時は友情ではない方を選んだ。


帰ったら縁切られると思った。


それをこの2人は笑って許してくれた。


何事もなく、いつも通りに迎え入れてくれたんだ。





答えは最初から決まっていた。





「もしもし、人事課へお繋ぎいただくことは可能でしょうか?・・・ええ。お時間について、ご相談をさせていただきたく。」








他の受験者や監督官から見えない位置まで静かに歩く。


曲がり角を過ぎてから、走った。


全力で走った。


庁舎裏の駐車場につき、乱暴にドアを開ける。


「披露宴開始は17:30。あと2時間で始まるじゃないか!」


カギを回す。


型式の古いコンパクトカーのエンジンが悲鳴を上げる。


「今日だけ頼むぜポンコツ!高速道路で少しでも巻き返さないと。」


捕まらなくてよかったし、事故に遭わなくてよかった。

そう表現するしかないほどの限界ドライブ。


雪が降り積もる道路。


トラックが雪煙を巻き上げて視界がふさがる。


あと少しハンドルを切っていたら谷底へダイブだった。



この時、何かが切れた。


「止めれるもんなら止めてみろ!!!」




アクセルはベタ踏み。


何台も追い抜いて雪道を走り抜く。


まだドラレコが高性能な時代じゃなくて良かった。





札幌市内に戻り、事前に調べておいた場所を目指す。


タクシーがいつでも停車しており、有料駐車場も近い地下鉄東西線南郷通18丁目駅。


「想定より遅れてる」


トイレに行って着替える時間もない。


流石にリクルートスーツで結婚式は無理がある。


後部座席を開け、手すりにかけてあるパーティー用のスーツへ着替える。


雪が降りつもる駐車場で。




「急いでください。事故しない程度で」


市内まで来て事故はもったいない。


降雪で渋滞しているし、急げって言われても現実的に無理だろう。


「そう言ってもらえるとありがたいですよ。中にはとにかく急げってお客さんもいますから」


タクシーは勢いよく発車する。


粋なおっさんだった。





《 平成29年2月17日 17:35 》


「5分間に合わなかった」


薄い雲がかかり、パステルブルーになった空。

先ほどの降雪が嘘のように、冬の割に穏やかで暖かさすら感じる。


披露宴会場のレストラン前でため息をついた。


「お客さんおつりは?」


出来る限り急いでもらえた。


間に合わなかったけど、運転手さんのせいではない。


「とっておいて下さい。急いでいただいて、ありがとうございました。」


改めて建物を見上げる。


山の斜面に建てられたレストランはおそらく入り口が大きく回り込んだ先の山側にあるだろう。


今いるのは下り側の裏口。


一度正面に回り込むものの、入り口は固く閉ざされており周りに係員も居ない。


「遅刻したからって締め出すことないだろう」


思わずつぶやき入り口を探す。



「このまま入ることが出来なかったらどうしようか」



割と命をかけたドライブだった。


何度か間違えていたら翌朝のニュースに出演していただろう。


名前と年齢と、原形をとどめないマイカーが。



恐る恐る裏側の通用口にあるエレベーターのボタンを押す。


車いす用だったようだ。


ゆっくりとエレベーターが動き出した。





本当なら今日は挙式から出席するはずだった。


一秒も見逃したくなかった。



二人が入場してくる所を最初に見たかった。



結婚式で使用される映像は全て俺が作った。


ちゃんと再生されるだろうか。


エラーになったときのためのUSBを渡し忘れていた。


本当はこれを披露宴前に誰か親族に渡すつもりだった。


おかげで今日は1日気が気ではなかった。


最終面接どころではない。





この日、二人の親友が結婚式をあげる。




何日も前から、想像しただけで涙が出そうだった。





良かった。


この二人が結婚してくれて、本当に良かった。





明日死んでもいい。


そう思うほどに今日という日が尊く、大切だった。





「タツキ!間に合ったのか!?」


「ノリさん・・・大遅刻っすよ。別の意味で泣きそう。チャペルの写真後で見せてください。」


1つ上の弓道部の先輩、ノリさん。

ムードメーカーで、存在感が半端じゃない。

今はキャンプ仲間としてほぼ毎週会っている。


「映像うまくいってます?テストで確認された謎のノイズは?」


ムービー開始からすでに5分以上経過している。


「ばっちりだぜ隊長。みんな釘付けだ。よくこんなもん作れたよな」


スクリーンにはストップモーションムービーが流れていた。

ちなみにノリさんからはキャンプに誘いすぎているため、キャンプ場探検隊の隊長呼ばわりされていた。


「この日のために、俺はみんなのムービー作ってきたんすよ。練習ではなく、感謝とリスペクトを込めて作ってましたけどね。」


先輩が結婚する度におもしろムービー作りに精を出していた。


みんないつも拙いムービーを楽しんでくれて、本当にありがたかった。


「元はと言えば、二人の結婚式で流してあげたくて作り始めたんです」


高砂にいる2人に手を振る。


ショウが「よかった」と口パクしているのがわかった。




「ノリさん、まだっすよ。俺たちの仕事は終わってない。」


「そうだったな隊長。本当の仕掛けは三次会。会場の予約はちゃんとしているからな」


「ありがとうございます。度肝抜いてやりましょうよ。あの二人絶対に泣く。」



結婚式と言えばサプライズ。


俺とノリさんはそれぞれ同じDVDを持っていた。


万が一、俺が来れなかったときのために。


「もう泣きそう」


「ノリさん早いって!」


「タツキ、ノリ、いつまでも立ってないで座んなよ」

弓道部の大ボス、タケルさんが言った。


「「うっす」」


着席して映像の続きを見る。


もう少し明るく調整しても見えたかなと考えていた。


続けて流れるプロフィール。


どれも特に力を入れた。


自分的には全てが最高傑作だ。




ジャケットの内側を確認する。


何も書いていない白地のDVDがそこにはあった。


タイトルすら見られたくない。


そこまで秘密にしたかった。






「やっと日の目を見るんだ。・・・8年越しのタイムマシンが。」

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