天国

すみそ

創造と天国

あなたは砂漠を歩いていた。砂漠といっても、空には太陽がなく、あるいは天がなく。ただよくわからない模様や形が、蠢いていた。

どこまで遠くを見てもサボテンや草の一つすらなく、その地面をいくら掘ったとしても、同じような砂しか出てこない。風は薄く吹き、あなたの服のマフラーだけが、そよそよと揺れている。

砂漠の中で時計が落ちていた。

他に何もない砂漠の中で、それだけが存在していた。

それは懐中時計であったが、ふちは見事な銀細工でできていて、12時の上には鷹の紋様が彫られていた。

時計の針は、一寸狂いもなく、短針、長針、秒針が動いているようだった。


あなたはこのものが、この砂漠から突然生えてきたと思えるだろうか。いいや、人の文明と、世界を知っているあなたならば、きっとそうは考えないはずだ。

あなたはこう思うかもしれない。これは老人が持っていたもので、またさらに大通りのはずれの小さな時計屋で買ったのかもしれない。

あるいは、その息子が父から譲り受け、大切にポケットに入れていたが、落としてしまったものかもしれない。

ともあれ、あなたはこれをこの砂漠の砂と同じように、自然にあったものだとは考えない。岩が削れ、砂が入り、やがてできたものだとは考えない。


であるならば、あなたはどうして、この世界が、一寸の狂いもなく進む時間や、物理法則や、生物が自然に生まれたと考えられるだろうか。

あなたは砂を手で掬ってみた。さらさらと下に落ち、掬ったこともわからないほどにまた戻った。

あなたはこの法則を、まるで自然にできたかのように思う。緩やかに流れる風は、数億年前に自然に起きた風が、振り子のように連なって今になっているのだろう。ではその最初の風はどこからあったのだろう。それは誰が起こしたのか。その要因も、誰が起こしたのか。

あなたは立って、空を見上げる。この幾何学のような、はたまたカオスのような空は、自然にできたのか。

この懐中時計は、きっと誰かが作ったものだ。

それ以上に精巧なこの世界も、誰かが作ったと思わないことがおかしいのだ


あなたはしゃがみから戻って、背筋を伸ばした。遠くを見つめても、やはり砂の大地は続いている。砂はやさしく暖まり、それが靴からでも伝わってくる。そよ風は規則なく、ただ流れてゆく。後ろの足跡を振り返ってみると、なにやら二つの足跡のほかに、杖でついたような跡がある。

何かと思ってみてみると、あなたは自分の手に、いつか貰った杖があったのを思い出した。それであなたは、この長い旅路をなんとか楽にしようとして、この杖をついていたのだ。

あなたは考えた。

生命も、もしかしたらそれ以外も、一つの夢、一つの思想、一つの何か崇高なものを目指して作られたのか。

もしかすると、その一つの何かというのは、もっと単純なのかもしれない。

神なんかという聖なる創造者ではなく、生きたいとか、楽したいとか、愛し合いたいとか、そんなことを原理として、もぐらのように、求めるままに創ったのでは。

物理法則やらも、吹き付ける風も、すべてはその誰かが楽したいために、面白いようにしたいために創ったのではないか。

あなたは思う。なぜ自分は歩くのか。この先に何があるのか。わたしはなにを望み、歩こうとしていたのか。わたしはこの楽園を求める原理に従っているのか。



考えをあなたはやめた。戻るわけでもなく、あなたはバッグを投げ飛ばした。ほんのり暑かったコートを脱いで、そこに置いた。砂に汚れることはなかった。

あなたは倒れ込んだ。家族も、友達も、仲間も、師匠もいない。先生も、上司も、先輩も、監督もいない。

思い出さないようにした。

思い出すこともできなくなった。

いや、そんな怖いことでもない。思い出そうと思えばいつだってできる。

空を見た。自分がいたところとは全く違う空だけど、美しく、安心できた。

目を閉じれば、暗闇があった。だが、目を開ければ、明るすぎない世界があった。

あなたは動かなかった。

吹き付ける風は、砂の一粒さえ動かさぬほど弱かった。

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天国 すみそ @popcorntaichi

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