全てを手に入れたはずの天才美少女が、なぜか俺との青春を迫ってくる
尾乃ミノリ
第1話 特待生と部活動①
『いいか、順、この世の中は、誰かを信用しないと生きていけないんだ』
小さい頃、親父から言われたこの言葉を、俺は今でもよく覚えている。
『この世には天才ってのがごまんといる。普通に戦ってアイツらに勝ち目はない。だから戦わない、俺達は手を取り合うんだ』
あれは確かうだるような夏の日で、太陽を背にした親父は、汗を流しながらも笑っていた。
日陰に立っている俺は、親父の顔が逆光で直視しづらかった。
……あの時彼がどんな顔をしていたか、段々と思い出せなくなってきた。
『俺達は信頼で勝つんだ。天才を信じて託す。それが俺達凡人の戦い方だ』
————なあ、親父。俺、あれから思うんだ。
『順も早く信頼できる誰かを、見つけられるといいな』
信頼なんて、クソくらえだ。
天才の手なんぞ借りなくても、俺は一人でのし上がってやる————って。
♢
「だから俺は、社会生活を行うための前駆体みたいなツラした部活動なんてものには、ちゃんちゃら入るつもりはありません」
時は放課後、場所は職員室の一角。
突然呼び出された俺は、呼び出してきた彼女にはっきりとした言葉で自分の意思を告げていた。
「……ん?なんか言ったか?」
だが、俺の必死の説明にもかかわらず、目の前に座る若く背の高い女性教師は、興味なさげに視線をPCのあたりをウロウロとさせていた。
彼女の名前は北条つかさ、担当科目は古文。
名前から某シティなハンターの作家をイメージするが、熱血なあの漫画とは逆に、高めの身長に眠そうな目、古文教師なのに何故かしわしわの白衣を着ており、脱力を形にしたみたいな人だ。
だが学年ではつかさちゃんという名で親しまれ、超然とした雰囲気が逆に安心すると生徒からの人気は意外と厚い。
「いやー、分かるよ、お前の気持ちはよーくわかるぞ、桜井」
「分かってくれますか、先生」
俺の向かいで一人だけ回転椅子に座る彼女は、暇そうに爪を軽くはじいた。
「お前がウチの学校に高校から特待生で編入して、それを維持し続けるためにたゆまぬ勉強をしているのはよーく知っている。部活なんて入ったら勉強時間が削られるもんな?」
「その通りです、先生と話すこの時間すらも正直惜しいくらいです」
俺の通うこの学校、私立浮神学園は、全国でも有数の名門私立中高一貫校である。
学力的に上澄みが集まるのはもちろんの事、日本有数の大企業の社長子息、令嬢が集まっているだけあって、優れた教育環境、そして卒後は輝かしい未来が待っていると評判の学園である。
そんな学園に所属する俺の名前は桜井順、趣味は勉強で、特技はテストで一位を取る事。ちなみに今まで特待生を落としたことはない。
だからはっきり言うと直ぐにでも回れ右して帰って勉強をしたい所なのだ。部活などという甘えたものをやるわけには行かない。
しかし、先生は気まずそうにポリポリと頬を掻く。
「でもなあ、この間職員会議で問題になったんだよ」
「何がですか?」
「いやな、文武両道を謳うウチの学校で、生徒の模範となるべき特待生が何の部活も入っていないのは問題だろうと言われたんだ」
「……へ?」
あっけにとられる俺を前に、つかさちゃんは妙にさわやかな笑顔で端的に要件を述べる。
「だからお前部活入んなきゃ、特待生クビな」
親指を立てたまま、ゆっくり首の前を横に通過させる先生。
俺も思わずさーっと血の気が引いていくのを感じる。
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ!なんですかそれ横暴ですよ!」
「いやぁ、横暴って言われてもなあ」
「第一文武両道を謳ってますけど、それでどっちつかずになったら意味ないですし、特待生が模範とか言われても、いや十分学力面では模範ですけど?って言いたいんですけど!?」
「はいはい落ち着け桜井、cool down」
古文教師のくせに、やたら流暢な英語で俺を宥めてくる先生。
「お前の言い分は分かる、だけどこれは決定事項なんだ。これ以上言ってもお前の立場が悪くなるだけだぞ?」
「っ……」
そう言えばここは職員室。はっとなり顔を上げて周囲を見渡すと、直接ではないものの、明らかに俺達の方を気にかけている視線がちらほらと……。
流石に敵陣のど真ん中でレスバはまずいか……
「……でも、今更部活って言われても、何すればいいか分かんないですよ」
高2のこの時期に新しく何かを始めろと言われても、時間的にも中途半端に終わる未来が見える。
俺がウチの学校にある部活に記憶を巡らせていると、先生は妙に同情的な顔を浮かべる。
「私もお前の担任だ。今更新しくスポーツを始めろって言われても難しいのは分かってる」
「え、ええ。その通りですよ……」
腕を組んだまま、うんうんと頷く先生。なんだか急に優しいな……。
次の瞬間、先生は俺にぐっと顔を近づけてくる。
「そこでな、お前にいい提案があるんだ」
「もう十分幸せですし、うちは先祖代々壺売ってますよ」
「誰が通信販売だ。そうじゃ無くて、私がやってる部活があるんだよ」
「つかさちゃ……じゃなくて、北条先生が顧問?」
つかさちゃんが机の下でこぶしを握るのを見て、慌てて言い方を変えた。
「ああ、正直かなり楽な部活だし、影山もそこに入ったらどうかと思うんだ」
「先生が顧問してる時点で怪しさ満点なんですけど……」
「失敬な、ちゃんとした部活だよ」
「本当に?ちなみに何部なんですか?」
俺が尋ねると、つかさちゃんは一瞬言葉に詰まる。
「……音楽部だよ」
「俺を陽キャの巣窟に放り込む気ですか」
俺の脳裏に某ガールズバンド漫画が蘇る。
傍から見る分には非常に面白かったが、あの世界に放り込まれたらそのキラキラ度合いに耐えられなくなる気がする。
たぶん皆俺にだけ敬語を使う未来が見える見える……。
俺が顔を引きつらせていると、先生はひらひらと手を振った。
「お前が想像してるのは軽音部だろ、違う違う。音楽部だ」
「バンドとかはしないんですか?」
「ああ、まずしないと考えてもらって構わない」
イマイチイメージがつかないが、楽器を演奏しないと言う事は音楽の歴史の研究をしようとか言う話だろうか。
考える俺に、先生はにこやかにアピールを続けてくる。
「決まった活動日は無いし、年会費無料。お前が気にしてる勉強の方も、部活に所属しながら両立できる!」
「なる、ほど……?」
とりあえず名前を貸すだけでもいいから。な?」
なんだか妙に熱心に進めてくる先生。
だけど、聞く感じ確かに悪い事では無さそうなんだよな……。俺も音楽は好きだし。
俺が揺れているのを見て、先生は怪しいにこやかな笑みを浮かべる。
「まあまあ、取り敢えずちょっとでも興味が湧いたならこの紙に書いとこうぜ?」
「え、今すぐってのはちょっと……」
「いやいや、一旦書くだけだから、お前の入部届を見せたら、一旦校長も教頭も納得するだろうから、な?」
ぐいぐいと俺の方に書類と押し付けてくる先生。無論ボールペンもセット。
「まあ、名前を貸すだけでいいなら……」
「よしきた!」
このままここで問答を繰り返してもどうしようもなさそうだ。仕方なしにペンを取り名前を書きこむ。
部活の欄には、「音楽部」とだけ記入しておいた。
「はい、これでいいですか?」
「オッケー、完璧だ!」
「それじゃあ、要件も済んだことだし、俺帰りますね」
今日はこのあとやらなければならないことがある。
回れ右をして帰ろうとした所を、北条先生が呼び止めてきた。
「まあまあ桜田、ちょっと待ちたまえよ」
「まだ何かあるんですか?」
俺には用事がたくさんあるのだ、今日は「アレ」もあるし、正直さっさと帰りたいのだが……。
だが、先生はそんな俺の思惑ガン無視で、トントンと肩を叩く。
「お前も折角部活に入ったんだ。挨拶くらいしていかないか?」
「……名前を貸すだけじゃなかったんですか?」
「あー、まあ、それだけって言っても一応所属するんだしな、幽霊だけど顔見知りにくらいはなっといた方がいいだろう」
俺を無理やり納得させるように、やたらとうんうんと頷いている。
……なんか怪しいな。
「……一応聞きますけど、騙してるとかないですよね」
「そんな大げさな!私はこれでも聖職者だぞ?可愛い生徒を騙すわけがないだろう」
おっと、早速きな臭くなってきた。
自分でこれでもとか言ってるし。
「それに、例え幽霊部員だとしても、今後他の教師に部活の調子はどうだ?とか聞かれたときに答えれないのも問題だろ?」
「……それはまあ、確かに」
結局先生の圧に負けて、俺は首を縦に振ってしまう。
こういう時に押しが弱いのが俺の弱い所だ。
渋々と言った俺の反応に、先生は満面の笑みで立ち上がった。
「そうと決まれば善は急げ!Strike while the iron is hot!」
だからアンタ古文教師だろうが。
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